第14話
───自分が発した言葉に、胸がチクチクと針で刺されているような気分だった。
…少しも心がスッキリするわけがない言い返し。
その反動が自らの痛みと変わるのに、時間はそうかからなかった。
後悔の念が押し寄せてきた瞬間、真奈美からの怒涛の反撃が始まった…。
「ねぇ、サエ。結婚してるからどう…とか、子供がいる、いない、とか…そういうことを話してるんじゃないんやけどね、私は(笑)まぁ、それしか誇れるものがないっていうんならこっちも聞き流してあげれるけど(笑)」
結婚して夫と子供たちがいる…家庭がある。
確かに、私にはそれしかないかもね。
自信持って言えるような趣味も特技もなければ、それらを活かしたような仕事も夢も手にしてないし、特に努力もしてないし。
でも…
結婚していて子供がいることが誇らしくて自慢したり、未婚のあなたに偉そうにしたりした覚えもないけどな。
そもそも、そこまで誇れるようなことなのだろうか。
ああ…でも、さっき私が言ってしまったことは…
『なんで子供もいないのにそんなに偉そうに子育てを語れるの?』
───真奈美のことを傷つけたのかもしれない。
それなら、謝るべきだ。
「さっき言ったことはごめん…真奈美の気持ちも考えてなかったと思う。でも、私は未婚の人のことを差別したりバカにしたりなんてしてないよ。もちろん、真奈美のことも。ただ…親にならないとわからないこともあるってことを伝えたかっただけだから、気にしないでね。」
しかし、真奈美からの反応はやはり、普通ではなかったのだ。
「そっかぁ。え、まったく気にしてもないから安心して?!(笑)気にしてる暇もないし!(笑)サエの方がいろいろ気にしすぎ!(笑)まぁ図星突かれたら仕方ないっか!(笑)」
本当に気にしてないなら、いちいちそんな嫌味は出てこないんじゃない?
…どこまでひねくれているのだろうか。
こちらはあなたと違って謝罪しているというのに。
思わずイラッとしてしまった瞬間、続けて真奈美から返信が来た。
───ものすごく長い長文で、ビッシリと…。
(あまりにも長いので途中で区切り、感想や解説を少し挟みます)
「あのね、サエ。世の中にはね、もっともっと苦労しながら子育てしてる人だっていっぱいいるんだよ?」
…そんなのわかってるよ。
だから何?
「旦那の職場不倫の末に離婚してシングルで子供3人かかえて頑張ってる人とか!ギャンブル依存症のクソ旦那からDV受けながら、それでも結婚生活頑張ってる人とか!」
確かに酷いけど『クソ旦那』って…よその旦那さんのことをよくそんなふうに言えますね…(笑)
「流産、死産、子宮外妊娠を繰り返してやっと妊娠して出産できた人とか!子供3人かかえて仕事掛け持ちして頑張ってる肝っ玉母さんとか!みんな大変な中、それでも前向きに明るく頑張ってるんだよ!!で、そんな頑張ってる母親たちの子供は健康で良い子に育ってるしな!」
…その中のどれか一つにも当てはまらない私に何が言いたいの?
『特になんの苦労もしてないくせに一丁前に立派な母親ぶるな』ってこと?
「私はそんな頑張ってる母親たちのこと、本当に尊敬してる!」
…そうだね。
私も、人それぞれの事情があってそれぞれ大変だと思うよ。
そして私は…
次の文章を読んだ瞬間に背筋が凍りついた。
「だからな、そんな私の周りの人たちとサエがあまりにも違いすぎて前から心配やってん!それは今回も見てて思ったから、それだけは分かってね!」
───しん…ぱい?
私のことを、あなたが?
……なぜ?
『そんなに心配されるほど、私っておかしいの?』
しばらくの間、思考が停止した。
そして…
ドクンドクンと波打ち始めた鼓動は、得体の知れない焦りと不安、そして恐怖を示していた。
私は…なにも自信満々で子育てしてるわけじゃない。
自分の子育てが100%正解だとも思わないし、むしろ不安なことの方が多い。
母親として、人間として…
まだまだ未熟者だという自覚があったから。
それは私だけじゃなくて、みんなそうだと思ってたけど……違うの?
───真奈美からの言葉に、私の心はいよいよ不安定を極めていった。
「サエは子供がいるとかどうとかの前に、一人の女性として自分と向き合う必要があると思います。それが、私のサエへの率直な思いです。」
ズキンと胸が痛んだ。
まるで、自分の何もかもを否定されてしまったような気持ち…。
───そんなに私って……おかしいの?
そこまで言われてしまうほどに。
同い年の、対等な関係であるはずの友人からなぜここまで上から偉そうに言われないといけないのか。
非常に巧みな言葉選びと、さも正論を冷静に述べているかのような、そのニュアンス。
今となってはまったくもって馬鹿らしいが、その時の私は…
───自分に原因があるからだ、と考えてしまったのだ。
そう、『自分に甘いから太って女子力も落ちたのにそれを子供のせいにして、他人と比べては惨めな思いをしているだけの不幸者で…なんの苦労もしてないくせに“子育てしてます!”って顔だけ一丁前で前から心配な“サエ”』………そんな真奈美が勝手に作り上げた私という人間も、あながち虚像ではないのかもしれないとさえ思った。
自己肯定感は、ついにゼロへと堕ちていった。
───お願い、もうこれ以上私のことを否定しないで。
見下してバカにするのもやめてよ。
……怖い、痛い、苦しい。
私にはなんの価値もないような……そんな気にさえなってくる。
心の叫びは虚しく、真奈美からの罵倒はさらにエスカレートを極めた。
「それにさ、もし私に子育てのことで相談したいことでもあるんなら私の立場としてはいくらでも聞いてあげるけど…こんなふうに、同じようなことダラダラ話すのはちょっと違うんじゃないかな?言ってる意味、わかるかな?キツい言い方でごめんね!」
ダラダラ話してるのはお互い様なんじゃないの?
最初から対等で気持ちいい会話ができていたら、こんなにダラダラ話し続けることもなかったはず。
なぜ自分のしてることはすべて棚の上なの?
なぜそこまで一方的に上から目線で嫌味ったらしい言い方しかできないの?
『ごめんね!』なんて、思ってないでしょ?
『私にキツい言い方をしてる自分』に酔いたいだけでしょ?
昔からそうだよ、あなたは。
私は何も分かっていないようで、そういうところはちゃんと見抜いてた。
───親友だったから。
最近出会ったばかりのママ友でも何でもない、『付き合いの長い親友』だからこその痛み。
少なからず尊敬できるところもあり、楽しい時間も過ごしてきた、そんな親友だからこそ…
───許せない。
「そっか。貴重な時間を私とのしょーもない話に使わせてしまって悪かったね。それなら黙って既読スルーでもすればよかったんじゃないの?さすがに気分悪い。自分のこと一体何様だと思ってんの?」
そして、これこそがマウンターにとっての『思うツボ』だったのだ。
マウントを取ることで相手が悔しがったり怒ったり、傷つくなどして反応を示すことがマウンターにとっての最大の『エサ』なのだ。
私には、そんなことを知る術すらありませんでした。
ただ、理不尽な言葉をそのまま受け止めてしまい、精神を揺さぶられ続けて…
しかし、もうそれに耐えるのも限界が近づいていた。
「黙って既読スルーする方がズルいと思うけど。私はあくまでサエを想って言ったつもりなんやけどな…説明が下手やったみたいでごめん(笑)それにさ、頑張ってるお母さんたちって本当に忙しくて時間がないと思うし… こんなふうに長々とLINEなんてやってる時間もないと思うんやけどな(笑)サエなんて子供3人もいるのになんでこんなに長文LINEができるんやろうって、それちょっと思った!(笑)私でもそんな暇ないのに(笑)」
───じゃあ、あなたはなぜそこまで私のことを笑えるの?
人をバカにするのって…そんなに楽しい?
「そんな暇があるなら、スクワットしたり運動してちょっとでも痩せたら?(笑)」
まだ引きずってたんだ?私が太ったっていうネタ。
肥満までいってないし気にしてないって言ってるのにね。
悪意をひしひしと感じるよ…恐ろしいほどに。
───この人は…なぜここまで他人の自尊心を傷つけるような言葉を使うのが
他人をバカにしながら追い詰めるのって、どんな気持ちでできるのだろうか。
私には…わからない。
わかりたくもない。
でももう、いい加減辛いよ。
───そして私は、また…
何も知らずに、マウンターにとっての『エサ』を撒き散らしてしまうのだ。
「真奈美の周りのお母さんたちがすごくて、頑張ってる人たちなのはよくわかるよ… でも、子育てなんて子供が何人いても成長と共に毎日が手探りなんやと思うよ。私も子育てのことなんかまだ何もわかってないし。それでなくても、母親として自信なくしかけることだってあるから。でも、私なりに毎日頑張ってるつもりだよ。だから、周りの人たちと比べて私のことを下げるような言い方されたら、まるで『ダメ母』って言われてるみたいで辛いよ。だからもう、そんなこと言うのはやめてくれる?」
嘘も、意地も、怒りの感情もない、素直な気持ちだった。
これだけ真奈美がわかってくれたら、もうそれ以上は何も言わずにそっと疎遠にしよう……そう思いました。
それは、祈りにも似た気持ち。
───お願い。早く終わらせよう。
…が、しかし。
私が撒いた『エサ』に見事に食いついた真奈美から返ってきた答えに、私はしばらく目を疑った。
「そう、そういうとこなんだよ、サエ!ネガティブなところ。『ダメ母』ってとらえたのは、サエ自身なんだよ?!」
………は、い?
あれだけ言っておいてすべては私の受け取り方が悪い、と申すのですか?(笑)
たとえポジティブな人でも、あれだけ嫌味ばかり言われたら誰でも気づくと思うけど。
次の文面に目を通した。
「そもそも私はね、例えばサエから『結婚して子供も3人もできて幸せ〜』って幸せアピールをされたとしても、『それって私のことを結婚してないから不幸だって言いたいの?』っていう考えにはならないのよねー。(笑)」
な、なんの話…?
「なんでかって言ったら、自分の生き方に自信があるから!」
…ああ、なるほどね。
今回の言い争いのすべては自分に自信がない私のせい、なのね。
どこまでも私を下ろして自分が上に立たないと気が済まないんだね…。
───勝ち誇りたくてたまらないんですね。
なんて小さい人間なんだろう…。
ああ、小さいからこそこうなってしまうんだね。
バカらしくてだんだん言い返す気力もなくなり、家事をしながら隙間時間に適当に返した。
「へぇ、すごいね!なかなかそこまで自信満々で生きてる人も少ないと思うし、自信のない人間からしたら物凄く羨ましいよ!」
そんな私からの賞賛に鼻をくすぐられたのかはわからないが、真奈美からの返信はますます…
調子に乗り始めた。
そう、褒めると調子に乗り出すのもマウンターの特徴の一つなのだ。
「それとさぁ、こうしてサエとLINEしててサエは愚痴こぼしてても私は一つも愚痴こぼしてないでしょ?なぜかっていうと、悩み事は出てきてもクヨクヨ悩んでる暇があったら即行動!って感じだから自然と愚痴が出てこないんだよね!(笑)」
愚痴…って。
私は真奈美を相手に『子育ての愚痴』なんて聞かせていない。
愚痴るのなら同じく子育て中で、似た環境で生きていて共感してもらえるような友達を選ぶから。
こちらの事情も何も知らない未婚の人に私そのものを軽く見積もられたことに対して、弁解をしたまでの話だ。
それでも、真奈美のその前向きな言葉には自分との温度差を感じた。
確かに、クヨクヨ悩んでいても仕方がない。
そんなことはわかってるけど…
そもそも『即行動!』にもできることの限界がある私にとっては、戦意があっても丸腰状態で敵から槍の矛先を突きつけられているようなものだった。
───吐きそう。
真奈美と話していると、腹の底から内臓が腐っていくような感覚に陥る。
理屈っぽくて嫌味なところは昔もあったが、さらに毒性が増したような…。
そして、私は真奈美の言葉の節々から一つ、大きな存在を感じ取っていたのだ。
───そう、それは……嫉妬。
何もかも、私に対する嫉妬の感情が原因だとしたら……私にも、悪意ある言葉を真に受けることなく心に余裕が持てると思うのだ。
しかし、仮に嫉妬が原因だったとしても…こんな攻撃的な人が、心理カウンセラーなんかになってもいいのだろうか…。
そんなことはとても本人には言えないけど、私は…
───真奈美がなぜ心理カウンセラーになったのか、単純に気になった。
真奈美は『心理学の力で周りの人を幸せにするサポートがしたい』と言っていたけど、どうもそれだけじゃないような気がしたのだ。
そう、あまりにも中身や心境が伴っていなさすぎて…。
そして、私はある行動に出た。
真奈美とのLINEを一時中断し、共通の友人である沙希に連絡を取ったのだ。
そう、真奈美の気持ちを少し探るために…そして、私に対する悪態の原因を知るために───。
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