第15話
───真奈美との共通の友人、沙希。
沙希とは私も独身の頃からの付き合いで、その沙希も結婚して子供が生まれてから1年ほどが経っていた。
沙希もまた美人で、オシャレが好きで前職はアパレルショップの店長としてバリバリ働いていました。
カラッとした性格で明るく、要領が良さそうで『誰からも好かれるタイプ』というイメージだ。
そんな沙希とも頻繁に連絡を取り合うようになり、子育てのちょっとしたネタ話などでLINEが続いていた最中なのだった。
「息子がウ○コしたと思ってオムツ変えようとしたら、旦那のオナラの匂いだったんだけど。殴ってもいいと思う?」
そこで止まっていた沙希からのLINEに、私は改めて返信をした。
「殴ってオナラが臭くなくなるんなら、ボコボコにしてもいいと思うよ!(笑)あのさ、沙希…めちゃくちゃ話変わって悪いんやけど…ちょっと聞きたいことがあってさ」
「ん、どしたの?」
すぐに沙希から返事が来て、私は何度もLINEを編集しながらその返信を打った。
「いきなり変なこと聞くんだけど、結婚してから真奈美との関係性で何か変わったことってあったりする…?」
「うーん…特に何も変わってないよ。独身の頃と違って会う頻度が少なくなったぐらいかな?でも、なんで?」
そんなことを聞く理由を聞かれるのは当然だが、私は返す言葉に戸惑った。
何もかも話してしまえば、確実に『真奈美の悪口』を言うことになるのだ。
それも、真奈美の友達でもある沙希に。
真奈美と沙希が今でも仲が良いのは知っていたし、そんな二人の間に波風を立てることは得策とはいえない。
そして悩んだ末、私は…
「実は、昔から真奈美の私に対する言い方とかがキツいなって思ってて。今もやり取りしてて、改めてそう思ってさ。それで、もし沙希とか他の友達には普通で私にだけキツいんなら、その理由が知りたくて聞いてみた。でも私の勘違いかもしれないし、大丈夫だから!突然ごめんね!」
昼過ぎぐらいにそう返事を送ってから、私は夜までしばらく考えを巡らせた。
真奈美には返信せずに頭の中を整理していたのだ。
───結婚して子供もできた沙希に対して普通だということは、『既婚者への嫉妬』が原因ではないということなのか…。
それなら、なぜ真奈美は私に対してあんなにも上から目線で嫌味で…嫌な気持ちになるようなことばかり言うのだろうか。
『マウント』という言葉すら知らなかった私は、ただただ困惑するしかなかった。
───やっぱり、単純に私のことが嫌いだから?
…きっとそうだ、私に自覚がないだけでもしかしたら過去に、真奈美に対して何か言ったりして怒らせたのかもしれない。
そう考えてみたら諦めるのも疎遠になるのも簡単だが、腑に落ちない点がある。
嫌いな人間相手に、普通LINEでここまで話し続けるだろうか。
私なら苦手な人とは極力関わりたくもないし、さすがに相手からの連絡は無視できなくても、無難に返して早々に終わらせたいところだ。
言い争いになった以上、意地になって引き下がれなくなってるだけ?
それに…
『私の周りの母親たちとサエがあまりにも違いすぎて、前から心配やってん!』
『私はサエのために言ったつもりなんやけどな…』
『単純に嫌い』な人相手に、そんな言葉が出てくるとは到底思えない。
───ますます、真奈美の考えていることがわからなくなった。
しかし、正当な理由もわからないのにここまで見下されている事実はとても受け入れ難いものだ。
一旦しらけていたはずの怒りと悔しさがまた込み上げてくる。
『なによ……なんで私にだけこんなことすんの?意味わからん。私が何したっていうわけ?ここまで否定されたりバカにされるようなことした覚えもないのに。』
そんな苛立ちは、少し『寂しさ』にも似ていた。
自分にだけ対等に、友達として接してもらえない寂しさ…。
そして、それは同時に…
『私がおかしいから…私に原因があるから?でも、それがなんなのかがわからない…かと言って、知るのもなんとなく怖い』
またそんな考えが、頭の中をどす黒く染めていった。
そしてその日の夜、返信をせずにいた真奈美から突然一言だけLINEが届いたのだ。
「今日も仕事帰りに沙希の家に寄ってきた!いろいろ話してきて楽しかったよー!(笑)」
───それだけ。
昼過ぎに沙希に、真奈美とのことをチラッと話してしまっただけに少しの罪悪感が胸をよぎった。
『…まぁ、何事もなく仲良くしてるみたいでよかった』
そう思い直し、私は無難な返事を返すことに努めた。
そう、このLINEで真奈美が何を示唆していたのかも知るよしもなく…。
「話してるだけで時間経つのってあっという間だよね!」
そして、もうこのまま真奈美と長々とLINE自体を続ける必要もないと思った私は、続けてさりげなくまとめ始めた。
「真奈美も仕事だったりいろいろ忙しくて大変だと思うけど、これからも頑張ってね!」
そんな無難で前向きな一言に対して、さすがの真奈美ももうゴチャゴチャと覆い被せてくることはないだろうと思っていたが…
───真奈美の一方的な自己主張は、明らかな敵意を含んでまた長文となって私の目に飛び込んできたのだ。
「そうだね、私は周りの尊敬できる人たちから刺激もらいつつ、これからも成長していきますっ!まぁ、サエはそのまま頑張って!そんなネガティブな性格だと誰ともうまくやっていかれへんと思うけど!それと、サエは私のことを応援できないって言うけどな、心理学を勉強し始めてから職場の院長とか沙希も私のこと応援してくれてるねん。」
───そして。
最後の文章を目にした瞬間、私は軽く目眩をおぼえた。
「口うるさかった母親も、私が頑張ってる姿見てご飯作ってくれたりサポートしてくれてるねん!」
───は?
……お、お母さん…に、ご飯、作ってもらってる…?
……いや、別にそれはいいねん。
35歳過ぎても独身で実家暮らしの女の人だって世の中いっぱいいるし、生活状況なんて人それぞれの自由やし。
私が言いたいのはそこじゃないねん。
あのさ…
───ほとんどサポート無しで家事はもちろん3人の子供を産み育てて子供のことを第一に考えて生きている私が、なぜ子供もいなくて自分一人の世話してればいいだけなのにお母さんにご飯作ってもらって世話してもらってるような人に、偉そうに子育てのアドバイスをされたり指摘されて見下されないといけないのでしょうか。
私の事情も関係なく好き勝手に偉そうに指摘しといて、自分は何?
お母さんにサポートしてもらってる理由が『私の頑張ってる姿』って。
自分のことはすべて棚の上どころかどこまでも正当化。
『サエは、子供がいるとかどうとかの前に、一人の女性として自分と向き合う必要があると思います。それが私のサエへの率直な思いです。』
『私の周りの母親たちとサエがあまりにも違いすぎて、前から心配やってん!』
その自分のことしか愛せない腐った根性と向き合う必要があるのは、あなただよ。
そして、そんな人格が破綻した人間からわざわざ心配されるほど私は落ちぶれてもいませんから。
『そう、そういうとこなんだよ、サエ!「ダメ母」ってとらえたのは、サエ自身なんだよ?!』
…………。
テ メ ェ 、 ふ ざ け て ん の か ?
───静かな憤怒は、驚くほど私の感情もろともその体すら震わせた。
…もうダメだ。
こんな女とは、1分1秒でも早く無関係にならなくてはいけない。
こうして私はマウント女である真奈美についに初めてブチギレ、絶縁を決意する───。
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