第11話

その一週間ほど前、私は友人の沙希とLINEで話していた。


沙希は独身の頃からの付き合いで、真奈美と共通の友人だ。


その沙希も一年ほど前に結婚し、第一子となる子供も生まれたのだった。


私が結婚してからも、沙希と真奈美が特に仲良しなのは私も知っていた。


なぜなら、真奈美のSNSにしょっちゅう二人のツーショット写真が投稿されていたからだ。



『未婚同士だからやっぱり話も時間も合うのかな…』


…と、少し寂しく思ったこともあった。


その沙希から『久しぶりに真奈美も誘って3人で会おうよ』と誘ってもらい、事前に日時の都合を合わせていたのだが…


その約束の日の前日、真奈美から沙希に断りの連絡があったとのことだった。


『仕事のミーティングで遅くなるから行けそうにない』ということだったので、その日は仕方なく真奈美抜きで沙希と二人で会うことになったのだった。


沙希とは子育ての話からお互いの旦那のちょっとした愚痴なんかで盛り上がった。



その数日後の今、真奈美からLINEが来たのだ。



「こないだはせっかく誘ってくれたのに行けなくてごめんね!次回は参加できるように頑張るからさ!」



それでわざわざLINEをくれたのか、と私はすぐに返信を打ち始めた。



「ううん、大丈夫だよ。わざわざありがとう。また近いうち、3人で集まれたらいいね!」



真奈美もたまたま仕事が休みなのかわからないが、すぐに返信が返ってくる。



「そうだね。まぁ、私はしょっちゅう沙希の家に寄せてもらってるんだけどね(笑)〇〇くん(沙希の子供)のことが可愛すぎて、沙希にも『親戚のおばちゃんみたいだね』って言われてるんだ(笑)昨日も仕事の帰りに沙希の家に寄ったんだけど、相変わらず元気だったわ(笑)」



なんとなく、嫌な予感が脳裏をかすめていった。


なぜなら、このタイミングで沙希との仲良しアピールを私にしてきたことに違和感を覚えたからだ。


でもそれは少し深読みしすぎだと思い、私はすぐに話を変えるのだ。



「そっか。そういえば、先月って真奈美の誕生日だったよね?遅れちゃったけど、誕生日おめでとう。これでお互い、とうとうアラフォー突入だね(笑)」



私にとっては、ごく普通の話題を出したつもりだった。


当たり障りのない、他愛もない話題。



──思えば、この時点から不穏な空気は漂い始めていたのかもしれない。



「ありがとう!ほんと、ついにって感じだよねー(笑)でも職場にどんどん若い子たちが入ってくるし、パワーもらってるよ!サエはどう?ちゃんと女してる?!サエもいつまでも若くいないとダメだよ!」



グサリと来てしまった…。


なぜなら…


『もちろん!アンチエイジングしまくりよ!子育て中だからって、自分磨きはサボっちゃダメだもんね!』


…なーんて、嘘でも言えなかったからである。


もちろん、子沢山でも若々しくてオシャレなママだってたくさんいる。


美意識の差、だろうか。


私は単純に自分のことを後回しにしてしまう性格なのだ。


そして、私は正直に答えるのだ。



「女できてるのやら…(笑)ついつい自分のことは後回しにしてしまいがちだからさ。髪の毛がパサパサすぎて気になったからこないだ美容院でトリートメントしてもらったぐらいだよ(笑)」



真奈美からの返事は早かった。



「へぇ、偉いじゃん!(笑)ちゃんとトリートメントとかしてもらってるんじゃん!(笑)」



そして、ここから真奈美の返事が長文になっていった。


女子力や美容について話し始めたのだ。



「ほんと、この歳になるといろんな所が気になってくるよね!髪の毛パサパサもそうだし、顔のシミ、シワだったり、ケアしだしたらキリがないもんね!」



確かに、気にし始めたらキリがない。


若い頃の肌質や髪質とはやはり違うのだから。


しかし、私にとってはそれ以前の問題があったのだ。


それは…



「ほんとだよね。私なんて独身の頃に比べてかなり太っちゃったから、それ以前の問題だわ(笑)妊娠中にやっぱ太っちゃって、年齢も関係あるのか末っ子生んでからとうとう戻らなくなっちゃった(笑)」



何の気無しに、太ったことを笑い事のように話した。


実際、特に深刻に悩んでいるわけでもなかったからだ。


健康を脅かすレベルの肥満ならば話は別だが、私にとって無理してまでダイエットする必要性まではなかったのだ。


しかし、真奈美から返ってきた言葉は、私の予想を遥かに上回るものだったのだ。



「サエ、気持ちはわかるんだけどさ…太ったのを子供のせいにしちゃダメじゃん(笑)」



………え?



思考が一瞬ストップした。


なぜなら、妊娠出産を経て太ったことを話しても誰からもそんなことを言われたことがなかったからだ。



『子供のせいにしている』


不意にぶつけられたそんなワードがとても腑に落ちるものではなかった私は、ここで言い返してしまうのだ。



「え、別に私、子供のせいで太ったなんて思ってないよ。産後に運動したり食事制限したりとか、そういうことを特にしてこなかった自分も原因だと思ってるし」



一旦モヤッとしてしまった気持ちは、次に返ってきた真奈美の謝罪すら素直に受け入れられなくなっていた。



「あ、そうなの?ごめんごめん!あんまり子供が子供がーって言うからさ、『子供ちゃんのせいにしないでー』ってなっちゃった!(笑)」



事あるごとに子供のことを前に出した覚えもない。


真奈美がなぜそういう結論に至ったのかがわからなかった。


真奈美からの返信は尚も続いた。



「てか、そんなに太ったの?なんでだろね。普通に子育てとか家事してたら自然と痩せてくと思うけどなぁ。沙希なんて、産後トレーニングとか通ってるみたいだしね。みんな頑張ってるよね!」



妊娠出産すれば体質も変わるんだよ…と言いたくもなるが、なんだか言い訳をしようとしているみたいで躊躇った。

真奈美の言っていることも、間違いではないからだ。


私が努力をしていないということを言いたいんだな、と直感した。


そして私は…



───ここで、最大の過ちを犯してしまうのだ。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る