第11話

 午後の学生会館は静かだった。山内の叫びに誰かが反応して顔を覗かせてくるようなこともなく、自動販売機の横で、僕らは相変わらず二人のままだった。

「忘れられるないだろ。殺されたんだぞ? 当然じゃないか」自然と込み上げるように、山内は言葉を紡いでいく。「でもな、俺にだって権利があるはずなんだ。前に進めるだけの権利を持ってるはずなんだ。いつまでも、そこに居続けるわけにはいかないんだよ。俺が他の誰かと付き合ったら、それは心変りだって非難されなきゃいけないのか? そんなのおかしいだろ? 俺はいつまでヒカリに固執しなきゃならない? 違うだろ? そういうの。別に言い訳が言いたいわけじゃねえんだ。勝手な解釈かもしれないけど、ヒカリだってきっと、俺がそこに留まり続けることを望んでないと思うんだ。だから、俺は……」

 その先は、すすり泣く声にかき消された。対照的に、僕は至って冷静でいられた。

「ヒカリのせいでも、もちろん山内のせいでもない。そんなことは最初からわかってた。わかったうえで、山内を傷つけるかもしれないと覚悟したうえで、それでも僕は、いや彼女は、君の返事がどうしても欲しかったんだ」

「……佐野。お前さ、何言ってるんだよ」

 山内は喋るのに精一杯だった。泣いているのに、僕の台詞のちぐはぐさに笑いもしていた。

「到底信じられない話かもしれないけど」少し躊躇したが、正直に伝えるべきだと思った。僕にしてやれることはそれくらいなのだと感じていた。「僕はこの四月に大学近くのアパートに引っ越しすることにしてね、驚いたことにその部屋の家賃だけが極端に安かったんだ」

 何の話だよという顔で気楽に聞き流していた山内も、僕が「そこは事故物件だった」と告白すると、目を丸くして食いついてきた。

「知らなかったんだ。もちろん、その前の年に僕と同じ大学の、同級生の女の子が刺殺されたニュースは知っていたけど、まさかそこが、彼女が命を落とした部屋だったなんてね」

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