第7話
かくしてヒカリはルームメイトになった。元々一人暮らし用の部屋だ。六畳一間に二人の人間が日々を過ごすのは少し窮屈だったし、何よりヒカリを受け入れる際の僕は年甲斐もなくどきどきしてしまったのだが、慣れとは恐ろしい。時間が経つにつれ、次第に女の子との二人暮らしに対するストレスもなくなり、むしろ話し相手が増えたことに喜びすら感じるようになっていた。お互い、むやみやたらと騒ぎ立てる性格でなかったことも幸いし、現状では僕らの共同生活は比較的穏やかであり、そこそこ上手くいっているとさえ言える。
定期的にヒカリは、わたしにも何かできることはありませんか? と僕に投げかけてくるが、その都度、「何もしなくていいよ」と返しては、彼女の抱く罪悪感を拭ってやる。
それじゃあ、まるでわたしが佐野さんに依存してるみたいじゃないですか。
「だって、ヒカリは料理も掃除もできないじゃないか」
それはまあ、そうなんですけど。
言い淀む彼女の前に、その時はカレーライスをよそった皿を出してやった。ヒカリは立ち昇る湯気に鼻を近づけて、くんくんと嗅いだ。
いい匂いですね。おいしそう。
「今日のは自信作なんだ」
佐野さんの作る料理は、見ていていつもおいしそうです。
「素人に毛が生えたレベルだけどね」
佐野さんのカレー、わたしは結構好きですよ。適度に刺激的で。
「まさか」
照れ隠しにカレーライスを大口で頬張る僕を、ヒカリは頬杖をついて見ていた。
とにかくも、僕は自分のことは大概全部自分一人でやるし、ヒカリには何一つ要求しない。反対にヒカリは、時折、申し訳なさそうに僕に頼んでくる。なんせ、六畳一間の空間だ。プライベートは共有せざるを得なくなる。だから、ヒカリと一緒に彼女の好きな音楽を聴いたり、トランプの神経衰弱に付き合ったりもした。
一度だけ、どうしてもと言うものだから、本を一冊読み聞かせてやったこともあった。かの名作、サン=テグジュペリの『星の王子さま』だ。一番好きな本なんです、と彼女は語る。僕が朗読している間、ヒカリは情景を頭に重い浮かべているのか、座椅子の上で目を閉じて、僕が読む物語を熱心に聞き入っていた。そして、最後の一行を読み終えたとき、ヒカリは僕に泣いて感謝した。ぐすんと鼻水を啜る音が、懸命に滴を拭おうとする手のひらが、僕の心を温かくもした。
「確かにいい話だけど、いくらなんでも大げさだよ」
だって、と彼女は涙混じりに言った。本当に、佐野さんが読んでくれるとは思わなかったから。だから、嬉しくて。
その願いに驚きはしたが、我がままだとは思わなかった。だから僕は引き受けたまでだ。泣いて喜ばれるほどのことをした覚えはない。
「ヒカリは感動屋だ」
それだけ言って、渇いた喉を水で潤した。
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