第5話
翌朝、目を覚ますとヒカリの姿は既に見当たらなかった。いつもそうだ。日中、僕らは互いに別行動をしている。だから、僕が大学で講義を聞いている間のヒカリが何をしているのかは、詳しくは知らない。ただ、夜になれば必ずヒカリは僕の部屋に帰ってくる。日によってまちまちで、僕が先のこともあるし、ヒカリが先に戻っていて、僕の帰りを待っていることもある。僕らはそういう関係性だ。
僕は大学の構内を目的地に向け、ぶらぶらと歩いていた。午後の春風は優しく木の葉を揺らし、陽の光が注ぐ並木道には、足音と笑い声が溢れていた。暖かい日和だった。
ヒカリから教わった学生会館内のとある階、とある一室を目指す。エレベーターを待っていると、後ろに一組の男女が並んだ。会話の雰囲気から察するに、彼らが特別な関係であることに疑いの余地はなかった。エレベーターのドアが開き、僕が乗り込めば案の定、カップルも続いた。
「何階ですか?」
六階のボタンを押した僕が訊ねると、カップルはお互いの目を見合わせて、
「四階です」
茶髪の彼女の方が言った。鼻筋が整っていて背も高く、なかなかの美人だった。僕は4を押す。
見れば彼の方も、彼女に合わせたのかと思うほどにお揃いの茶色い髪をしていた。彼はまるで彼女の視界から僕を遮らんとばかりに、僕と彼女の間に立ち入って、僕に背を向けたまま彼女とのひと時を楽しんでいるようだった。やがてエレベーターが四階に辿り着き、「じゃあね」の声が交わされて、彼女だけが降りた。ドアが閉まる。名残惜し気に手を振っていた彼の手も下ろされる。僕らは無言のまま六階を待った。
エレベーターが止まると、彼が先に降り、僕がそれに続いた。ヒカリから教えられた部屋番号を頼りに、フロアを歩いていく。彼の姿はいつしかどこかへ消えていた。散々迷った挙句、ようやく辿り着いたドアの前で呼吸を整える。『軽音楽サークル』。部員募集中と書かれた手書きのポスターも貼り付けてあった。意を決して、三度、扉を叩く。
「どうぞー」
ドア越しに響いた声には聞き覚えがあった。戸を開け、部室の中に入れば、そこにいたのはやはり、同じエレベーターに乗っていた彼だった。
彼は見知らぬ男の来訪に一瞬目を丸くするも、僕の顔をまじまじと眺めてから、
「ああ、さっきの」
何かに納得したような声を出した。
部室は散らかっていて、飲みかけのペットボトルや講義用のレジュメなんかでテーブルは占拠されていた。複数人が利用している跡があったが、今現在ここにいるのは彼だけのようだ。
「もしかして、入部希望?」
彼が言うので、
「いや、そういうのじゃないんですよ」苦笑いで答えた。「ちょっと人捜しをしていて」
途端に不審がるような顔つきになった彼に、さっさと本題を訊ねてしまう。
「このサークルに、山内って人がいると思うんですけど」
「いるけど」彼は人差し指をぴんと伸ばし、それを自分に向けた。「山内ってのは、俺だし」
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