第4話
ありがとうございます、佐野さん、とヒカリは深々と頭を下げてきた。顔が上がると、その瞳には今にも溢れんとする涙が湛えられていて、僕はそんなヒカリを見るや否や、彼女の心の内さえ透けて見えてしまったかのような錯覚に陥ったのだ。唇が噛みしめられる。苦しみが、痛みが、彼女を蝕んでいた。それを僕は、黙って見ているほかなかった。例えばヒカリに寄り添って、そっと涙を拭ってやることすらできなかったのだ。
「でも、彼の気持ちが知りたいなら、君が直截訊ねる方がいいんじゃないかな? 望むなら、僕が彼をここに連れてくるけど」
ヒカリはゆっくりと首を振る。
わたしが彼にもしも会えたとして、今さら、そこから何も始まらないのは目に見えています。彼の足枷にだけはなりたくないんです。わたしは、わたし自身のこの気持ちに、けじめをつけたいだけなんですから。
ヒカリの瞳が僕を捕らえ、しばらくの膠着状態が続く。恐れ入るほど真っ直ぐな眼差しにたじろぐ。負けた。僕は呆気なく投了する。
「この件を引き受けるからには、もう目を背けることはできなくなるよ。ヒカリには、その覚悟はあるんだね?」
改めて念を押す。
大丈夫です。覚悟したからこそ、こうして佐野さんにお願いしてるんです。
ヒカリは、テーブルの下で組んだ自分の指に視線を落とす。彼女はもがきながらも、答えを求めていた。僕の、ではない。他ならぬ、彼からの答えを。そして、それが僕にしかできない仕事なのだとしたら……。
彼が返す言葉がどんなに残酷であろうとも、僕には彼女に真実を伝える義務がある。ヒカリが必要としているのは、僕の心遣いでも気の利いた嘘でもなくて、彼からの返事ただそれだけなのだから。
協力することはできるけれど、結果、必ずしも彼女を救えるとは限らない。触れたくても触れられない。微妙な距離感が歯がゆかった。
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