第3話

 彼女は―僕は彼女のことをファーストネームで、ヒカリと呼んでいる―ある男の名前を口にした。聞いたこともない名だ。

「それで、その人はどこのどなたなの?」

 佐野さんの通っている大学の、商学部に在籍しています。留年していなければ、今年で三年生になります。

「ああ、じゃあ僕と同学年だ」

 僕が唸ると、ヒカリは嬉しそうに、わたしは十九なので、彼も佐野さんも先輩ということになりますね、と微笑む。白い地肌の上に、うっすらと染まる頬。肩に着くくらいの黒髪がふわりと揺れた。薄水色のパジャマからは、女性らしい丸みを帯びた柔らかいシルエットが窺える。ほろ酔い気分のせいかもしれないが、僕は眼前に佇むヒカリのことを、知らず知らずのうちに魅力的な女の子だと評価していたようだ。

「告白の代行か。どうしたって彼と面識のない僕が?」

 少し意地悪がしたくなった。彼女の想いをその男に伝えたとして、僕の得るメリットはほぼない。嫌な返しをしてしまったものだとは、自覚もしていた。

 わたしが頼れるのは、佐野さんだけだからです。ね? 単純明快な理由でしょう?

「それは、そうなんだけど」

 僕がヒカリに訴えたかったのはそうではなくて、ただ利用される男の切なさにも気づいてはくれないだろうかというささやかな主張のはずだったのに。こちらに期待の眼差しを寄せる彼女を見ていると、無碍には断れなくなってしまった。

「わかったよ。やるよ」

 深く考えもせず、二つ返事で承諾していた。

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