【2】『デッドシステム』

   ***


 孤島の都市『超常特区スキルテーマ』は本土から完全に分離され――隔離された空間であるが故に、外の世界ではありえないルールや法則が存在している。

 不完全性能力再現機構『システム』。それが、この世界の常識を根本から覆した発明であり、『超常特区スキルテーマ』にのみ存在する独自の法則であった。


 科学技術の発展した現代においても、未だ多くの謎に包まれている人間特有の力――能力。

 通常の物理法則とは異なる法則が働いているこの能力という超常現象を、限定的ではあるものの機械による科学的な仕組みでの再現に成功したのが、この『システム』という機構である。


 世俗から隔絶された孤島という立地条件。

 そしてなにより、この都市が『システム』を完全なものとする上で最も重要となる存在――能力者が集まる場所であるということから、『超常特区スキルテーマ』には『システム』の一部が試験的に導入されているのであった。


 『システム』の一部。

 それは例えば、不可視の力による物体操作の法則であったり、あるいはもっと突拍子もない――――死そのものを回避してしまう法則であったり。


 『デッドシステム』死亡回避の法則。外的要因による死に限るが、外傷などを自動的に修復し、死そのものを回避させてしまうという規格外の法則。

 この法則の存在により、『超常特区スキルテーマ』内では私的な決闘――すなわち、戦闘行為が容認されているのであった。


「だからって、あんなふうに『死亡』させちゃうのはやりすぎじゃないかな……? あの人達、一時間は目を覚まさないんでしょ?」


「いいんだよ、ああいう連中は過剰なくらいに叩き潰しておかないと、またちょっかいをだされる羽目になるからな」


 『デッドシステム』には肉体への負担を最低限に抑えるため、発動後おおよそ一時間の強制的な睡眠を付与する――通称『死亡』という『システム』が設けられている。

 強制的な睡眠であるため、『死亡』してから一時間は何をしても目を覚まさなくなる。そしてまた、周囲の人間も『死後防衛』という『システム』により、『死亡』した人間を傷つけたりすることが出来なくなるのであった。


 一時間……ってことは、起きる頃にはとっくに昼休みも終わってるな。

 昼飯を食い損ねるわけだが、あいつらにはいい薬になるだろ。


「過ぎたことを気にしたって仕方ねえよ。ほら、飯にしようぜ」


「そうだけど……うん……」


 やや納得のいかないという面持ちではあったが、ひとまずは提案をのんで昼食の準備に取り掛かってくれる。

 時間は変わらず、所は変わって昼休み。教室を抜け出した俺達は現在、人気のない場所を求めて本校舎の屋上へと移動していた。


 人気ひとけのない理由は、ここが立ち入り禁止のエリアであるから。

 まあ、扉には鍵がかかってなかったのでほぼほぼ黙認状態なのだろうが、立ち入り禁止であるという点を抜きにしても、入学初日の昼休みという人間関係を構築する上で大事な時間を、クラスメイトと過ごさない奴なんてまずいないわけで。

 結果としてこのだだっ広い屋上は、俺と優華だけの特等席と化していたのであった。


 ちなみに、鍵がかかっていないというのは、夢野から教えてもらった情報である。

 符号学園に七つくらいあるシークレットスポットの一つとかなんとか。七という数字はその場の思い付きっぽかったけど。


「はい、お弁当! 入学初日で慌ただしかったから、ちょっと手抜きなのは許して」


「手抜きでも構わねえよ。作って貰えるだけで助かってる」


 優華から青の巾着袋を受け取り、結び目を解いて弁当を取り出す。

 おにぎりが三つと、それから小さな箱に詰められたからあげや卵焼きなどのおかずが少々。料理上手の優華的にとっては手抜きに含まれるラインナップなのかもしれないが、ものぐさな俺にとっては十分すぎるくらいに豪勢な昼食であった。


 自分で用意するとしたら、弁当箱に白米と冷凍のおかずを詰め込むだけだろうし。

 いや、そもそも面倒くさがって作りもせず、コンビニ弁当で済ませるんだろうな。


「いつもありがとな。毎回、俺の分まで弁当作って」


「えへへ……どういたしまして」


 褒められたことに照れてか、自然と口元が緩んでいく優華。

 けれども、その可愛らしい笑みも普段と比べて少しぎこちなく、拭いきれていない不安が見え隠れしているように思えた。


 やっぱり、さっきの一件が気になるのだろうか。


「安心しろ。あれだけやっとけば、あいつらはもう優華に絡んでこねーよ」


「そうじゃなくて……私が心配してるのは、浩二のことなんだよ!」


「俺のこと? 別に、怪我とかはしてないぞ」


 ぶんぶんと大きく首を横に振って、俺の言葉を否定する。


「さっきのことで、浩二は怖い人だってイメージがついちゃったら、どうしようって……ただでさえちょっと怖い目つきをしてるのに、そこに怖い人だって評判まで重なっちゃったら、もうどうしようもないと思うんだよ!」


 おい、待て。確かに目つきの悪いことへの自覚はあるが、それとこれとは関係ないだろ。


「……ごめんね、浩二。私があそこできっぱり断れてれば、浩二が巻き込まれることは無かったのに」


「……そういうことか」


 どうやら優華の顔色が優れなかったのは、俺がクラスで孤立してしまわないかを心配してのことだったようだ。


 本当に、どこまでも他人思いで、どこまでも心配性な幼馴染だ。

 そして、そんな何でも背負いこんでしまう彼女の性格は、利点でもあると同時に欠点でもあった。


 優しさは、時に必要のない自己嫌悪まで生み出してしまうから。


「大丈夫だ、優華が気にすることはなにもねーよ。それに、心配しなくても、冗談が言えるくらいの友達はちゃんと作れてるさ」


「……ほんとに?」


「本当だとも。この屋上のことだって、そいつらに教えてもらったんだからよ」


 俯いて垂れる前髪の隙間から、俺の表情を窺うように黒目がちな瞳を覗かせてくる。

 中学時代に独り身を極めていたせいか、友達という言葉に対する疑いの目は厳しかったが、具体的なエピソードを聞いて納得してくれたのか、そこでようやく優華は心からの笑顔を見せてくれた。


「ならよかったー……そうだ! そのお友達、教室に戻ったら私にも紹介してよ!」


「……おう、いいぞ」


 こうして夢野の外堀から埋める作戦が、見事に成果をあげるのであった。


 そんなこんなで普段通りの気持ちを取り戻した優華と共に、他愛もない会話に花を咲かせながらのどかな昼休みを過ごす。

 春の陽気に心まで解きほぐされた俺達は、昼飯は食べ終える頃には、残りの時間はお茶でも飲んでのんびりしていようかなんて、そんな縁側に座るご老人みたいな発想になるくらいに、気持ちを緩ませきっていて。




「――――みーつけた!!」




 ――――だからこそ、気付けなかったのだろう。

 ――――見知らぬ女子生徒が、すぐ傍まで近づいてきていたことに。




「はろーこんにちははじめまして! 黒崎浩二くんに葉月優華ちゃんであってるよね?」


 音もなく現れた謎の少女は、そう言ってにこやかに笑ってみせた。


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