【3】異常なる0組
***
こちらは座っていてあちらは立っていたため正確な身長はわからなかったが、一目見た感じでは優華と同じくらいのサイズ感をした、背丈の小さな女子であった。
胸元のバッチは赤色。つまりは、俺達と同じ一年生ということか。
小さくて、そして人懐っこそう。
そんな、第一印象としてはそれなりに良いイメージを受けたにもかかわらず、何故だか俺は彼女に対して、尋常じゃない程の違和感を覚えていた。
不和でも嫌悪でもなく、違和感。
ここにいることそのものが不自然であるかのような、自分でも理不尽に思えるくらいの違和感に、俺はつい警戒の声を漏らしてしまう。
「……あんた、誰だ?」
口に出してから、初対面の人間に対して失礼極まりない、敵意剥き出しの口調だったと反省する。
幸いにして彼女は失礼を気にしないでくれる性格だったようで、特に気分を害した様子もなく、あっけらかんとした調子のまま質問に答えてくれた。
「おっと、ごめんなさい。人に名前を聞くときは、まず自分が先に名乗るのがマナーだったわね。私は、1年0組の
妙に高いテンションで告げられた、なんてことのない自己紹介。
しかしその中には、聞き逃せない――聞き逃してはならないワードが含まれていた。
「えっと……蛍ちゃん今、0組って言った……?」
「ええ、言ったわよ。私は0組の生徒だからね」
「……浩二、0組ってなんだっけ?」
0組。それは符号学園特有のクラス編成によって生まれた、特別なクラス。
符号学園はその名前故か、クラス編成が+組、-組――そして、0組の三つの符号に分けられている。
俺達が所属するのは、+3組。
そして今、彼女が所属していると口にしたのは、0組。
入学時、符号の表す意味についての説明はほとんどなかった。
しかしてそれは、クラス編成に明確な理由がないというわけではなくて。どちらかといえば、暗黙の了解のような――存在に触れることを迂回したが故の説明不足のようなもので。
普通の+組。不和の-組。
そして――――異常の0組。
――――普通の学園生活を送りたいなら、0組には関わらない方がいい。
面接担当をしていた教師がふとした拍子に漏らしたその言葉を、俺は鮮明に記憶していた。
「0組の生徒が、俺達に何の用だ?」
すぐに動けるように立ち上がり、見えている景色の高さを揃える。
噂レベルの話だ、まだ相手の正体を断定する段階ではないだろう。けれども、この得体のしれない違和感が0組という肩書きによるものだとしたら、警戒しないわけにはいかなかった。
「そんなに怖い目しないでよー、お姉ちゃん恐ろしくて体がビクンビクンしちゃうわ」
そう言って自分の肩を抱き、わざとらしく前かがみとなって身を震わせる一ノ瀬。
なんか0組という肩書きを抜きにしても、やばい奴であることに変わりはなさそうだけど。
「……無視してもいいか」
「冗談冗談、無視しないでー! そうそう、何か用っちゃ何か用なのよ。ちょっと二人に、聞きたいことがあってね」
ふざけた調子から一転、声色を真面目なものに切り替えた一ノ瀬は、人懐っこい笑みを浮かべながら要件を口にする。
「二人とも、私達0組について、何か聞いてたりしない? 例えばそう――――戦争についてとか」
「「……戦争?」」
俺と優華の返答が見事に一致した。
0組についてすらほとんど聞かされていないというのに、戦争などという物騒な単語が飛び出してきたことで、俺は更に混乱させられてしまう。
0組。戦争。
能力者による戦闘のことでも言ってるのだろうか?
「何を言いたいのかは知らねえが、俺達はお前らと何の関わりもないはずだ。友達が欲しいなら優華に頼め。そうじゃないならとっとと帰りな」
先ほどまでの様子を見るやり取りとは異なり、今度は明確な敵意をぶつけてみる。
彼女が何をしたいのかはわからなかったが、少なくとも、友好的な関係を築きにきた……というわけではなさそうだ。
「そう、何も聞いてないのね。それならいいわ、予定は変更。私、実は、お友達をたくさん作りたくて、優華ちゃんにお願いしにきたの!」
いっそのこと、清々しく思えるくらいに白々しい嘘だった。
さすがの優華でも一ノ瀬の言動を疑わしく思ったのか、訝しげな目線を向けながら、さりげなく立ち上がってこちらに身を寄せてくる。
元より信頼を得るつもりなどなかったのかもしれないが、この時点で俺達と彼女との間に出来た溝は、簡単には埋められないほどに、深く決定的なものとなっていた。
「うーん、失敗しちゃったかな? ごめんね、別に二人を怖がらせたり不安にさせたかったわけじゃないの。ただちょっと、伝えたいことがあっただけで」
「伝えたいこと……?」
「……ふふっ」
優華の呟きに、彼女は蠱惑的な笑みを覗かせる。
「そう……とってもとっても、大切なことなの」
教壇に立つ講師のように、目はしっかりとこちらに向けながら、屋上にいくつか備えられた石製の長椅子に歩み寄る。
正直に言えば、彼女の話なんて聞きたくはなかった。0組の生徒が伝えたいことなど、ろくなことではないだろうから。
けど、だからといって、聞かなかったせいで後々に不利益を被るのもごめんだった。
俺は警戒を強めながら、一言一句聞き逃さぬよう彼女の口元に意識を集中させる。
長椅子に軽く腰をかけた彼女は、一つ小さな深呼吸を行った後、優しい微笑みを張り付かせたまま――――急速に、力強く言葉を紡ぎ始めた。
「チーム『フラグメンツ』所属、1年0組一ノ瀬蛍。戦争のルールに則り、ここに戦闘の開始を宣言するわ!」
「待て、お前今なんて――――!!」
――戦闘の開始を宣言する。
唐突に一ノ瀬の発したその喚声は、もはや取り繕うことも出来ないくらいに明確な敵意を露わにしていた。
その発言の意図を言及しようと、彼女の宣誓を遮って声を張り上げた所で――そこでようやく、俺は視界の中で生じた変化に気が付く。
彼女が腰かけていた場所――――本来そこにあるべき石製の長椅子が、影も形もなく姿を消し去っていた。
「――――優華!!」
「きゃっ……!?」
隣にいた優華を突き飛ばしたのは、ほとんど反射的な行動だった。
脊髄が危険を察知して行動を起こし、遅れて脳が現状を認識する。
消失した長椅子が、頭上に出現していた。
そして、俺が対応出来たのはそこまでであった。
脊髄反射は間に合っても、意識的では絶対に間に合わない。
死を悟り引き伸ばされる体感時間の中でどれだけの思慮を巡らせようとも、現実においては一秒にも満たない刹那では足を動かすことも出来ない。
黒い影が眼前に迫る。
無機質な重量が容赦なく降りかかる。
瞬間移動。その言葉が脳裏をよぎったのが最後。
俺は降ってきた石製の長椅子によって、無様に、為す術もなくぺちゃんこに――――されるはずだった。
突如現れた人影が、長椅子を蹴り飛ばさなければ。
「…………は?」
初めに聞こえたのは、人と石がぶつかる鈍い音。次に聞こえたのが、石の塊が床に叩きつけられ粉々に砕ける炸裂音。
プロサッカー選手さながらの華麗なボレーシュートによって、強引に軌道を逸らされた石製の長椅子は、その後すさまじい速度で床に激突し、轟音を撒き散らしながら完膚なきまでに破壊されたのであった。
……いやいやいや、ちょっと待て。蹴り飛ばされた? 軽く人間の数倍はあるだろう質量の塊が?
それ以前にこいつらは――この二人の女子は、どこから現れた?
「やれやれ……まさかとは思ったが、始まった瞬間から攻撃を仕掛けてくるなんてなあ」
「見張りをしておいて、正解でしたです」
一人は学園指定のものとは異なる真っ赤なジャージを着た、モデルのようにスタイルが良く背の高い女子。
もう一人は、一ノ瀬蛍と瓜二つな見た目をしてはいるが、あいつとは正反対にまるで活気の感じられない女子。
長椅子を蹴り飛ばしたのは、ジャージを着た女子の方だったか。
素性が知れない二人組だが俺達の身を守ってくれたってことは、少なくとも俺達の敵ではなく一ノ瀬の味方でもないのだろう。
「……で、二対一になったわけだが、まだ戦闘を続けるか? あたし的には、そっちの方が楽しくていいんだけどよ」
「うーん……悪いけど遠慮しておくわ」
ジャージの女子が不適な笑みで凄んでみせると、一ノ瀬はあっさりと両手を上げて降参を示した。
「さすがに二人も投入されちゃったら、私じゃ勝ち目がないからね。ちぇっ、奇襲作戦失敗かー……ま、いいわ。まだあと五日もあるわけだし、のんびりとやらせてもらいますかね!」
一ノ瀬は何もない地面を蹴りながら、拗ねたように口を尖らせる。
が、すぐに気持ちを切り替えたのか、尖らせていた唇を引っ込め、足早に扉の方へと退散していく。
「黒崎くんに優華ちゃん! 次会ったときは、ヒッヒッフーって言わせてやるから、覚悟しておきなさい!」
「いや、なんでラマーズ法……?」
なんて、そんなツッコミを入れる隙もないうちに、敵であるはずの彼女は最後までふざけた調子を保ったまま、屋上から逃げ去ってしまう。
去り際のふざけた捨て台詞のせいもあってやや消化不良気味ではあったが、ひとまず当面に危機を脱したようであった。
「なんとか……なったのか……?」
警戒対象が一人いなくなったことで、少しずつ心に余裕が戻ってくる。
そして思考が安定してくると同時に、俺は優華を勢いのままに突き飛ばしてしまったことを思い出した。
「そうだ……優華、大丈夫か?」
慌てて優華の方に目を向けると、彼女は少し離れたところでしりもちをつきながら、さっきまでの俺と同じように、呆然とした表情で屋上の扉を見つめている。
「悪い、急に突き飛ばしちまって。怪我とかしてないか?」
「う、うん、大丈夫……って、私より浩二の方が……!! だって、急に、空から、椅子が……吹き飛んで……?」
めまぐるしい状況の移り変わりに理解が追いつかず、混乱から立ち直れていない様子の優華。
そしてそれは俺も同じであり、多少の落ち着きを取り戻すことは出来たものの、未だに何が起こったのかを理解する段階には至れていなかった。
まずは、俺達が巻き込まれたあれが一体なんだったのか、それを知ることから始めなければならない。
その鍵を握るのは、きっと――――
「お二人さんとも、間一髪ってとこだったな」
この二人の女子生徒が、全てを知っていることだろう。
「……助けてくれたことは感謝しよう。けど、申し訳ないが……状況がわからない以上、俺はお前らとのんきにおしゃべりをする気分にはなれそうにない」
敵の敵が味方だとは限らない。
単純に一ノ瀬とは対立関係であっただけで、二人もまた俺達の命を狙う人間――彼女の口にした戦争の参加者だという可能性もあるのだから。
「ま、そりゃあそうだわな。急に現れた奴に急に命を狙われた後で、別の急に現れた奴を信用しろだなんて、あたしでも普通に疑うわ」
「ご安心下さいです――なんて言葉で信じていただけるとは思っていませんが、警戒しないでほしいです。私達はあなたを、守るために来たのです」
「守るため……?」
一ノ瀬と瓜二つの少女の言葉に、俺は思わず首をかしげてしまう。
「守るってのはどういうことだ? そもそも、お前らは一体何者――――」
「――――その質問には、
今日で何度目になるかわからない、背中越しにかけられる不意打ちの声。
いい加減、気配を殺すのが得意な連中に慣れてきた頃合だったからか、上手く驚きを表に出すことなく振り返ることが出来た。
振り返って、そして、言葉を失った。
そこに立っていたのは、豪奢なドレスを着飾った絶世の美少女であった。
眩しいくらいの純白なドレスに身を包み、人形のように整った容姿を持つ美しい少女。その傍らに立つのは、漆黒の燕尾服を十全に着こなす、眼鏡をかけた高身長の美青年。
燕尾服の胸元には、さりげなく赤のバッチが――符号学園高等部の一年生である証がつけられている。
先ほどの一ノ瀬から感じていたものとは段違いの、強引に――無理矢理に理解させられる違和感。
まるで、おとぎ話の世界から迷い込んできたかのような、そこにいることそのものが間違っていると断言してしまえる存在に、俺は何も言うことが出来なくなってしまった。
「
そう言ってお姫様は――――篠森眠姫は、妖艶に微笑むのであった。
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