40:佐久間と佑月

3月13日 夕方

コミュニティー

「あの、ここに私を住ませてくれませんか?。」佐久間の言葉に伴田は目を合わせると、少し間を置いて視線を空間に移し話出した

「他の人が聞いたら不愉快に思いますよ。あなたはもう病人ではない、今までは取材という事と食料など持って来てくださるから受け入れていました。ここに住むとなると話は全く別です。」伴田はほんの少し声を荒げた、初めて感情的になっていた。佐久間は言葉が出せなかった。伴田が言う「あなたを襲った鈴蘭は、初期の感染者でした。彼女は発症し発作を起こし気が付くと、血だらけで息絶えていた自分の子供を抱えていたそうです、、、。逃げて隠れるように路上で暮らし、僅かな金の為に身体を売り、何度も望まぬ子を身篭り病気のせいかその度に流産を繰り返したそうです、、、。」一息の溜息の後、伴田は続けた。「私達を欲しがる人達が居るのを知ってますか?。彼らは感染者を買ったり拉致して、弄ぶんです。中には感染者と興味でセックスしたがる狂った人間もいます。鈴蘭はそんな集団に拉致されて、走れないように両足の親指を切り落とされ、来る日も来る日も弄ばれたそうです、、、。そして、路上に捨てられていた彼女をこのコミュニティーの住人達が保護したんです。」伴田は再び佐久間に視線を向けると話を続けた、「政府の枠組みから外された私たちが受ける暴力的な差別は、頭で理解するのと身体で知るのは全く違います。身体に差別を刷り込まれた事の無い佐久間さんでは、私達に歩み寄っても埋められない同情という差別の始まりが生まれます。同情は優劣の間に生まれると私達は感じていますから。だから佐久間さんはここに訪れる事はあっても、住むべきではありません。お互いの為に。」伴田の言葉はあまりにも重く、佐久間は黙り込んだ。(俺は浮かれていた、いい逃げ場を見つけた、伴田さんには甘えていいのだ、、、コミュニティーの人達に必要とされていると調子に乗っていたんだ。)佐久間は黙って伴田の傍から離れるしかなかった、家に戻るしか出来なかった。


夕日が沈み暗くなった道、自宅の前に人影を見つけた、(嫌がらせか?)小走りにやがて全速力で人影に駆け寄る「誰だ!。」と佐久間は怒鳴りつけた。驚きで硬直した佑月が立っていた。「あ、、、ごめんなさい、、、すみません!、勘違いしてしまって、、、。」佐久間は驚き荒い息を抑えながら謝る。「私の方こそ、電話が繋がらなかったので、自宅まで来てしまって、、、良かった。」緊張した佑月の顔は佐久間が見た事の無い笑顔に変わった。

少し歩いた公園にウッドデッキになったスペースがあり、そこまで無言で歩いた。佐久間は途中の自販機で2本の緑茶を買った。ペットボトルの冷たさが、初めて握手した時の伴田の手を思い出させた。「ホットじゃないけど。」と1本を佑月に渡す、「さっきは、すみません。」2人の言葉が重なる、笑う2人。「あの、佑月先生、用は?。」とペットボトルを開けながら佐久間が言う、「あの、この間診察に来られなかったですよね?。」気を使いながら佑月は言った。「あ、、、センターに送られるってヤツ?。」さらっと佐久間が言った。「知ってたんですか、、、。」佑月は少し驚き、声が僅かに大きくなった。「ええ、やっぱり、そうなんですね。」佐久間は少し落胆した表情を見せた。「私、佐久間さんにセンターに行って欲しく無くって。」と佑月の言葉に佐久間が驚き「えっ?!。」と漏らした。佑月は意を決したように「私の恩師が、字は違うけど、同じサクマ(咲真)って言うんです。」と言った、「同じ名前?。」と返す佐久間を見ながら、真剣な表情で佑月は話し出した、「半年位前なんですが、咲真教授はレビスの患者さんの診察中に襲われて感染したんです。」佐久間は表情が強張りながら視線を佑月に向けた。佑月は続けた、「教授は体質的に治療効果が出ず、見る見る悪化したんです。それで転院が必要って判断になって、最後の精神鑑定の依頼が私に来ました。上司の糸井教授から、『センターの治療は飛躍的に進化してるから、咲真教授はきっと良くなる、だから君は要転院の判断をしてください、咲真教授の為にも。』って言われました。私は当時レビスの専門で無くって、センターの事も知らなくって、糸井教授は咲真教授と親友だったので、それを信じて、、、ちゃんと診察もせず咲真教授の為って承諾したんです。」小刻みに震える佑月の頬を佐久間は落ち着かない瞬きを繰り返し見つめた。「咲真教授はサンプルにされたと噂に聞きました、、、。噂なんですが、センターに送られた患者は、生きたままいろんな薬物を投与され、組織を切除され、死んでも臓器は保存され実験に使われるそうです。最後は産業廃棄物として処理される。遺族には感染リスクがあるからと葬儀や埋葬に家族を立ち会わせず、センターが行うと連絡だけするそうです。まぁ、やっていないんでしょうけどね、、、。」佑月は出来るだけ冷静に話すように努めた。「その後、レビスの専門科に移動になって、、、。ずっと忘れようと思って、でも平静では診察出来なくなって、自分を殺して機械的に診察してました、、、。」佐久間は複雑な思いで佑月の話に耳を傾けていた、佑月は続けて言う「カルテの佐久間さんの名前を見た時に、ハッとして、なんか過去に引き戻されて、、、。最初の診察の時、どうして良いか分からなくなって、いつもより機械的にしようって、、、。」そう言うと少し黙り込み、少し深い息を吸うと佐久間を見て口を開く、「佐久間さん、佐久間さんの手首、、、それって虐待かイジメの痕ですよね。」佑月は佐久間に目を合わせた。「、、、はは、、、村上先生は気がつかなったみたいだけど、良く見てますね。」佐久間は力無く笑いながら言った。「ゲイ寄りのバイなんですよ、はは。なんだ寄りって、、、ま、今どき珍しくないんですが、中学生の頃はまだまだ周囲は変な目で見てましてね。散々イジメられました。自殺未遂もやったかな、、、。」佑月に気を使ったのか少しお道化ながら佐久間は言った、驚きながらも佑月は佐久間を優しく見つめる。「ま、ある先生が助けてくれたんですが、その先生は私の為に人生をダメにしました。そっちの方がイジメより辛かった。」「どういう事なんですか?。」医師と患者という関係を忘れ、佑月はもっと佐久間の話が聞きたくなっていた。「あー、、、そうですね、、、イジメのグループに暴行って言うんですかね、殴られたりしてたんですよ。この手首のは、背中一面にあって、、、害虫扱いされて、なにか分からないんですが液体をかけられたんです。その夜が大変で、、、接触皮膚炎だったかな?、はは、、、。あと、何人かに全裸にされて土下座させられて蹴られたり、、、。」佐久間は過去の苦痛を紛らわせるように顔の筋肉だけ笑顔を作りながら死んだような目で語り、そして続けた。「痛いのってあるレベル超えると、なんか諦めになるんですね。はは、、、で、ある時、もう、漫画みたいにやられてたんですね。で、このまま死ぬんだろうなって思ってた時に、櫻井って先生が助けてくれたんです。一番イジメをしてたヤツが先生とつかみ合いになって、それで倒れた時にそいつが頭打って、後遺症が残って、、、。」死んだような佐久間の目に悲しさが溢れ始め、「先生は決して暴力的な人じゃなくって、子供の頃に弟さんがイジメで自殺されて、それでイジメる人間を許せなかったそうです。諦めてた私が弟さんに見えたのかも知れません。ほんと、凄く優しい人で、、、。」佐久間は丁寧に過去をおもいだしながら、一言一言を強く語った。辛い過去を語っているのに、遠くを見つめながら語る佐久間の様子に、なぜか愛しい者を思い出しているように佑月には見えた。「佐久間さん、その先生の事、、、。」少し躊躇しながら佑月が聞く、「、、、はい。」佐久間は静かに少し笑を浮かべ言った。佑月は笑顔を佐久間に向ける、顔を上げた佐久間と目が合うと佑月は佐久間を抱きしめた。「あなたは悪くないよ、、、。」佑月の言葉に抑えていた物が解放されたようになる、佐久間も佑月の体に手を回した。「ありがとうございます。、、、あの、先生、なんかキャラが違いますね。はは。」と佐久間が笑うと、「いえ、あのー、こっちがA面で職場がB面です、、、。」と佑月は照れくさそうに体を離す。佐久間も照れくさく笑いに持って行ってしまったが、佑月の言葉は佐久間を揺さぶっていた。足元のウッドデッキに浮かぶ木目を見ている佐久間に「どうしました?。」と佑月が声を掛けた、「いえ、少し迷ってた事があったんですけど、、、。人に配慮して自分を抑えるのは、なんて言うか、人を利用して自分の勇気の無さを正当化してるんですよね。『悪くない』って先生に言われて、なんか勇気を持って良いんだって思えました。」とスッキリした表情で佐久間が言うと「うーん、ごめん、何言ってるか分からないけど、役に立ったなら、良かった。ふふ。」と佑月が笑う「先生、A面は診察室で出だしちゃダメですよ。」と佐久間が言うと佑月は大声で笑った。佑月の気持ちに後押しされたのか、佐久間は後悔しないように前に向かう意を固めた、そして深く息をすると佐久間は笑顔で「明日、病院に行きます。他に用もあるので。」と言った。佑月も笑顔で頷いた、根拠は無いが佐久間の様子に安心感を覚えていた、そして佐久間に対する自分の気持ちを隠せなくなっていた。。


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