39:小麦粉、牧野との別れ

3月12日 朝

コミュニティー

「佐久間さん、、、。」声が聞こえ視界がぼんやり明るくなる、意識がはっきりして来ると寒気を感じた、無意識に手を触ると冷たくなっている(、、、あ、貧血か?。)と思うが、(伴田さん、、、。)と伴田が脳裏を過ぎる、窓の外は明るい、状況がの見込めない佐久間。「佐久間さん、大丈夫ですか?」と伴田が話しかける。(そうだ、ここは職員室で、、、え、襲われたのか?。)と少し記憶が戻ってくる、ベッドに横たわる佐久間。「あ、はい、すみません、あの、、、ご迷惑をかけたんじゃ?。」と伴田に聞く。「何言ってるんですか、こちらこそ申し訳ありません。」と伴田は沈痛な面持ちで答えた。(そうだ、やっぱり襲われたんだ、、、。)と佐久間は少しショックを受けた。「ごめんなさい、発作を起こした鈴蘭さんが佐久間さんを、、、気を失っておられた時に見たところ、噛まれた傷は無いようでしたが、病院で検査された方がいいと思います。」とまだ沈痛な面持ちは変わらない。「鈴蘭さんが?、、、、そんな、、、。」佐久間は信じたくないという気持ちを抑えられなかった。「住人でない佐久間さんを見て錯乱したのかもしれません。望を亡くしてから、ずっと普通ではありませんでした。あなたを助けた牧野も鈴蘭をずっと心配して気に留めていたんですが、、、残念です。」と伴田は静かに答えた。「そう、、、なんですか、、、鈴蘭さん、、、。」佐久間は言葉が見つからなかった。「助けてくださった、牧野さん?。あの、お怪我とか無かったですか?。」と空気を変えようと無理に明るく佐久間は言った。しかし、伴田は反応せずに更に静かに「そうですね、、、行きますか、、、。」と言い伴田を見つめる佐久間に手を伸ばす。「はい。」と答えながら、佐久間はその手をとりベッドから立ち上がらせて貰った。職員室を出て、右に曲り少し歩いた先の別棟の校舎に渡ると、長い廊下の突き当たりの一室に着いた。その扉だけ窓が黒い布で塞がれていた。「佐久間さんをお連れしました。」と伴田が中に声をかけると、ガラガラと中から扉を開けてくれた。部屋は大きく、見覚えがある。(あー、理科の実験室だ、、、。)佐久間が中を見ると、部屋の中央には何人かの住人が机を並べた台を囲んでいた。その上に布に包まれた大きな物がある、佐久間は嫌な予感を感じながら近づく、それは息をしていない老人だった。「え、、、、牧野さん?、、、え、、、。」同様する佐久間の横に伴田は並ぶと牧野の亡骸を愛しそうに見つめ「はい。」と静かに言い、そして続けた。「ここにはルールがあります。私達は政府に捨てられた棄民です。感染者は誰もが発作を起こします、薬で抑制出来ない人も多い。誰かが発作を起こしたら誰かが殺します。そうして外の世界に迷惑をかけないようにして来ました。だから、気にしないでください、ここでは普通の事なので。鈴蘭はきっと望を失った苦悩から解放されたと思います。そして牧野さんはあなたを救うことが出来、喜んでいると思います。牧野さんは最後にこう言いました、『良かった、人として死ねるよ。』と。苦悩や差別から解放されたんです。何かを思うなら、牧野さんを褒めてあげてください。」伴田の言葉は冷静であったが、鈴蘭と牧野に対する想いが溢れていた。佐久間は声なく息だけを口から漏らし、その口元に涙が流れている。その肩を伴田は抱き「向こうで少し休んでください。」と言い隣りの教室に連れて行く。

部屋に入ると伴田は椅子を出し、佐久間を座らせた。何気なく見た壁面収納に熊のぬいぐるみが見えた。「伴田さん、それ、望ちゃんの、、、。」と佐久間が少し身を乗り出した、「はい、鈴蘭が肌身離さずに持っていました。佐久間さんが眠ってらっしゃる間に鈴蘭を弔ったのですが、このぬいぐるみは何故か灰になりませんでした。」佐久間は立ち上がりゆっくりとぬいぐるみの前に歩く、ぬいぐるみを手にすると望の笑顔と笑い声が思い出された。「佐久間さん、ご迷惑でなければ、そのぬいぐるみを貰っていただけませんか?。」と伴田が言うと、佐久間は息を詰め小さな、とても小さな声で「はい。」とぬいぐるみを強く、とても強く抱きしめた。「では、私は弔いの準備をしますので。」と言い伴田は牧野の眠る部屋に戻った。(なんで、俺の為に、、、。)(俺が居なければ、、、。)など佐久間は自分を罵倒し声を殺して泣いた。(牧野さんに会わないと。)そう思うと立ち上がり隣りに行く。中に入ると、もう動かない牧野の側に静かに歩いていった。佐久間の様子を静かに見守る住人達、女性の住人が牧野の顔と手に白く化粧を施している。「小麦粉、、、。」佐久間は女性の手元の袋を見て呟く。伴田が佐久間に歩み寄り話し始めた「昔、ある感染者が亡くなる時に、炎症や腐りぼろぼろの肌が悲しいと言ってましてね。せめて最後は綺麗にしようと誰かが言ったのですが、ただ私たちにはこれしか使える物が無くて。今では化粧品も少しはあるのですが、当時の苦しさを忘れないように今も小麦粉を使うんです。ここの悲しい歴史ですね。」伴田は悲しそうな笑顔を見せ、白い牧野の頬を慈しむように撫でた。決して綺麗とは言えないが、持ち寄り集められた色取り取りの端切れを繋いだ布に身体を包み、周りは生花に混じり紙で折られた花や鶴が飾られている。組まれた手と顔は小麦粉で白く化粧されていた。粗末な筈の牧野を取り巻く光景は、クリムトの絵画のように輝いて見えた。

集まった感染者達に担がれ牧野の亡骸は庭の櫓に乗せられた。集まった皆は、ただ静かにその亡骸を見つめている。その目は仏像の半眼のように深く、その様は悲しみより苦悩から解放された者を、旅に出る者を見送るような趣きで、ある種の神聖さや荘厳な空気があった。伴田が絞り出すような声で言う「光り輝く太陽は万物に目を注ぎ、主の業は、その栄光に満ちている、、、。」「アーメン、、、。」と亡骸に語りかけると、伴田の指はゆっくりと小さく十字を亡骸との間の空間に描いた。「ありがとうございました、、、。」熊のぬいぐるみを抱きしめ佐久間は牧野を、そして鈴蘭と望を想った。


炎に包まれる牧野の亡骸。立ち登る炎の柱の周りに小さな虫が旋回し、燃えて炭のようになった布や何かの破片が、熱の上昇気流で空に飛んで行く。牧野が天に帰る、彼の人生はどうだったのだろう、彼は最後どんな気持ちだったのだろうか、、、。炎の熱で乾いた佐久間の顔の皮膚を涙が流れる、その涙は熱であっという間に皮膚の上で乾く。泣いた事も悲しさも弔うように。


佐久間の部屋

※夢を見た※

ゴッ、、、ゴッ、、、ゴッ、、、

鈍い振動

(ごめん、ごめん、、、)

止まらない

ゴッ、、、ゴツ、ゴツ

(許して、、、)

ドロっとした感触と温い粘る臭い

(わかってんだろ)

(大丈夫?、、、大丈夫?、、、大丈夫?、、、大丈夫?、、、)

背中に手が周り体が浮く

体がフワっとして、視界が青くなる

(飛んでる?)

アンドロギュヌスが飛んでいる

その手が私の手を掴んでいる

飛んでいる

町が見える、通りを行く

(この間見つけた本買っとくか?、あ、でも急がないと)

(あ、新しいマンション出来たのか?前なんだっけ)

目の前に噴水

ゴッ、、、

意識がフワっとなった

全身にドンという衝撃

ゴッ、、、ゴッ、、、

(ぃたねーんだぉ、ぇめー)

ゴッ、、、ゴッゴツ

ミシッ、鼻から温い血が溢れ、口に逆流し鉄臭い味がする

湯船に顔を付け鼻から湯が入って咽せるように、咳き込んだ。

ゲホッゲホッ、ゴッ、(きたねーははは!)ゲホッ、ゴッ、ゴッ、(おもしれー)

(舐めろよ、おい、舐めろ)

ゴッ、、、ゴッ、、、

(もういいかな、疲れたな)

ぼんやり遠くを見ると人が走ってくる

ぼんやり見ている

なんだか怒鳴り声とかが遠くで鳴っている

その人を見ているとハンモックで揺れている気分

ユーラユーラユーラユーラ

ギュン!って高く飛んだ!高い所から見下ろす。

(お前がやったのか?!)

(知るか)

急に引き上げられる

どんどん引き上げられる

(なんだ????)

地上では荒廃した建物の中庭に砂や瓦礫で渦巻きが起こる

そして逆再生のように建物が盛り上がる

その真ん中に石板が現れ、上空から沢山の植物の葉が舞い落ちる。

その葉を手に取る、トゲトゲしい深い緑の葉、見覚えがある。

すると、石板に文字が見える、“柊”と彫刻されていた。

アンドロギュヌスが大きな石板の上に降り立ち叫んだ。

※※※

「あ!。」ガン!っと体に衝撃があり目覚めた「ひいら、ぎ、、、柊の葉、、、。」佐久間は目を見開き呟くいた。「そうか、デジャヴのような気がしたのは、、、柊、中学校だったのか。」佐久間の口元は驚きではなく微笑みになっていた、少年のような無垢な微笑みであった。

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