41:佐久間の決意


3月14日 正子を過ぎた頃

佐久間の部屋

カタカタカタカタと耳障り良い音が室内に乱反射している、暗がりにボンヤリと顔を照らすディスプレイを見る佐久間。ピアニストのようなに動く指先以外はモノトーンの写真のように静かである。PCの横には、散らばるような書き込みの取材メモと独り暮らしには大きなコーヒーサーバーと底に乾いた琥珀色のカップ。自身の甘さを諭してくれた伴田の言葉、受け入れ抱きしめてくれた佑月の手と頬の温かさが、まとめ切れていなかったレビスの記事に道筋を与えたようだった。指先の動きがゆっくり止まり、乾いた目を潤すように目を閉じ、ゆっくり長い息を吐いた「出来た、、、。」。顔だけを少し上げると目を閉じたまま、伴田の事を思う。時計を見ると3時を過ぎていた、「4~5時間くらい眠れるか。」と呟くと久しぶりにシーツと枕カバーを交換し、ピンと張った生地に体を沈めた。


スマホのタイマーよりも早く目覚める、ぐっすりと熟睡していたようで体が心地良い。シャワーを浴びようとバスルームに向かう姿もどこか凛と見える、洗面台の鏡に映る自分をしっかりと見ていた。シャワーを終えると、ハンドドリップでコーヒーを淹れる。カーテンを開ける、朝の空を眺めながら飲む熱いコーヒーが佐久間に力を与えているようだった。9時になり、病院に電話をする、感染者に襲われた事、噛まれた形跡は無い事などを伝えるとすぐに来るように言われ病院に向かう。病院に着き受付にIDを告げると、いつもと違う10階にある診察室を教えられた。エレベーターで10階に行く、診察室は直ぐに分かった。ちょうど入り口のところで村上が居た、「あっ、ナイスタイミング!。」と相変わらずの軽さである。診察室に通されると、「そこが検査室なんで、中で服脱いで、あっ、全裸で、そんで赤い丸のところに立ってください。」このいい加減な感じもひょっとすると不安な患者には役に立ち、案外村上も考えているんじゃないか、、、などと思いながら「わかりました。」と言い隣りに入る。部屋の中は窓がない全面金属張りになっていた、部屋の隅にデスクと横には脱いだ服を入れる為だろう金属製のバスケットが2つあり、ベンチ、そして床には赤いラインでサークルが引かれていた。服を脱いでベンチで待っていると、村上がカゴを持って入って来た、「ちょっと待ってくださいね、準備します。」と言いいながらカゴから2つの金属製の箱を出し蓋を開ける、なぜか自慢げに佐久間を見ながら取り出したゴーグルの掛け、もう一つの箱から長方形のライトを取り出すと、「なんか戦隊ヒーローみたいっしょ!。」と全く笑えない冗談を言う。佐久間が真顔で見ていると、「すんません、すんません。ほな、立ってくださいねぇ、ほなら、検査始めまぁーす。」と妙な動きと関西弁でライトを佐久間の体に当てる。佐久間の周りをライトを手に周りながら、「噛まれた形跡は、、、無さそうですね、、、。」とさすがに真面目な様子に佐久間は村上を少し見直す、「この光で分かるんですか?。」とライトを見ながら言うと、「あーこれ、ウィルスに反応するライトで、このゴーグル通すとそれが光って見えるんですよ、スゴイっしょ新兵器っす。ま、来月には3Dスキャナーの奴も来まんねん。」と得意げな村上に、(お前が開発したんちゃうやろ。)突っ込みを入れてみた。「うん、大丈夫ですね。」と佐久間に背を向けるとライトをデスクに置き、ゴーグルを外しながら「はい、終わりました~。そう言えば、前回佑月先生のところ行かなかったんっすか?。」と言いいながら、ステンレス貼りの壁に反射する自分を見て、乱れた髪を気にしている。佐久間は服を着ながら「拉致の事ですか?。」と村上の背中に言う。磨かれたステンレスの壁に反射する佐久間を視線が合った村上は取り繕うように、「え、、、いや、何んすかそれ?。」と言う、佐久間はゆっくりを上着の袖を通すと「わかってます、私達は患者じゃなく、研究材料なんでしょ?。」と僅かに怒りを漏らしながら言うと顔を背けた。村上は少し焦りが高じて逆ギレしたように「何言ってるんですか、、、何か誤解されて、、、。」と言い淀むが、佐久間は顔を背けたまま上着を整える。服を着終え、深く長い息をゆっくりと吐くと、僅かな怒りも吐き出したように冷静な表情になり、「人を救うという事はどういう事なんですか?。病気から救う為には何をしても良い、それが救うという事なんでしょうか?。レビスに罹ったら人じゃなくなるんですか?、人ではないから何をしても良いという事ですか?。」と言う佐久間に言い訳も出ない村上。「先生、私は、レビス患者は心がある人間で、ゾンビや化け物じゃない。化け物は先生達だ。」佐久間は伴田達を思い浮かべていた。


コミュニティー

襲撃で焼け、今にも朽ちそうな大きな木、焦げ枯れた中に僅かに生命力を残す枝葉を愛おし気に眺める伴田。まばらな葉を風が撫でる音と遠くの少し懐かしい街の騒音を聴き、本に視線を落とす。(ここに、私を住ませてくれませんか。)という佐久間の顔を思い浮かべる。(峨眉山月半輪秋、、、) 活字を目で追う、徐々に声が混じる「影入平羌江の水に入りて、夜清溪を発して三峡に向かう。」薄く目を閉じ、ゆっくりとゆっくりと呼吸をした。「君を思えど見えず、、、渝州に下る、、、。」声が流れた。長いような短いような時間、葉の音がサワサワとカノンのように揺れる、伴田は遠い昔の記憶を辿っていた。



3月15日 朝

佐久間の部屋

※夢を見た※

ゴッ、、、ゴッ、、、ゴッ、、、

鈍い振動

(ごめん、ごめん、、、)

止まらない

ゴッ、、、ゴツ、ゴツ

(許して、、、)

ドロっとした感触と温い粘る臭い

(わかってんだろ)

(大丈夫?、、、大丈夫?、、、大丈夫?、、、大丈夫?、、、)

背中に手が周り体が浮く

体がフワっとして、視界が青くなる

(飛んでる?)

アンドロギュヌスが飛んでいる

その人の手が私の手を掴んでいる

飛んでいる

町が見える、通りを行く

(この間見つけた本買っとくか?、あ、でも急がないと)

(あ、新しいマンション出来たのか?前なんだっけ)

目の前に噴水

ゴッ、、、

意識がフワっとなった

全身にドンという衝撃

ゴッ、、、ゴッ、、、

(ぃたねーんだぉ、ぇめー)

ゴッ、、、ゴッゴツ

ミシッ、鼻から温い血が溢れ、口に逆流し鉄臭い味がする

湯船に顔を付け鼻から湯が入って咽せるように、咳き込んだ。

ゲホッゲホッ、ゴッ、(きたねーははは!)ゲホッ、ゴッ、ゴッ、(おもしれー)

(舐めろよ、おい、舐めろ)

ゴッ、、、ゴッ、、、

(もういいかな、疲れたな)

ぼんやり遠くを見ると人が走ってくる

ぼんやり見ている

なんだか怒鳴り声とかが遠くで鳴っている

その人を見ているとハンモックで揺れている気分

ユーラユーラユーラユーラ

ギュン!って高く飛んだ!高い所から見下ろす。

(お前がやったのか?!)

(知るか)

急に引き上げられる

どんどん引き上げられる

(ぎゃーぎゃーぎゃー)

(なんだ????)

地上では荒廃した建物の中庭に砂や瓦礫で渦巻きが起こる

そして逆再生のように建物が盛り上がる

その真ん中に柊の葉が彫刻された石板が現れる。

アンドロギュヌスが大きな石板の上に降り、こちらに話かける

(肉を、、、血を、、、。)

アンドロギュヌスはゆっくり羽ばたくとこちらに向かってくる

(あ!)目を閉じると

顔に凄い風と羽根の感触

目を開くと、視界の上ギリギリの黒い影が

黒い影を遮るように羽根がいくつも舞っている

アンドロギュヌスは何かを語りながら上へ上へ羽ばたき登って行く。

そして青い空に溶け込み声を出す。

「私の肉を食べ、私の血を飲む人は、ずっと私と結びついており、私もその人と結びついています。」

アンドロギュヌスの男女の頭部は溶けるように変化する、女の顔は佐久間に、男の顔は伴田になった。

※※※

目元に当たるカーテンから漏れる光、ゆっくりと瞼が開かれる、佐久間は目覚めた。耳に残る『私の肉を食べ、私の血を飲む人は、ずっと私と結びついており、私もその人と結びついています。』という言葉を反芻していた。枕の辺りでスマホが振動する、コミュニティーと表示された画面、伴田からだ。伴田から掛かるのは始めてで佐久間は少し驚いた、「この間は、少し厳しい物言いでしたね、失礼しました。」と耳元に伴田の声、「いえ、私の方が悪かったんです。自分の事しか考えてませんでした。」とスマホを頬に当てたまま佐久間は頭を下げた。「言い訳ではありませんが、佐久間さんの気持ちはうれしかったですよ。」と伴田の声は優しかった。「ありがとうございます。、、、あの、、、そういえば、記事が出来たんです。最初に伴田さんに読んでいただくのが筋かなと思いまして、、、。」と少し緊張しながら佐久間が言うと、「そうなんですね、楽しみにしていました。」と伴田の声に安堵する佐久間、明日の約束をすると胸の前に留めたスマホを見つめながら、ある想いを強めていた。


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