36:転

壁面に投影された複数のCG

「おい!どうなってんだよ。」「あの動画だろ、、、。」「ぺルラかよ、、、。」「やばくね?。」「なんで俺らの顔晒されてんだよ?。」「もう遅いけどさ、さっき調べたらPCにボットウィルス見つけた、ぺルラのリストにこっそりついてた。」「え、、、。」「そいつにカメラハッキングされて俺らの顔撮影した模様、、、。」「そういや、襲撃した時、警察の動きが速過ぎなかった?。」「はいそれー、SNSで誰かが火事ってやつ、内部告発の模様。」「マジかよ。」「逃げよ。」「もうおせーよ、世界最強の日本のネット民なめんじゃねーぞ。」「おれら実行犯じゃねーし。」「おれ未成年だし。」「え、技術部長まさかの未成年、、、!。」


ネットでは‘’レビス聖少女‘’というタイトルの動画が急速に拡散を始めた。動画は、鈴蘭を命を懸けて守ろうとする望の姿だった。この姿は多くの閲覧者の心を揺さぶった。そして、‘’【閲覧注意・グロ】カザドール・メンバー‘’という動画によって顔も晒されていた。SNSでは、膨大なデータが検索され見知らぬ人々がディスプレイを介して繋がって行く、犯人探しが始まると数時間後には全員の個人情報が晒された。



3月8日 朝

コミュニティー

「どうですか?。」杖をついてドアから中の様子を見ている牧野に伴田が声を掛けた。「今朝も食べんよ、、、。」と中にいる鈴蘭を見つめる牧野。「娘みたいなもんだからな、、、。」とつぶやく牧野、顔には出さないが強い愛情と悲哀を牧野の半眼の目に伴田は感じた。「牧野さんも心配です。牧野さんもちゃんと食べてください。」と伴田が言い、牧野の肩に手を柔らかく触れた。部屋の中では鈴蘭が何かをつぶやきながら抱きしめる熊のぬいぐるみを光の失せた目で見つめている。

冬でも日当たりが良い庭の一角、クリスマスローズが沢山添えられた‘’NOZOMI‘’と刻まれた墓標、その前に跪く伴田の後ろ姿があった。「望ちゃん、あなたの行動が世界を変えるかも知れません。」伴田には望の姿が見えているかのようだった、その望に微笑みかける伴田。どこからか小鳥のさえずり(一筆啓上仕り候、、、ホオジロか、、、。)小鳥の声に記憶の望の声を重ねた。「主よ望をあなたの国に受け入れてください、ここに居る皆の目から涙をぬぐい去ってください。」と伴田は小さな声で願った。後ろ姿でも彼が泣いている事が分かった。


病院

佑月の診察室

デスクに糸井からの手紙があった。『急な事で申し訳ない、今後の事は福本さんと相談願います。君を見ていて咲真と良く飲み屋で「医療を変えたい、究極は医師が居ない世界が幸せな世界だ。」「お前のは子供の理想論。病気は無くならないし、医療を変えるには出世しないと無理だ。」と語り合った事を思い出しました。私は出世を是としましたが、結局は咲真の意志を受け継いでいました、不思議な物ですね。引継ぐべき資料関係は、クラウドの私のフォルダにまとめてあります。君は私に医師としての矜持を思い出させてくれました、ありがとう。糸井』という手書きの文字を寂しげに見つめる佑月、引き出しから写真を取り出すと糸井の顔に付けた傷を指で擦り「ありがとうございます、糸井先生、、、。」とつぶやいた。



3月9日 昼

病院

裏の職員通用口から4~5名の警察官と刑事が、少し遅れて表玄関から10名程の特捜の係官達が段ボールを抱え入ってくる。

職員通用口では総務部長の福本が「総務の福本です、こちらです。」と出迎え案内する。


表玄関の物々しい様子に、病院のロビーに居る患者、医師、看護師、様々な人達が騒めく。


通用口から関係者専用の通路を抜けて、医局の扉が開き刑事達が入ってくる、ロビーの騒めきを少なからず感じていた医局員達は入ってきた刑事達を瞬きなく見つめている。「あの、皆さん、警察の方です。」と言う福本を制するように腕が差し出され白髪交じりで草臥れたスーツの刑事が福本の前に立った、「警視庁の藪川です。田崎さんいらっしゃいますか?。」と聞き取り辛いしゃがれた声と人を見透かすような視線で医局を見渡しながら言う。


最上階のドアが開く、ダークスーツの係官達がシルクの光沢と豊かな色彩の絨毯を無造作に踏みしめる。扉の前に立つと2人が腕時計に視線をやり「12時3分。」と云うや否や院長室のウォルナットの扉が開かれ、「東京地検特別捜査部です。安生先生、地検までご足労願います。」「なんだお前ら、失礼だな。」と怒鳴る安生を無視し係官達はゾロゾロと部屋に入って行く、安生は係官を鬼の形相で睨み「ふーくーもーとぉー!。」と罵声が響く。


藪川達を見ていた医局員達の視線は田崎に集中しヒソヒソと呟きだした。「私です。」と驚くほど普通に返事をし爽やかな笑顔の田崎が立ち上がる。「お前、何やったんだよ?。」と動揺した表情の村上が言う、医局員達のヒソヒソ話が大きくなる。「お静かに。」と若い刑事が医局を沈める。藪川は田崎のところに猫背で歩いて行くと、上着の内ポケットに手を差し入れながら、「レビス患者集団暴行および、えーコミュニティー襲撃に関与した疑いで、あなたを逮捕します。」とポケットから出した令状を見せながら、低いテンションで告げた。先ほど同様に普通に、極々普通に「はい。」と田崎は言い、「日本はミランダ警告とか無いんだ。」とゆっくり両手を藪川に差し出しながら言った。


ロビーでは、特捜に連れられる安生。大勢の疑念や好機の視線を感じると「何でも無い、誤解だ、説明して直ぐに戻る。落ち着いて!。」と怪訝さを顕わに声を張る。その姿をスマホで撮影する人々、口々に不安や不信など漏らし慌てる医師や看護師達。


騒然としているロビーとは打って変わって、医局は重い緊張感に包まれていた。唖然とし見つめる村上の視線を感じた田崎は顔をゆっくりと村上に向けると「お騒がせしました、、、だって彼女殺されたし。、、、けど、なんか、ちょっと僕は間違ったかも知れません。」と憂いを帯びた笑みを浮かべた。若い刑事が田崎の両手に手錠を掛け、手にしていたジャンパーを覆うように掛ける。田崎は諦めとも安堵とも見える表情で手に掛かるジャンパーを見つめる。「行くぞ。」と若い刑事が言うと、「お騒がせしました。」としゃがれた声で藪川は医局を見渡す。


連行される田崎を凝視する佑月、田崎は視線に気が付くと、「バカな女、、、。」と小さく言い顔をそむけた。その言葉に怒りとも悲しみとも言えない経験のない感情が滲む佑月の口元。手錠を隠したジャンパーのネイビーが涙でより深い色になる田崎。


その日の夜、大会議室に各科の教授および准教授や役員が集められた。「みなさん、お騒がせしました。先ほど、安生院、いや安生氏の部屋と自宅の捜査が終わったようです。」と福本が話始める。安生派の教授達は眉をしかめる者、落ち着き無く指先を動かす者など、苛立った様子で座っている。安生以外の派閥や無派閥の者達は無表情だが、福本と何名かの医師や役員は何故か余裕の表情を僅かに見せていた。田崎がカザドールの構成員であり、患者データを盗み出し一連の事件に深く関わっていた事、安生は脱税と贈賄という事とカザドールへの資金提供疑惑がある事。更には田崎は安生の私生児であり田崎と安生が繋がっている事から、両名を一斉に捕える必要があった為に今朝の騒動となった事が淡々と伝えられた。「、、、という事で、当院として極めて遺憾な事態となりました。この事でマスコミやネットが騒がしくなると思いますが、全て分からない。とスルーしてください。そして、沈黙を守ってください。私達が力を合わせて、信頼を取り戻すように、頑張りましょう!。いいですね、みなさん!。では、よろしくお願いします!。」と少し自分の言葉に高揚しているかのように語った。


病院のカフェ

営業時間が終わり、非常灯の光でテーブルや椅子がグリーンに染まる院内カフェ。入口から一番遠いテーブルに村上と佑月が向かい合って座っている。こめかみに食い込みそうな指、溜息と愚痴しか出ない村上。プルトップも開いていない缶コーヒーをぼんやり見ている佑月。(ねぇ、私のPC見た?。)(えー、村上先生とかからさぁセクハラメール来てないかなぁ~って、はは。)(疑ってんの?、嫉妬?、ふふ、誰とも無いし、それ以前に君とは割り切った関係でしょ?。)とふざけ合いながらホテルや病棟の自分の部屋で重ねた田崎の体と笑顔を思い出す。(割り切った関係で愛情は無かった筈なのに、、、。)と思いながらも喪失感のような哀しさと、裏切られ利用されたという怒りや自分の愚かさに感情が揺れる、溢れそうな涙と声を無表情という偽りの顔で抑え込もうと窓を見ている佑月。「昔親友がレビスの感染者に感染されたって話、、、親友じゃなく彼女だったのかよ、、、。それじゃさ、自分の復讐でこの病院に来たってことかよ?!。で、院長も金出してた???ありえねーし、この病院!。」ガン!とテーブルの足を蹴る村上。(あー、こいつ居たんだ、忘れてた、、、。はは、ナイスアシスト村上。)村上が蹴ったテーブルの音がリセットボタンを押したかのように「帰るね。」と缶コーヒーを取ると佑月は笑顔で席を立った。時折すれ違う夜勤のスタッフに会釈しながら廊下を歩く佑月、(やっぱり、連絡した方がいいかな、、、。)とスマホの通話履歴にある佐久間のアイコン見つめる。タップしようとするが思い留まり、部屋に向かう。


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