35:糸井という男

3月7日 深夜

六本木

深夜12時近い時間だが、様々な人種がカオスのような状態の交差点、人が少なくなる芋洗坂を下って行く男、「どうですか~一杯、かわいい子いますよ~。」など身を乗り出し言うキャッチを冷たい視線で交わす。坂の途中にある脇道を入って行く、人が殆ど居なくなる交差点辺りのキラキラした様と対照的で、路上には半グレのような輩が何人か居た。何度か曲がったところにある雑居ビルのエレベーターに入り4階のボタンを押す。エレベーターが開くとフロアに1つだけドアがあり、ドアには‘’Segreto‘’という鈍い金色のプレートがついた。ドアの横に小さな小窓があり糸井は慣れた様子で開くと、中にあるテンキーに何桁かの数字を打つ。ガチャ、ガチャと同時に2種類の音がドアから聞こえた、糸井は彫刻が施されたアンティークなノブのサムラッチをカチっと押し下げる。「お待ちしておりました。」と妖艶で淫らな衣装の女性が迎える、「こちらです。」といくつか並んだ個室の一つに通された。「では、準備してお待ちくださいね。銀狐女王様と玲女王見習いをお呼びします。」と言うと女性は去った。


~数時間前 院長室~

ヴーヴーと糸井のスマホが振動する、「はい。」「糸井先生ですか?、お疲れ様です総務の福本です。」「お疲れ様です。」「院長がお呼びなんですが、今お時間大丈夫ですか?。」「今ですか?、ええ、大丈夫です、院長室へ行けば良いですか?。」「はい、お願いします。」。院長室専用エレベーターに向かいながら糸井は嫌な予感がした。ペルシャ絨毯が敷かれたエレベーターの乗る、(無駄な贅沢だ、、、。)と思いながら軽く溜息を吐く。最上階に着きドアが開く、エレベーターの中と一体化するようにペルシャ絨毯が院長室の扉まで繋がっている、他のフロアとは作りが違っており視界の全てが豪華である。絨毯が靴音を吸い込む為に服の生地の摩擦音が僅かに響く、重厚なウォルナットの両開きの扉、その前で首を垂れ「ハッ。」と短いが強い息を吐くとノックをした。「どうぞ。」と福本の声がする。「失礼します。」と扉をゆっくりと開く糸井、大きなローテーブルの上座に安生が右側には福本が座っていた。「やー、どもども。」と座ったまま手を上げ親し気に声をかける安生、糸井はこの男が嫌いであった。「忙しいところ申し訳ないですね。どうぞ掛けてください。」と福本が手をソファに向ける。いつもの低姿勢な様子と少し違う福本に(予感的中か、、、。)と物憂げな糸井、ゆっくりソファに腰を落とす。「福本くん、あれ。」と言われ福本が手にしたバインダーから資料を安生に差し出す。芝居掛かった恭しさで資料を手にする安生、「糸井くん、おめでとう!。大出世ですよ。関連の福岡病院が新設するELC病院の院長にというお話が来ました。」と安生が糸井にELC病院の資料を渡す。「え?。」と糸井が息を飲み資料を見る、「院長、ここ終末医療の専門病院じゃないですか、、、。」と目に怒りを滲ませ安生を見据える糸井。「そうですよ。超高齢化社会の今、最も必要とされる分野です、そんな最先端の所にね、素晴らしい。しかも、院長ですよ。私と同じ院長!。」とニヤニヤしながら糸井を冷たい目で見る、そして福本に目で合図をすると福本は革のファイルを糸井の前に置いた。糸井がそのファイルを手にすると「困るんですよね、糸井くん。でも、君は優秀ですから福岡行きで不問とします。他に選択肢は無いし、言い訳も聞きませんから、、、以上。」と優越感と怒りの冷たい声で糸井を睨む安生。ファイルを開くと報告書と書かれた書類があった、糸井は安生と福本の表情を伺いながら書類を捲る。咲真と行っていた研究の詳細、そして厚生労働大臣も巻き込んだ捏造した情報が功名に綴られている(えっ、、、。)虚偽だと反論の余地を徹底的に潰された内容を見た糸井は絶句した。「どうかしました?。そんなに睨まなくても、怖いなぁ、、、えー私に対して、いつからそんなに偉くなったんですか?。」と安生が失笑する。調査と捏造の緻密さに安生の欲望への執念にある種の怖さを糸井は感じた。暫く沈黙すると目元と口元を固くしながら、ゆっくりを立ち上がりせめてもの抗いのように座る安生を見下す、「承りました。」と冷静を装い言うと頭を下げて安生に背を向けた。目の前のウォルナットの扉は未来を遮る壁のように見え、入る時よりもより遥かに重く痛みを感じる程に冷たく感じた。


Segretoのプレイルーム

「申し訳ありません。申し訳ありません、、、。」全裸で後ろ手に縛られる糸井。淡々とした声で罵り鞭を振るう銀狐、糸井の顔を掴み「気持ちいい?。」と微笑む玲。背中に何本もの赤い筋、すこしづつ紫に色が変わって行く。グッと強く閉じた目は痛みを堪えているのではなく、忘れられない過去の苦痛による物だった。


~ オレンジに染まる窓ガラス、薄暗い部屋、夕日を背にシルエットで浮かぶ正座する少年と見下ろす女性の姿。「どうして、一番じゃないの?。手を出しなさい。」搔き消されたように真っ黒な顔の女性が言う、「、、、は、い、、、。」と消え入るような声、小学生だろうか?、少年が両手を差し出す。小さく弱弱しいその手のひらにピシッ!っとケインの音が鋭く染みる。「!いっ、、、。」と押さえられない言葉が漏れる、ピシッ!、ピシッ!、、、真っ黒な顔が少年の様子を観察しながらケインを冷徹に振る。「ちゃんと期待に応えなさい。約束は?。」とヒュッ!とケインの空気を切る音。「はい、、、次は、う、、、い、一番になります、、、う、う、、、申し訳ありません、申し訳ありません、、、。」と小さな声、大粒の涙。「あなたを打っている私の方が痛いの、あなたの為なの。」という真っ黒の顔の言葉を受け入れる自己暗示を掛ける少年。その手は蚯蚓腫れで赤く腫れ、嗚咽が漏れる。しかし、不思議な恍惚感と下半身にまだ知らない熱い違和感を感じていた。~


「ありがとうございました。女王様。」と背中にいくつもの蚯蚓腫れに血を滲ませて糸井は土下座をし告げた。「どう、満足した?。ふふ、、、。あっ、玲ちゃん、出てくれる?お疲れ様。」と銀狐が言う、玲はエレガントに一礼し「じゃ、またね。」と糸井に言うと余韻を残すように部屋を出た。玲を横目で見送る銀狐、身支度をする糸井を眺めながらリトルシガーを咥えると革張りのクラシカルなソファにドサッと座る、「先生、今日は何かあったの?いつもよりおねだりが激しかったわぁ。しかも、2人で責めて欲しいなんて。ふふ、、、。」とスリムな金張りのライターで火をつけると、糸井に煙を吹き付けながら様子を観察している。「ま、宮仕えには良くある事です。ただ、大事な物を取り上げられましてね、、、。」とニヤニヤとする銀狐には目をやらず淫らな行為の行われた床に視線を落としながら糸井が言う。「ふーん、良くわからないけど。」と言いながら糸井のカバンを見つめる「持ってきた?。」と言う銀狐。その視線と言葉に糸井はカバンから袋を取り出す、「薬はもうありません、代わりです。」と銀狐に封筒を差し出しながら糸井が言うと「何これ?どういう事?、薬もう貰えないのかな?。」と怒りのような焦りのような感情を剥き出し封筒を床に投げる銀狐。糸井は少し黙りゆっくりと目を閉じながら唇を噛む、そして溜息を吐くと「悪いね、もう終わりです。」と銀狐が聞いたことのない声を出した。「え?、私に怒ってる訳?、いつから偉くなったのかな?。」と上から目線で銀狐が凄んだ。『、、、えー私に対して、いつからそんなに偉くなったんですか?。』という安生の不快な顔を思い出し、目を見開くと「無能な豚が!お前が黙れ!。お前に何が分かる?、え、。」と銀狐にダブる安生に怒りを吐き出す糸井、はっと我に返り荒くなった呼吸のまま「ごめんなさい、ちょっと言葉に引っかかって、嫌な奴を思い出しました。地方に転勤になるので薬は渡せません。それ大事にしてください。」と床に落ちた封筒に視線をやり糸井は店を出た。


酔っ払い、お持ち帰り中の男と女、何かヤバそうな物をやりとりする複数の男、、、ゴミが落ちた路上、そんな中に混じりながら歩く糸井。「咲真、すまんな、、、申し訳ない、、、。」奥歯を噛みしめた声でつぶやく、苦悶や怒りの表情だが目は潤んでいた。


一人になったプレイルーム、銀狐がスマホで話している「姉ちゃんね、美樹ちゃん治験、受けれるよぉ。知り合いの医者が手配してくれたぁ。こんで治るよぉ!。」「どっこも断られたのにぃ、ほんまね!、ほんまね!!。」と喜びの声を聞きながら糸井が渡した‘’児童に対するレビス治験‘’と記載された書類を大事そうに手にしていた。


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