33:望と鈴蘭、慟哭と絶望。

なんとか裏門から外に出られた者は無事を喜ぶ事もせず、ただ皆を案じ泣いている。おびえる人達を勇気づけ誘導しながら伴田は、この状態を前に、自分の無力さを感じながらも(なぜ、こんな目に会わなければならないのか?。私たちが何か悪いことをしたのか?。なぜ、なぜ、、、。)と不条理を前に力を失せてしまいそうになる。「伴田さんか?。」という声に我に変える伴田、「あー牧野さん、早く裏門へ。」と牧野の無事を喜ぶ、「望と鈴蘭見んかったか?。」牧野の声に動揺が混じる、「いえ。」と伴田に不安が過る、「鈴蘭、あの足じゃ走れん。探してくれ。」と伴田の腕を掴みむ。窓の外で聞きなれない怒鳴り声が聞こえる。「おらー!!!。」「YEAR~~~!。」「ビビってんじゃねーよー!。」パーティーマスクを被った数名が、バットを振り回し住人を威嚇している。「逃げんじゃねーよ!。」「そこ動くなぁ!。」「これからが本番なんだよ!。」バットで壁や地面をガンガンと打ち威嚇の音を響かせる。その内にテンションが高まりハイになったパーティーマスクの1人が「やめなさい!。」と抵抗する住人にジワジワにじり寄る、後ずさる住人、耐えきれず背を向け駈け出そうとした瞬間、「ゾンビまっさーつ!。」と叫びバットを打ち付けた。肩口にバットを叩きつけられた住人は、声も出ず地面に倒れる。「チッ、やり損ね~、今度はガチでいきまーす!、おい誰か撮影しろよ。」残りのパーティーマスクが集まって来る、「えー、殺したらおれら終わりじゃん。」「ばーか、放火時点でアウトだろ!はははぁ~!!。」ゲラゲラと笑い合う。「じゃ、やるかぁ。」とバットを振りかぶる、倒れた住人が声にならない声で「た、たす、、けて、、、。」と手を伸ばし懇願する、「ダメ~!。」バットを握る手に力を籠める振ろうとした瞬間、男の腰あたりに何かが当たった。「痛って、んだよ。」男の足元に包丁が落ちている、その包丁を汚い物を触るかのように指でつまみ上げると、「あぶねー、え、やば、ギリセーフ。刺さってなーい!。」と騒ぎながら見渡し、一点に視線を止めた「おまえかぁー!。」と睨んだ先に鈴蘭が居た。「鈴蘭、逃げなさい!。」と倒れている住人が叫ぶが、鈴蘭は足がすくんだのか動けない。「スズラン?。ゾンビの癖にスズランって~。」罵るように大笑いする目は急に冷淡になり、「じゃ、先にスズランちゃん行きまーす!。」と男がスキップしなからバットを振りかざす、鈴蘭はしゃがみ込み頭を抱え震える。「いやーーーーーー!。」と甲高い声にスキップを止める男、鈴蘭の元に幼い望が懸命に駆け寄る。「おかあちゃん、いじめちゃだめ!。」と望が叫ぶ、男は表情変えずバットを振り下ろした、ゴッ!という鈍い音と共に、望は顔から地面に叩きつけられた。辺りが一瞬凍り付く、「やべーぞ。」「子供はダメだろ。」「おい、逃げるぞ。」とパーティーマスクの男達は焦りだし、望を見下ろす男を羽交い絞めにすると引きずるようにして逃げ出す。倒れた望の周囲は時間が止まったような静寂に包まれる、全ての住人が呆然として望を見詰めていた。ズズ、ズズ、っと身体を擦り、「あ、、、あ、、あ、、、。」と声にならない声を漏らし望に這って近づく鈴蘭。横たわる望は頭部の右半分が陥没したように見える、左右の目は違う方向を向いている。鈴蘭が望の傍らに寄り添う、左目で優しく鈴蘭を見つめる望「おかあちゃん、、、痛く、ない?。」いつものように笑顔で言うが、顔は歪んでいる。「ああ、、、あ、、、。」呆然とただただ涙を流す鈴蘭、望に触れる事も出来ない。「あれ、、、なんか、暗いよ、、、もう、夜、、、?。」痛みを感じなくなっているのか、鈴蘭への思いの強さで痛みを耐えているのか、望は無邪気に鈴蘭に話しかける、望の目はもう見えてはいない。「、、、。」鈴蘭は声も出ず、大きく口を開き嗚咽の息を吐き続ける。「おかあ、ちゃん、、、、ね、、、手、握って、、、。」精一杯の笑顔で鈴蘭に甘える望。しかし、その足は痙攣を始め、頭部から乳白が混じった血がドロドロと流れている。鈴蘭は望の手を力なく握る、そして抱き起こすと包み込むように抱きしめた。悲しみの感情だけに染まり、体は震え、「おぅ、おぅ、おぅ、、、のぞみ、のぞみ、のぞみ、、、。」と名を呼び泣く事しか出来なかった。望は血まみれの小さな手を力なく伸ばし鈴蘭の顔を探す、「泣いてるの?、、、泣いたら、ダメだよ、、、、おかちゃん、いじめるやつは、、、望が、、やっつけ、るよ、、、。」鈴蘭の顔に触れた小さな手が涙を感じた、望は必死の笑みで優しく語り頬をなでる。「おかあちゃ、、、ん、、、抱っこ、、、。」鈴蘭の頬をなでる手はその力を無くし地面に落ちる、そして呼吸は静かになった。「の、ぞ、み、、、のぞみ、のぞみーーーーーーーーーー!!!!!!!!。」鈴蘭の慟哭、悲痛な声が空に消えて行く。サイレンの音と車両のライトがどんどん近づく、望と鈴蘭の周りだけは光も音も何も無い空間になっていた。


ケガをした多くの者は大事に至らず無事だった。コミュニティーも住人達の管理が行き届いていた為に燃焼するような不用品などもなく、庭の樹木と隣接した体育用具倉庫だったプレハブが延焼したが、居住施設は無事でいつもと変わらないように見えた。唯一、望が居なくなったという点を除いて。望を失った鈴蘭は生気を失い、望がいつも遊んでいた粗末な熊のぬいぐるみを抱き、望が眠っていた布団を見つめるだけになってしまった。住人達は彼女の名でもあった‘’望‘’を失い絶望に染まった。

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