31:センターという所


その頃、佐久間は伴田の居るコミュニティーに向かっていた。コミュニティー裏の通用門から中に入る、見知った住人に伴田の居るところを教えて貰う。「1D、1D、、、。」と呟きしばらく迷うと見慣れた廊下に辿り着き1Dの教室を見つけた。ドアをノックし「佐久間です、伴田さんいらっしゃいますか?。」と少し声を張った。いくつかの仕切りのカーテンがファサっと揺れると伴田が見えた「あ、佐久間さん?昨日、控えてくださいと言いましたよね。」と静かに言う、「すみません、やっぱり心配で。それと、ちょっとお会いしたくて。」「行動力はライターの必須条件みたいですね、そういえば、検査は?。」「あ、済ませて来ました。無罪放免と言われました。」「良かったですね、おめでとうございます。」と全てが非日常化している佐久間には、このような日常的な会話は嬉しかった。「ここは狭いので、職員室に行きませんか?。」と伴田が言う、「はい。」と初めて伴田にあった部屋だと思うと不安が少し和らいだ。2人は他愛の無い話をしながら職員室に歩く。(いつも早足で歩いてるな俺、、、。)と伴田の歩調を楽しんでいた。

機嫌の良さそうな佐久間に「どうしました?。」と伴田が尋ねた。「はい。あの、伴田さんってゆっくり歩きますよね。昔からですか?。」と照れを隠すように聞くと「いえ、若い頃は早足でしたが、ここに来てからですね。皆、身体が良い訳ではありませんし、いろいろ周囲に注意深くいないと、、、ま、そんな風にしていると気がついたら、ゆっくりになりました。」と言われ、呑気に聞いた自分を恥じた。伴田の印象でここは穏やかで自由な世界と思っていたが、彼らは常に病気の不安や恐怖、外からの差別、共同生活での自制心など考えられない枷があり、自由では無いのだと思った。「どうしました?。」と黙った佐久間を変に思い伴田が声をかけた。「いえ、私は皆さん自由だなと思ったんですが、そうではなく、色々なルールとか、、、。」「、、、自由では無いんじゃないか?。という事ですか?。」と口ごもり始めた佐久間を見て伴田が聞く、「ええ、、、。」と佐久間は申し訳無さそうな顔をする。「共同生活ですし、取り決めでルールがあります。でも、自由というのはルールがあるからこそであって、ルールの無い自由は無法です。ルールは縛る物ではなく、妥協ではなく譲り合うという互いの尊重だと思います。この病気になって此処に来て、実感しています。」という伴田の姿を見て、佐久間は学生時代に教師から諭された時を思い出した。

そうこうしている間に職員室に着いた。ガラガラと引き戸を開け中に入ると2人の住人が本を読んでいた。「そこにしましょう。」と伴田が窓ぎわを指差す、2人は入り口横に積んである椅子をそれぞれ手に窓ぎわに歩いた。椅子を向かい合わせに置くと、佐久間が腰を掛けながら窓から見える校庭だった広場に目を奪われる。もう使われず所々に痛みや朽ちた広場も、なんだか生徒が生き生きと遊んでいるような声が聞こえそうに見えた。「さて、何か話が?。」と伴田が聞くと、夢から現実に引き戻された佐久間は顔色に陰りが滲んだ。「、、、はい。」と渇いた口に搾りだした唾液を飲み込み「この間の患者の事件で、ま、心配しすぎなんでしょうけど不安で、、、あ、あと、さっきもチラっと言いましたが、検査の結果を医者が無罪放免って、その言葉がどうも、、、最初は釈放とか言われました。」佐久間は続ける「あと、昨日うちのポストにゾンビ消えろ殺すって書かれた紙が入ってまして、はは、、、とにかく。」もっと言いたかったが愚痴になると思い飲み込み黙った。「そうですか、、、。」と伴田は静かに答えた。まだ黙り込む佐久間を静かに見る伴田。「あと、医者が何かを企んでるようで、佐久間作戦とか話してて、、、。」佐久間の言いづらそうな様子に、伴田は口を開いた「嫌なもんですね。この病気は発症するとだんだん炎症で皮膚が瘡蓋や壊死したりします。映画のゾンビみたいになりますからね。発作で凶暴化し襲う事もある訳ですから、健康な人には嫌悪感や恐怖を抱いて不思議ではありません。そんな事から、心の痛まないストレス発散の攻撃対象なんでしょうね。マスコミも勝手な事を言います、発作で襲う事はあっても人を食べるは嘘です。こんな風貌だから、マスコミが生み出した捏造ですね。私達を差別する事でストレスの吐口にして楽しんでいるんでしょうね。」聴きながら佐久間は悲しそうに伴田を見つめる。「この病気専門の治療機関があるのはご存じですか?。」と伴田が聞く、「私が運ばれた黒川祈念病院でしたっけ?。」と佐久間が答えるが伴田は首を横に振り「センターという所です。」と言い佐久間の目をしっかり見つめ続ける「センターのお陰で治療法が確立されて、多くの患者は助かりましたが、その為に奪われた尊厳も沢山あるようです。」「え?。」「“転院”という大義名分でセンターが拉致同然に連れて行き、研究材料にされるようです。あくまでも噂ですが。」「、、、それじゃ私も?。」「その対象にされたのかも知れません。」佐久間は自分に起きている事を実感し、今更ながらに恐怖を感じた。「その後、どうなるんです?。」と佐久間の声は少し大きくなる。「分かりませんが、治療を受けている仲間が消え、帰って来た者はいないと騒ぐ者も居ます。」「そんな、まるで映画じゃないですか?。私達は怪物じゃない、伴田さんや皆さんを見ていてもハッキリそう思う。」「ええ、しかし、センターの噂は疑わしいと思いますが、現実に人は差別します。この容姿や発作が起こった時の行動を見てね。差別する事で人は優越感を得ます、その優越感は際限無く欲しくなるんです覚醒剤のように、嘆かわしい事ですが。」と伴田が静かに言うが目には悲しみや不条理さが見えた。伴田に会い、話しが出来た事で佐久間は落ち着きを取り戻し、コミュニティ―を出た。帰り道は既に暗くなり始めていた。


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