30:佑月、動き出す想い

3月5日 朝

病院 村上の診察室

村上はスマホで佑月と話している、自分が面倒な役から解放されたからか、佑月がどうやるのか、多少楽しんでいる様子である。

「マジでありがと!。」という呑気な村上を無視するように「佐久間さん何時だっけ?。」と佑月が事務的に聞く。「えっとね、11時かな。」とディスプレイを横目でチラ見した。「わかった。村上さ、言葉には気をつけてね。最近レビス関係の事件とか、、、佐久間さんは繊細だから、無神経な言葉に傷つくからね。出来るだけ穏やかな気持ちで佐久間さんに聞いてもらって、しっかり説明したいから。ちゃんとやってね。」といつに無く佑月が患者について話すのを不思議に思いながら「なんだよ、えらくいつもと違うじゃん?。」と揶揄うように村上が言う。「うるさい、ちゃんとやって、お願い。」というと佑月はスマホを一方的に切った。「へんなヤツ、まいいや、佐久間捕獲作戦頼みますよ〜。」と厄介払いできると言わんばかりの表情で、床を軽く蹴って椅子ごとクルクルっと楽しげに回っている。


11時丁度に佐久間はやってきた、受付で検査室を指示される。検査室に行くと村上ではなく、柔かな田崎が居て採血など検査を行った。「じゃ佐久間さん、結果1時間くらいで出ますので、規則で外出出来ないので、廊下出て左の待合でお待ちくださいね。」と言われる、(え?外出出来ないのか、、、。)と暇つぶしは嫌いだが仕方なく待合室に行く、中は三人掛けくらいのベンチが一つで待合室というに狭かった。椅子に掛け暇つぶしにスマホを出すが圏外でWi-Fiも通じていない(えっ、マジか?。)とちょっと呆れながら、カバンから李白の本を取り出す。スッと本に吸い込まれ集中する、伴田に出された宿題の峨眉山月歌を何度も読み返す。(佐久間さん、村上先生の診察室へ。佐久間さん、村上先生の、、、。)とアナウンスが流れ、(あっ、もうそんなに経ったのか、、、。)と本を仕舞うと診察室に向かう。

ドアをノックすると「はーい、どぞ!。」と村上の軽いテンションが聞こえる。中では村上がディスプレイを見ている、「どうぞーおかけくださーい。」と言いながらクルっと椅子毎こちらを向きちょっと首を傾げ「おっ、、、雰囲気変わりました?。」と言う。「そうですね、少し前向きになったかな?。」「いいですね〜、佑月先生も喜びますよ。」「はは、で、最後の診察結果はどうですか?。」「無罪放免です、もう大丈夫です。」「ありがとうございます。では。」「はい、あ、佑月先生のところに必ず行ってくださいね。」「はい、寄って帰ります。ありがとうございました。」と佐久間は席を立ち軽く会釈をして部屋を出た。「話合わせるだけで疲れるな、、、。」と呟く佐久間、村上のフレンドリーで自信ありげな様が不快から滑稽に思えた。

佑月の診察室に向かう、渡り廊下の過ぎ曲がり角の手間で佑月の声が聞こえた。「わかった、上手くやるよ、え、なによ佐久間、捕獲作戦って?あんたほんと失礼だよね、じゃ。」電話の相手が村上だとピンと来た、そういえば検査後の待合室のなんだか不自然だったと思い出し、(どうやら俺は何かされるんだ。)と感じ不快感や失望やらを吐き出すように、病院の床に澱んだ息を垂れ流すと通路を引き返した。カードリーダーに診察券をかざすと、パネルに検査明細と自己負担分の金額が表示される。スマホをリーダーにかざし会計を機械的に済ませる佐久間。“お大事に、気をつけてお帰りください”と表示されたパネルを見て、(本当にお大事に思ってんのか?。)と苛立つ。病院を出てゆっくりと通りを歩きながら思い出す(佐久間作戦?無罪放免?無罪?この病気は罪って事か?結局医者も最悪だな。)。


病院の通路をスマホ片手に話しながらサンダルを擦りながらダラダラと歩く村上。「え?、、、そっち行ってない?。」と村上は慌ていつにも増して大きな声になる。「声でかい!だから、まだ来ないよ。まさか帰ってないよね?。」と自室ではあるが小声で話す佑月。声のデカさを咎められ小声で「折り返す。」と言い、空いた片手で病院支給のスマホをズボンのポケットから取り出しナースセンターに掛ける、佐久間が会計を済ませ出口に向かったと知り、「マジか。」と瞬間的に怒りがアップしスマホを持った腕を振り上げる、(やべ病院じゃん。)と怒りがバレないように首をブンブン振って肩凝りを装いながら佑月への言い訳を考えるが、何も思いつかない、仕方なくプライベートのスマホで佑月に掛ける、ワンコールで佑月が出た。「佑月、すまん、、、もう会計済ませて帰ったらしい。」「役立たず!。」と佑月は言い放ちスマホを切りながら、自室を小走りに出てナースセンターに行く。

ナースセンターの主任を見つけ紋切り口調で言う「ねぇ、佐久間さんの電話番号教えて!。」「え、それは規則で無、、、。」「いいから教えて、緊急です。」と主任の言葉を遮る。「いえ、ダメです。」と怪訝そうに主任が言う、すると通路の奥に村上が見えた。「はぁはぁー、主任、、、佐久間さんのカード見せて、、、あげて、、、。」息を切らせ遠くから言った。「主治医の俺がぁ、、、良いって言ってるんだから。はぁはぁ、、、。」左手で脇ばらを掴み乾いた息でだらしなく言いながらナースセンターの前に来る。主任は呆れながら「私は知りませんよ。」と言いPCにパスワードを入れカルテを検索する。佐久間のカルテが表示された「覚えてください。」と言いいながら佑月にディスプレイを見せる。「え、プリント。」遮るように主任が「履歴残りますからプリントアウトダメです。覗き見されたのは履歴残りませんから。」と佑月でなく村上を睨みつつ言う。「ありがとうございます。」佑月は番号を見ながらスマホをタップする。走り疲れナースセンターのカウンター前にあるベンチに座る村上の所に早足で近づきながら「村上先生、困りますこんな事は。」と奥歯を噛み締めるような声で主任が小言を言い始めた。その痴話喧嘩のような様子を背にした佑月のスマホからは、圏外または電源が入っていないとアナウンスが流れる。(もー!電源入れて!。)とイライラしリダイアルするが繋がらない。後からは主任の小言がずっと聞こえる、佑月はその隙に閉じていないカルテにある佐久間の住所を手の甲に書いた。「ほんと、私は責任取りませんよ。」と村上を睨む主任、村上は片目を閉じながらご機嫌を取るように、手を合わせ頭を下げ続けている。佐久間の住所を知った佑月は、2人に頭を下げなから自室に戻る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る