28:未来の子供から借りている

3月4日 昼

コミュニティー

陽が真上に近い、窓の近くには紅葉の名残のような葉がまばらに重なっていて、隙間に陽が滲み乱反射し色とりどりに光っている。

窓辺の机に伴田と佐久間が向かい合って座っている。その様子は師と弟子、教師と生徒のように見える。「私はこの詩には、実は深い孤独や喪失感が秘められている気がします。」伴田は顎に軽く触れながら言うと、佐久間が頷きながら「私は満足している現在を育んでくれた故郷への感謝の想いと思ったんですが、見てるレベルが違うなと思いました。物書きとして、反省です、、、。」と嬉しそうに言う。佐久間の様子を微笑ましく見ながら伴田は話す、「私も病気になる前は、今のような物の見方をしていなかったんですよ。ある意味ではレビスが新しい価値観や人生観というか、、、いや、生きるという事の意味を教えられている気がします。」。佐久間はレビスに感染してからの毎日を思い出していた。

「佐久間さんは、今の世の中をどう思いますますか?。」「どうって言うと?。」「いえね、ここでは日々皆が支えあって工夫して生活を送っています。病気によって将来への夢とか期待はありませんが、朝起きて一日を生きる事を大切しています。支援の物資もありますが足りていません、幸い広い校庭跡に畑を作って食料を得ています。私もここで初めて農作業をして、自然という程ではありませんが土に触れる事で、物の見方が変わりました。スマートフォンや様々な機器に指示され動くような生活から陽や風と共生する生活かな?。」佐久間は、伴田の言葉に聞き入りながら窓から見える木々を見ている。「誰かに教わった言葉ですが、『自然は先祖から譲り受けた物ではなく、未来の子供達から借りている物だ。』という話をここに来て実感しています。」と静かに佐久間の目を見て語る伴田。「借りている物、、、。」佐久間は繰り返しつぶやき「汚したり傷つけずに返さないといけないですね。」と伴田に笑顔を見せた。「はい。」と目をゆっくり閉じ軽く頭を下げ伴田が言うと「申し訳ない今日は疲れたので、、、。」と伴田が続けた。伴田が病人である事を思い出し少し焦り恐縮し、「すみません、ついつい長居してしまって。」と言いながら首を振り頭を下げる佐久間。「いえいえ、こちらこそ申し訳ない。あと、米と小麦粉ありがとうございます。あんなに沢山、皆助かります。」と伴田が笑顔で礼を言う、佐久間は笑顔を伴田に返す。「明日もいいですか?。」と言う佐久間、「そう言うと思ってました。」と答える伴田。

部屋を出ると、廊下を並んで歩く。ゆったりとした歩調を楽しみながら佐久間が「あなたの昔を知りたいです。」問いかけた、「昔ですか?。」となんとも言えない表情の伴田。「学校の先生だったんですよね、前に聞いた覚えが。」「話しましたか?。」「違うかな、私の中学か高校の時の先生に似てるんですよ、それでそう思ったのかな?。」と少し首をかしげる佐久間、「勤め人です、メーカーで人事の仕事をしてました。」少し昔を思い出すように何かを考えるように答える伴田。「どんなご家族だったんです?。」という佐久間の問いに、すこし唐突だなと面白くなったが笑いを堪え伴田が言う「平凡な家ですよ、特に何か面白い話も無い、あ、兄弟が居まして双子です。ま、それくらいしかネタの無い平凡な家庭です。」。伴田が答え終わる直前に、家族の事を聞いた自分に配慮がないヤツ、失敗したと佐久間は自分を戒めた。伴田は佐久間の様子を感じ「気遣いなく、父は癌で亡くなって、たしか7年かな?。母は施設、地方に居ます。弟は事故で17歳の時に亡くなりました。双子は繋がりが強いって言うでしょ、だから両親もその時は私のことを心配してました。過剰に心配する両親を見ていて、逆に引きましたよ。」と話している間に、コミュニティーの正門に着いた。「あの、一ついいですか?。」と佐久間が言うと伴田は黙って首を縦にする、「李白の詩で一番好きなのは?。」と佐久間が訪ねる、伴田は少し考えると「そうですね、、、。峨眉山月歌かな。」と答えた。バッグから李白の本を出しパラパラと捲る佐久間、「あ、これですね、、、峨眉山月半輪秋、、、影入、、、。この詩が好きなのは?。」と聞く佐久間に「宿題です。」と微笑みながら答える伴田、ここが学校の跡地という事もあるが、まるで教師と生徒のように見えた。伴田と話すようになり、その時間は佐久間にとって呼吸が楽になる時間だった。


自宅への道、視線は足元から前になり、今日は夕焼けの朱色を見ている。帰宅すると通知があった宅配ボックスのPCを出し、ポストも確認する。‘’ゾンビ消えろ!でないと殺す‘’と書かれた紙が入っていた。段ボールを抱えたまま膝から落ちた佐久間、浅く速いテンポのスーハースーハーという呼吸音がコンクリートに静かに反響している。


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