27:糸井の真意
病院 村上の診察室
「あ、お疲れ様。ちょっと話し有んだけど。」村上が佑月に内線を掛けた。「教授すみません、では失礼します。、、、『あぁお疲れ様』、、、“ガッチャ”、“カツ”“カツ”、、、はい、わかりました、、、はい、14時で。はい。」会議室から出た佑月が廊下を歩きながら答える。「プッ!何、さっきの、『わかりました』『はい』って!ははは!。」と大笑いする村上を無視するように佑月はカツカツと廊下を歩く。「糸井教授がいたの、うるさいな!で、何?。」面倒臭そうだが、糸井から離れる事が出来て佑月は少しホッとしていた。「あ、そうそう、佐久間さんの検体、センターから連絡あってさ、変異株だってー。」と少し能天気の村上。「嘘!。」佑月の顔から血の気が引いた。「ウゾじゃねーし、でさぁ収容しろって、、、。」収容という言葉が佑月に嫌な思い出を蘇らせる、佑月の足が止まる。「今度の診察で説明して入院って形で収容しろって。」村上は無神経に続ける。「おれ嫌だからな。前さ、看護師ケガしたじゃん、患者暴れてさー。」と責任を佑月に押し付けようとする村上、「、、、おい、聞いてる?。」と黙り込んでいる佑月に訴える、「黙って!。」スマホのスピーカーが歪む程の佑月の声、「おかしくない?だって、検体がセンター行ってから何日も経ってんのに?こんなタイミングおかしいよ?。書類見せて!。」佑月が捲し立てた、勢いに押され「あ、あ、あ、、、データあるから、えっと、閲覧権限追加する、ちょっと待って。」と宥めるように言うと器用に肩にスマホを挟み、タブレットでグループウェアにログインする村上。ログインしたグループウェアにバッチが着いた書類を見つけると権限追加の処理をする、「いま追加した、佑月、、、?。」と様子を伺う。佑月は、タブレットで書類を冷静に見ている、書類から目を離さずにスマホを手にし「ありがと、掛け直す。」と言い通話を切る。近くのベンチに座り書類を読み進める。患者情報、検査方法、検査結果が変異株という事、収容命令、複数の関係者指名などがあり、体裁はいつも通りだが、添付書類・再検査申請書という普段見ない書類へのリンクがあった。リンクをタップ、開いた書類を見た瞬間、申請者欄に糸井教授の名を見つけた。一瞬で怒りがこみ上げ歯を噛み締め声にならない声で「グッソ!。」と呻き右足の踵で床を踏みしめた。佑月が部屋に戻るとスマホが振動し画面に村上とメッセージの通知が表示される。「、、、どした?だめかな、、、。」佑月の緊張感をスマホから感じたのか、こわごわ村上は言った。「私が説得する。」(こんなヤツに任せられない)佑月は目を閉じ静かに言う。「ほんと!うん、お前、ほら、カウンセラーでしょ?だからさ。」あからさまに喜ぶ村上。「大丈夫、ちゃんとやるから。」村上のリアクションに完全に興味を失っている佑月。佑月はスマホをデスクに置き写真を眺める、無表情な目から涙が流れた。(佐久間さん、助けないと、、、。)無表情だった目に意思が滲む。佑月はスマホを手にすると糸井にメッセージを打った。スマホを両手で握りながら(咲真先生助けて、、、。)と祈っていた。
しばらくすると、不快な足音が聞こえと思うや否やドアがノックされ「私だ。」と糸井の声が聞こえ、佑月が返答するのを待たずにドアが開く。「話しって何ですか?。」悟ったような糸井、佑月が瞬きもせずに糸井に冷たい目をやり「佐久間さんの事ですが。」語尾が少し震えていた。「あー、変異株の。」と自分は無関係というような口調で糸井が言うと「教授の申請書を見ました。」と佑月が強い言葉を向けた。糸井は佑月の目を見据えると「何か問題でも?あの患者、診察中に暴れたんでしょ?。当然異常だと考えるべき、再検査を行うのはここのルールですよ。」と突き放すように糸井は言った。佑月は唾液を飲み込むと「咲真教授の時も、こんな風にルールを盾に命を奪ったんですか!。」と言葉を突き立てる。糸井は佑月の顔を瞬くもなく暫く見つめる、佑月唇を噛みながら睨んでいる。「はぁー、、、。」と細い息を吐きながら天井に顔を上げ目を閉じる糸井、「君、パソコン借りるよ。」と言いながら佑月のデスクに歩いてくる。佑月はログアウトしどうぞとPCをクルっと糸井に向ける。糸井が自分のアカウントでログインしメールアプリを起動させる、重要というフォルダを開くとPCを佑月に向け「糸井へというタイトルだ。」と言う、佑月は糸井に向けた怒りの眼差しをディスプレイに向け言われたタイトルを躊躇なくカカッっと開く、佑月は激しく動揺した『もしもの時は私の身体を研究に使え。』という咲真の言葉があった。
「えっ、、、。」と呼吸を飲み込む佑月。その佑月を横目で見ながら糸井が言う「咲真と僕はレビス患者の脳を研究していました。彼らの脳のミラーニューロンの研究です。レビスからのサバイバーの中に非感染者よりもミラーニューロンが発達している傾向を見つけたんです。」「えっ、、、ミラーニューロンが発達?、、、それは、、、。」と佑月は動揺しながら言う。糸井は佑月をしっかりと見つめて口を開く、「そうです、レビスからのサバイバーは他者に共感する感受性や意図を理解する力が強い、言い換えれば多様性と社会性の高い、現代社会において必要な能力を有していると言えます。」。佑月は困惑した、糸井は続ける「『サバイバーに対する偏見や差別を無くしたい、彼らは望まずに病気になっただけで、被害者だ。』と咲真はいつも言っていました。最初は青臭いバカな事をと思ったんだけどね。ただ、アイツは唯一の親友で、命の現場を共に戦った仲間ですから、、、。」と過去を懐かしむように言った。
「アイツの意志を受け継ぐっていうのは大袈裟だけど、私は研究を続けてました。」「でも、そんな事、患者の研究なんて知らない。」と戸惑う佑月、なぜか目が潤む。「、、、まぁ色々大人の事情があって、この研究は非公式なんですよ。ところで、この十年くらいかな?、自殺者の急増ってどう思います。」と糸井は言った、その目元は動揺する佑月を気遣うように見えた、「え、、、統合失調や双極性障害の患者の自死の急増ですか?。」佑月は冷静になろうとゆっくりと言った、「はい、同時にそれらの患者の増加もです。咲真と私が最も興味を持ったのは、それらの患者が高齢者に急激に増えている事でした。」「それがレビスの影響って事なんですか?。」「いえ、、、結論から言うと逆だと私たちは仮説を持ちました。レビス患者の遺伝子を調べると、PCDH15とRELN遺伝子が短期間で活性化する形跡が発見されました。要するに、それらの障害の改善に役立つ可能性があるという事です。」「え?!、じゃあ、レビスによって双極性障害や統合失調が治るという事?。」「あくまで可能性です、、、。」と言う糸井に、佑月は唖然とし目を少し泳がせながら糸井の言葉を反芻していた、「それなら政府は率先して研究すべきじゃ。」と怒りは薄れ、冷静に糸井に向き合う佑月。「ま、これはあくまで想像です、聞き流してください。日本は高齢者大国と言われ久しい、現在では3人に1人が65歳以上です、要するに高齢者問題が騒ぎになると33%の人間が困る、いや問題を知られたくない訳です。しかし現実的には経済に大きなダメージを与えています。要するに政府は大きな声では言えないが、生産性の無い高齢者に莫大な税金を使ってまで生きていて欲しくない訳です。経済的にプラスになるからと高齢者減少を口には出す事は、政治家にはタブーです。しかし災厄によって高齢者が減少する事は、手を汚さずにプラスになると喜ぶ政治家もいるかも知れない、、、という事です。」。佑月は急にテンションが下がり少し目が泳いでいた、「それって、あくまで想像ですよね?。」と佑月が聞く、「そうであれば良いんですが、私と咲真が非公式でしか研究出来なかったのには、それなりに理由があり、それは想像を裏付ける根拠にもなっています。」小説のような話に佑月は言葉が無い。「ま、学者の研究が政治や軍事に利用されたり、潰されたりする話はよくある事です。本当は政治に関わらない、近づかないが賢いでしょうけど、研究には金が掛かる、背に腹は変えられない。しかし、アイツは真っすぐ過ぎですね、子供みたいだった。」と言う糸井は佑月が見たことない顔をしていた。佑月は医師としての自分とそうでない自分、2人の自分に気持ちが揺れた。そして糸井と視線を合わせると「でも、佐久間さんを被験者にする事は、私は許容出来ません。」と強い言葉を糸井に向けた。しばし佑月を見つめる糸井、「うん、、、。」と息とも声とも取れない音を出すと背を向け、「噂と真実を見極められない君は、医者を辞めた方がいい。」と落ち着いた声で言うと、静かに部屋を出ていった。
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