26:望と鈴蘭

3月3日 昼

コミュニティー

入り口に立つ佐久間、伴田が近付き「お久しぶりですね。お変わりありませんか?。」と佐久間を気遣う。「すみません、急に連絡してしまって、あの、雑談というか話しをしたくて。」と佐久間が申し訳なさそうに言う、佐久間の手にある李白の本を見つけ伴田は静かに言う「よろこんで。」伴田の少し後ろを歩く佐久間、伴田の歩調は少しゆっくりしているが、このテンポが佐久間には心地よかった。佐久間は少しテンションが上がっていた、心の中ではしゃいでいる自分に気づき、ちょっと我に帰りながら、伴田との会話を楽しんだ。大人同士の会話というより、教えを乞う生徒と教師のように、佐久間は李白や詩について自分の考えを述べる、伴田はそれに頷く、佐久間が質問する、伴田がそれに静かに答える、、、そんなやり取りが沢山紡がれた。「学生時代に戻ったようで、すごく楽しいです。」と言いながら窓の外の校庭だった庭を懐かしむように見る佐久間。伴田もその視線に合わせる。庭のどこからか子供の楽し気な声が聞こえる。庭の隅に遊具があり、少女がぬいぐるみを女性に見せながら、幸せそうに笑っている。(こんな幸せそうな笑い声、随分聞いてなかった、、、。)と佐久間も幸せな気分になる。「母子もいらっしゃるんですね。」佐久間は穏やかに母子を見つめている。「はい、実の母子ではないんですが。」という伴田の答えに少し驚く佐久間、「でも、仲良くて本当の母子のようですね。」と佐久間が言う、「女性は鈴蘭、小さい子は望と言います。」「どうして、2人は母子のように?。」と佐久間が聞く、伴田は少し目を伏せ思い出しながら語りだした、「4年程前だったと聞いていますが、鈴蘭が此処に来ました。しばらくは話す事も出来ず、誰にも心を開かずにいたんです。皆が心配して見守っていましてね。ある時、彼女が庭にある鈴蘭の花をジッと見つめている事に此処の人達が気づいたんです、気のせいか彼女が幸せそうに見えたらしく、それから皆が鈴蘭と呼ぶようになりました。鈴蘭が少しづつ此処の作業等も手伝い始めた頃に自分の過去を話してくれて、やっと心を開き始めました。その年の寒くなる前かな、門に行き倒れの母子が見つかりまして。残念ながら母親は亡くなっていました、亡くなった母親の横でぬいぐるみを抱いたあの子が鈴蘭を見ると手を伸ばして笑うんですよ。それから、気が付くと鈴蘭があやし面倒を見るようになりました。母親の遺品にあった母子手帳に望という名前とレビスに感染していた事が書かれていました。望は母親のお腹の中で感染したのかもしれません、望という名前も希望を託したのかも知れないですね。レビスによって母を無くしたのに、レビスによって鈴蘭という母に出会った。不思議なものですね。」伴田はいつもの静けさに少し暖かさがある口調で話した。「そうなんですね、、、2人を見ていると病気の事や世の中の嫌な事も忘れそうです。」と穏やか言う佐久間、その目からは涙が溢れていた。「そうですね、ここの皆も、そんな風に2人を見ていると思います。救われています。」伴田は佐久間を労わるように笑った、2人を眺める2人。しばらくすると佐久間は指先が温かくなるのを感じた。伴田に会え鈴蘭と望に出会ったからか、昨日までの不安感が浄化されたような気になった。「今日はありがとうごさいました。」笑顔で佐久間が言う、「もういいんですか?。」と伴田は穏やかな目元で応える。「はい、なんだかお腹一杯です。」佐久間が笑顔で出を差し出すが伴田がゆっくり手を左右に遮り「接触して感染したんでしょ?。」と少し寂しさが混じった声で言う。「すみません、、、あ、明日も来ていいですか?。」と申し訳なさそうな佐久間。少し口ごもるように伴田は言う「もし、良かったら何か、、、。」と言い出すと「あ、何がいいですか?。」と佐久間が少し明るく言う。伴田は少し微笑んで「米か小麦粉があると助かります。」と応えた、「わかりました。」普通に考えると些細な事だが、人に頼られる事が久しく、感染してからの不快な毎日に疲弊していた佐久間は、自分に価値があることや生きていても良いんだと喜んだ。

ネットでPCを注文し、久しぶりに佐久間は薬を飲まずに眠る事が出来た。


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