19:佑月の妹

2月23日 昼

介護施設

「佐恵ちゃん、冷蔵庫にプリンあるから、一緒に食べる?。」「うん、食べようか。」「じゃ、ママ手離せないから、出してきて。」「分かった、ちょっと待っててね。」と言うとドアを開け部屋の外へ、廊下の先から歩いてくる女性に気が付くと「おー、佐恵姉ぇ~!。」と嬉しそうに手を振り駆け寄る、「真美、久しぶり。」とハイタッチをする佑月。「お母さんどう?。」「今日は私を5歳の佐恵姉ぇと思ってるみたいだから、会っても『どちらの方?』ってなるよ、ふふ!。」と母のマネを交えて楽し気に真美は言った。佑月は少し寂しげな顔を見せると真美が施設内のカフェに誘った。

「これ、お母さんと食べて。」と佑月が紙袋を渡す、「お、見ていい?。」とテーブルのコーヒーカップをずらし、そこに紙袋の中の箱を取り出し置くと、嬉しそうに蓋を少しだけ開けて中を覗き込む真美、「佐恵姉ぇ凄い!さっきお母さんプリンって言ってたんだよ~。」とキャッキャはしゃぎながら丁寧に紙袋に仕舞う。「お母さん、プリンしか言わないじゃん。」と佑月も笑っている。「佐恵姉ぇ、今日どうしたの?。いつも大体月初めじゃん来るの。」「この間さ、真美がくれたテーブルランプ褒められてさ、急に真美に会いたくなって、ついでにお母さんもって感じで。」「そっか、あのランプまだ使ってるんだ、うれしいな~、あれ探すの大変だったんだよー、絶対絶対さぁ1900年代初期のビンテージが欲しくって、すっごく探したの!。見つけたーって、よく見たらさぁ、エメラルドのシェードが、ちょっと欠けてたりとかぁ、ほんと何個も見たよ、一個だって見つけんの大変なのに、何個もだよ~、それでさぁ、」「分かった分かった、落ち着け。」と佑月が笑いながら宥める。「おーすまんのぉー。」とケラケラ笑う真美。真美の笑顔を幸せそうに見ながら佑月はふと昔を思い出していた。真美は双極性障害だった。

真美は母の再婚相手の連れ子で、佑月が10歳、真美が6歳の時に出会った。義理の父は佑月と真美を分け隔てなく可愛がってくれたが、母は真美をどうしても可愛く思えなかった、それを察し母に愛されたいと思った真美は、母の手伝いを小さな手で一生懸命に行った。しかし、それは母の目には責められていると映り、手伝う真美を無視するようになっていった。ある日、母が真美に留守番をさせ佑月をスーパーに誘った。真美を1人で留守番させるのは不安と佑月が言うと、母は短い時間だから大丈夫と佑月を説得した、しかし実際には真美とは行きたく無かったのだ。真美は母の真意に気づき、母が帰って来た時に飲ませたいとココアを作ろうと考えた。真美の目線でギリギリ見えるコンロにミルクを入れた小さな鍋を慎重に置き温める、調理台の後ろにある棚にココアパウダーがあり、それを取ろうと背伸びをし手を伸ばすが届かない、ぴょんぴょんとジャンプし、もう少しという時に真美は転倒した。その際に真美の手が鍋に当たり、沸騰したミルクが入った鍋が倒れた真美の腰に落ちた。転倒の怖さと腰から足に及ぶ激痛にギャー!と悲鳴を上げ大粒の涙と嗚咽が響いた。2人が買い物から帰ると、玄関に響く真美の声に驚き、キッチンでただただ泣き続ける真美を見つけ、状況を察した佑月は救急車を呼んだ。しかし、母はその横でぼんやり真美を見ているだけだった。佑月もまだ幼かったので、応急手当が出来る筈もなく、救急車が来るまで真美を抱き泣くしか出来なかった。病院で出来る限りの治療は受けたが、腰から右足の膝あたりまでケロイド状の痕は一生消えないと医師から告げられた。

足に残る大きな火傷の痕で、学校では冷たいイジメを受け、真美は引き籠るようになった。母は自分は悪くないと自分に言い聞かせ続け、やがて真美が悪く私は被害者だと事実を歪める事で精神のバランスを取り始めた。母と真美との距離はますます遠くなった。義父はそんな家庭が嫌になり、帰りたくないのか帰宅はいつも遅かった。ある日、深夜に帰宅した義父と母が義父の浮気をしていると詰る声に、佑月は耳をふさぎ寝きながら朝を迎えた。義父は少し人が変わったようになり、佑月を性的な目で見るようになった。それに気づいた母は、義父を責めるのではなく、愛する男を奪う憎い女と佑月を敵視し始めた。そして母は佑月に向けていた愛情の行き場を真美に求めるようになった。そして、家族は静かに崩壊した。

佑月は真美が唯一の家族となり、母と義父には『はい』か『いいえ』しか言わなくなった。真美も佑月だけに心を開いており2人の信頼は強くなった、それが良い影響となり真美は転校し学校にも行くようになった。真美が学校に行くようになり、日中独りになった母は不安からか真美に向ける愛情は過剰になり、次第に可愛がっていた頃の佑月を真美に重ね、真美を佑月の名前である佐恵子と呼ぶ事が起こり始めた。そんなある日、真美が突然気力を無くし双極性障害と診断を受け、母も鬱病のような状態になった。奇しくもこの過去が佑月が精神科医を目指すきっかけになった。佑月は親戚に相談し援助を受け、大学入学と同時に真美を引き取るように家を出た。

「佐恵姉ぇ、佐恵姉ぇ、魂抜けてるよぉ。」っと真美が笑っている。「ごめんごめん。ちょっと考え事、ごめんね。」と真美に笑顔を返す。「旦那と仲良くやってる?。」「うん、さいこー!。」「そっか、いいね。」「佐恵姉ぇ、早く結婚しな、いいもんだぜ家庭はよぉ、ふふふ~。」「わかりましたよー。ふふ、、、じゃ、そろそろ行くね。」駅までのバスの中、佑月のスマホにメッセージが届いた、『真美から連絡きました、ありがとうございました。いま軽めの躁状態なのでテンション高くって大変じゃなかったですか?』と笑顔のスタンプ付きだった。

「いい旦那じゃん、、、。」と微笑みながら呟く佑月、真美は幸せになって欲しい、そう思っていると、真美の火傷の痕に佐久間の背中の傷痕を重ねている自分に気づいた。


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