17:糸井教授

2月20日 夜

佑月の診察室

アンティークなランプが灯る部屋、デスクで手にした書類とメガネのレンズにエメラルドのランプの光が反射している。‘’新型レビスによる精神疾患‘’というタイトルの論文を時折ノートにメモを取りながら精読する佑月。疲れたのかメガネを外すと強く目を閉じ論文をデスクにパサッと落とす。いくつもの論文や資料、児童虐待に関するレポートがデスクに乱雑に並ぶ。

ッチ、コッ、ッチ、コッと静かな廊下に響く他の人なら聞き逃しそうな音に気づくと「チッ。」佑月が小さく舌打ちをする。ドアをノックする音に佑月は「どうぞ。」と無感情に答える。ドアが開き入って来た人物に目をやりながらスッと立ち上がると「糸井教授、お疲れ様です。」先程とは打って変わり愛想良く佑月は言った。「もう遅いよ、帰らないの?。」と糸井は目を細目ながら室内をゆっくり見渡す。「いつもだけど、薄暗いね、目、悪くするよ。」と言いながら佑月のデスク前まで来ると、患者用の椅子にドサっと座り、少々威圧的に脚を組む。「いい趣味だね、アンティークのバンカーズランプ、、、私も好きだ。」「ありがとうございます、医師免取った時にお祝いで貰ったものです。」「彼から?。」「いえ、妹です。」じっとりとした目で佑月を見る糸井、逃れるようにデスクの資料を見る佑月。「ふーん、、、掛ければ?、何、調べもの?。」とデスクの資料を横目に糸井が言う。「あ、いえ、最近レビス患者への暴行とか多いなって、、、ニュース見てました、、、。」と誤魔化そうとする佑月、「PC、点いてないんじゃないの?あ、スマホだね。ニュースか、まぁ暴行とか、今に始まった訳じゃないですけどね、、、。」見透かし舐めるように佑月の顔を見る糸井、「、、、実は、ちょっと気になる患者さんが居て。」悪い事をしている訳では無いが、糸井に邪推されたくないと平静を装いながら佑月は椅子に浅く腰をかける。「気になる?、レビスの?。」「そうです。」「そうですか、レビスの患者に特化してるとは言え、深入りしないようにね。深入りは禁物だ事故があっては洒落にならない。それに、君はいつも定時帰宅の模範的な先生なんですから。」と言う糸井の視線は、指で眼球を触られるような不快さがあった。「大丈夫です、、、同期にはベルトコンベアとか呼ばれてますから。」佑月は表面だけの笑顔で言う。「ベルトコンベアねぇ、、、。」と意味ありげに言う糸井。気不味い空気と糸井とのやりとりが佑月は不快で仕方がない、(はやく帰って、、、。)と思った瞬間、糸井は表情を少し緩め言う「ところで、ずっと気になっていたんですが、ベルトコンベアみたいな診察するようになったのって、咲真教授の件かな?。なら、もう随分経つんだから、そろそろ忘れたらどうですか?。」「いえ、、、違います。」佑月は普段通り答えるが、内心不快で堪らなかった。「あれは、君には何の責任も無いんですよ。」佑月を見透かすように、手をデスクに伸ばしカルテを取る糸井、「、、、佐久間さん、字は違うけど同じ名前ですね。」糸井はカルテと佑月の顔をゆっくり交互に見ながら無表情に言った。そして佑月を獲物を前にした爬虫類のように見つめる、佑月の顔が一瞬こわばると‘’フッ‘’と鼻から息を吐き「何時かな?。」と時間を尋ねた、「あ、9時50分です。」糸井の視線から逃れスマートウォッチの見て答える佑月、佑月の唇の動きに視線を向けながら「なるべく早く帰ってね。あ、座ったままで、、、またね、お疲れ様。」と糸井は立ち上がりカルテをデスクにゆっくりと戻し、湿った空気のような余韻を残して部屋で出て行った。ッチ、コッ、ッチ、コッ、、、糸井のトゥスチールのついたレザーソールの靴音が聞こえなくなると佑月は仰反るように背もたれに体を預ける、そして天井に深い溜息を吐く。目を閉じその体勢のまま、無造作に右手でデスクの引き出しを開け手探りで手帳を取り出した。姿勢を戻しパラパラと手帳を開くと3人の人物が写る写真が出てきた。ボールペンを手にすると無表情で写真に突き立てる、写真の佑月自身の顔には無数の傷跡が、そして横に写る糸井教授の顔にもいくつもの傷があった。

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