10:感染者、伴田

2月11日 朝

佐久間の部屋

カーテンの隙間からの日差しで目覚めるが、ベッドから出られない。呼吸が物凄く浅く、手に血が巡っていない感じがする、両手を合わせ握ると指先がヒンヤリしている。喉が詰まる、どんどん呼吸が浅くなる、(やばい、鬱病に落ちそうだ、、、。)。鬱病に悩まされた昔を思い出し、鬱に落ちる前になんとかしようと考える、(仕事しよう、、、。)と思いつき、手をつけて居なかった伴田を取材したメモと録音データのチェックする事にした。無理やりベッドから抜け出ると、毛布を掴み羽織るように体に纏う、デスクに行きメモを取り、ベッドに腰を落とした。メモの日付を見ると三週間も経たないのに、何故か懐かしい。録音データから伴田の言葉が聞こえる。話された内容より、伴田の声が気になる、さらに会話の内容より会った時に感じた伴田の佇まいを思い出し、伴田自身に興味が沸く。そして、伴田との会話を聞きながらメモを見返している内に、不思議と気持ちが落ち着き、そのまま寝落ちしてしまった。

ぜーぜーぜーぜーぜーぜーという自分の喉で鳴る音で目覚める、喉がカサカサになっている、(過呼吸か、、、落ち着け、大丈夫大丈夫大丈夫、、、)寝落ち?意識を失った?過呼吸は夢か?時間とか曜日とか天気とか暑さや寒さとか、色々感覚が麻痺してる。(これは病気のせいか?いや違うだろ狂って来てるんじゃないか?まずいまずいまずいまずい、、、。)脳裏に伴田が浮かぶ、(あっ、そうだ。)隣りの部屋のデスクを探す。伴田がくれた李白の本を見つけ、藁にすがるように右手を伸ばし本を掴む。そして胸元に引き寄せ、両手で抱きしめるように抱え背中を丸め目を閉じる、呼吸が楽になって来た。時間にすれば1〜2分だろうが何時間にも感じた。呼吸も緩やかになり、胸元の本を傾け丁寧にパラ、、、パラ、、、とページを捲る。読めても意味が分からない整然を並ぶ漢字を見ているうちに、なんだか楽しくなって来た、中学に入学した時に新しい教科書にワクワクした時を思い出した。「伴田さん、これ読めないよ、ははは。」結構大きな声が出て、自分で驚いた。



2月12日 夜

佐久間の部屋

(わかった、、、解った、もう、いい、、、わかれ、別れ、よう。いままで、ありがとう。)と少し意識がぼんやりし変換に戸惑いながら打ったが送信エラーになる、ブロックされていた。そもそも、成り行きで始まったのだ。ずっと忘れられない人が居た、絶対に無理な人だった。だから、忘れようとした代用品だった。何かをする気力は無くても腹は減る、冷蔵庫の中を見るのも面倒で、ソファに横たわったままスマホでピザを頼んだ。昨日整理を始めた取材メモを読み返す。(何を書きたかったんだろう、、、。)と伴田に会った後に自分の考え方が変わった事を感じた。ピンポーンとチャイムが鳴る、(早いな、、、。)とインターホンにあるディプレイに映る見慣れたキャップ、「ドア前に置き配で。」と言い“解錠”ボタンを押す。少しするとドアのチャイムと同時に「置きまーす、ありがとうございました。」とドアの向こうから聞こえた。隣りのババアが気になりながらもドアを開け、居ない事に安堵しピザを取る。ピザの箱にマーカーでThank You‼と書かれているが、今の精神状態には、流れ作業で心もなく書かれた記号にしか見えず(偽善的かつ自己満足オナニー、時間の無駄。)と箱の背景に感じるピザ店のスタッフを罵倒している。(やべ、攻撃性ってやつか?本当に治ってるんだろうか?)と自分を客観的に見ていた。冷蔵庫からビールを取りソファへ。「いつ見ても、商品画像との差は詐欺だな。」と呟き食べる、結局3ピース食べ蓋をした。ビールを飲みながら、またメモを手に取り読み返す。(最初は、レビスに関する本が沢山出てるが、取材物に関してはどれもこれも同じような内容で、ひょっとしたら検閲されてるんじゃないか?って思って、真実は違うんじゃないか?真実が知りたいって事だった、、、。)(でも、伴田さんに会って、感染者とコミュニティーって映画のゾンビみたいな生ける屍でも悲惨なゾンビの巣窟でも無い、静寂とかある種の穏やかさ、、、って思って、話す内に伴田さんがお寺の坊さんとか、哲学とか学者みたいに見えたんだよな、、、。)(なんか取材ってより、有難い話聞いてお茶をいただく感じだった、、、。)と考えている内にピザの箱に悪態を吐く自分が居なくなった。ベッドの脇にあるサイドテーブル上の李白の本を眺める。(伴田さんは、何でこの本をくれたんだろ。)



2月13日 朝

佐久間の部屋

昨夜は穏やかに眠れたようで、目覚めがスッキリしていた。ネットで意味を調べたりしながら李白を読むが、読むというレベルまではまだ行かず、見る程度。しかし、分からない事は集中ができ不安定な気分にバランスをくれる、外に漂っている差別やそこら中に感じる鬱の種から逃れる手段に良い。李白に集中したせいか、久々に脳がフル回転した気になる、(脳を働かせるとカロリー消費がスゴいって聞いた事あるな。脳使ったから、バランス取るのに運動するか、、、。)とソファ前のテーブルを壁に立てかけ、出来たスペースで腕立て伏せや体幹トレーニングをやってみる。昔男らしくなりたいと家でコッソリやっていた事を思い出し、苦笑いをした。汗が床にヒタヒタと落ちるくらいになり、息も上がって来た。床に手と膝を着きはぁーはぁーと深呼吸しながら汗の滲むTシャツを見て頑張った気になる。「洗濯しながら、シャワーするか。」と自分を褒めるような明るめの声が出た。鼻歌を漏らしながら脱ぎ、洗濯機にTシャツとスウェットを入れスタートを押し、全裸でバスルームに行く。いつもは目線が上がらないのだが、久しぶりにバスルームの天井を見た。この部屋に住んでから映る自分を見ないようにしているバスルームの鏡、今日は自分に向き合おうと背にしていた鏡に振り返る。シャワーから降る湯と湯気が薄いカーテンのように、体と鏡の間に揺れている。不鮮明だが両肩甲骨から腰にかけて、肩から手首あたりに火傷のような斑目の古い炎症が見える。眺める内に記憶と共に痛みが蘇り、振り返るのを止め首は項垂れ、両手で自分を抱きしめた。シャワーに隠れているが涙が垂れている感覚があった。


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