8:嫌悪感

2月9日 昼過ぎ

佐久間の部屋

未読

諦めた方がいいのだろうと自分にアドバイスする。来客どころか、誰からも連絡が無い、声の出し方も忘れそうだ。昨夜の夜歩きが楽しかった事を思い出し、気分を変え散歩でもと身支度し玄関を出た。エレベーターで一階に降りると、死角になっている集合ポストから声が聞こえる。(おれのことか?)と猜疑心が沸くが考えすぎだろうと一歩進む、「ゾンビよゾンビ!。あの病気の患者が居るのよ!。」という声に反射的に身がすくむ、壁に背中を預け、(落ち着け、落ち着け。)と言い聞かせる。「あれ?救急車騒ぎの方でしょ?。」「そうよ、もうさ、オートロックのこのボタンとか、菌が付いてるじゃないかってさー。」「あー。エレベーターのボタンもさぁ、、、。」その会話に耐えきれなくなりエレベーターに後ずさる。(見つかりませんように、、、。)心でつぶやきながらエレベーターのボタンを静かに押す。エレベーターはまだこの階にあったので、直ぐに扉で開いた。集合ポストから目が離せずに乗り込むと5階のボタンを押す、発作的に‘’5‘’と‘’閉‘’を交互に連打していた。グーンという音と共に左右から閉じる視界を心無く眺める、気がつくと服の袖で‘’5‘’と‘’閉‘’のボタンを擦っていた。5階に着くまでの各フロアの様子が扉にあるガラスから見える、その都度、誰もいませんように、誰もいなかったと一喜一憂する。(何も悪い事してないのに、なんでこんな思いをしないといけないんだ!、、、。)なんだか泣けてくる。そして5階に着き扉が開いた、箱から出て部屋に向かう、少し歩幅が狭い、さっき話ていた隣の女性のドアの前に立つと「ぺっ。」と自分の手に唾を吐き、その手でドアノブを握った。そしてドアに手を押し付け残った唾液を擦り付けた。部屋に戻り手を洗う、蛇口からザーっと無数の細い糸のように垂れる水をぼんやり眺めながら、「やっぱり、病んでるなオレは、、、もう、しんどいよ、、、。」と自分に失笑しながら呟く、目の焦点は曖昧だった。



2月10日 夕方

佐久間の部屋

昼前には起きた筈なのに、気がつくと窓から見える雲はオレンジ色を反射していた。(もう、夕方か、、、今日、何曜日だっけ?、、、。)スマホで日付を見ようとするが、メッセージが気になる。(どうせ未読だ、メッセージもあるはず無い。)と思いながらもメッセージが気になって仕方ない自分がいる。不安、不信、猜疑心、自己嫌悪、ネガティブな単語をわざわざ並べてはループさせ、ブツブツと自分に語りかける。起きているのが辛くなり、薬に頼ろうと睡眠導入剤を多目に手に出し口に投げ込むと、キッチン横のパントリーに薬を含んだまま行き、酒の棚から黒いラベルのアイリッシュウイスキーを取り、キッチンの水切りカゴのコーヒーカップに注ぐと薬を流し込んだ。久しぶりに鼻に抜けるシェリー樽の香りに、心地良いため息を漏らした。


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