7:黒い羽根の夢

2月7日 昼過ぎ

佐久間の部屋

今日も未読

洗濯機を回す、昨日干し忘れた物を洗いなおす。ガラガラ動く洗濯機を座り込んで眺めていた。洗濯機がピーピーと鳴る、立ち上がろうとしたが足が痺れている、不格好に立ち上がると洗濯機から取り出し干した。一仕事した気分になった。そろそろ仕事をしようとPCに向かうが、自分の病気についてネットで調べてしまう。‘’検査結果は虚偽がある‘’、‘’採血と称してヤバい薬を打たれる‘’、‘’陰性でも28週後にいきなり陽性になり人を襲う‘’、‘’感染した直後に脳がやられ全て幻覚‘’、‘’完治は嘘、政府の罠‘’と相変わらずネットは嘘くさい、しかし検索せずにいられない。(脳がやられて幻覚を見るとかは本当かもな。。。)と昨日の事を病気のせいにする為でもあるが、自分が変になってる気がする不安が止められない。(冷静になろう、、、)と自分を宥めようとするが不安に勝てない。ネットを見ずにいられず、さらに検索すると‘’レビス患者を狩る秘密結社がある‘’などと想像力豊かなネタもある。挙句‘’神の復活の儀式でレビス感染者を生贄にしている‘’とドラマの脚本か?というレベルのストーリーを見つけ、暇な人間も居るもんだと呆れつつも、この病気の影響力を感じ少し怖くなる。深い溜息を吐くと「やっぱり止めよう!。」と自分に命令するように声に出してPCを閉じる。気になっている繰り返す夢の意味が分かれば不安が一つ消えるかもと思い記憶を漁る。(殴れられているのは自分?自分が誰かを殴ってる?、空を飛ぶ、、、)(まずは箇条書きだな、、、メモっと、、、。)と自分に発破をかけ、なんとか不安から逃れようとしていた。(病気よりも、不安の方が怖いな、、、。キルケゴールだっけ?死に至る病は孤独だったかな?、あれ本当かもな、、、。)



2月8日 朝

佐久間の部屋

今日も未読

昨夜は夢を見なかった。そう言えばあの夢以外は見ていないか覚えていない。そんな事を考えながら、ベッドから降り朝食の支度をしようと冷蔵庫を開ける。表面に皺があるトマトとナス、豚バラ、あとは炭酸水とビールがあり、買い出しに行かなきゃと思う。乾燥した鼻腔と口が気持ち悪くなり、洗面台に力無く向かうと顔を洗い歯を磨いた。ペッと吐いた唾液が混じった歯磨きの白い泡がほんのりとピンクに染まっている、「血かよ、、、。」出血は量に関係なく気が重くなる。口の中が生臭い気がして何度も口を濯ぐ。何度も何度も水を含み吐き出しているうちに何故か強烈に悲しくなり嗚咽した。「なんで、何が悲しいんだ、おれは、、、。」病気への不安、不快な隣人、根拠ないが感じる差別、読まれないメッセージ、、、些細な不安が風船のように膨れ上がり、その風船の亀裂から僅かな出血と一緒にいろんな物が溢れようだった。

(冷静に、冷静に、大丈夫、大丈夫だ、、、。)自分に言い聞かせる、大丈夫と背中をさすってくれた手が急に頭に浮かぶ、(なんだろ良く思い出せないけど、、、。)過去の記憶か?呼び起された手にすがると気持ちが落ち着いた。リビングに戻り、ソファに深く腰をドサっと落とす。(あの手、誰の手だろう?。母親?、いや違うな、、、。)(そうだ、夢で俺の体を包み込む手だ、、、。)と夢の自己分析を続ける事にする。少し書いた箇条書きのメモに追加したり消したり、メモに向き合うが、どうもイライラする。(なんか集中力、落ちてるな、歳のせいか?病気のせいか?。)(また、逸れた、、、メモに集中しよ、、、。)とメモを見る、グルグルと腹の中の振動で空腹に気づき、キッチンに行き耳が少し乾燥した角食を見つけ、冷蔵庫から冷えた炭酸水を出しソファに戻る。白い部分はまだ柔らかい角食を頬張ると生臭い血の匂いが蘇る、白いパンがどす黒い粘り気ある血でぐちょぐちょになった映像が頭に浮かび「不味、、、。」と慌てて炭酸水で飲み込むが、炭酸の刺激で喉がきゅっとなる。(血で不味いわ、炭酸で痛いわ、なんやねん!。)と好きな芸人のイメージで自分に突っ込みを入れる、ちょっとだけ可笑しくなり笑い声が漏れ、(あっ!)と目が見開く、脳裏に映像が閃く、それは中学の頃の記憶でズン!っと首の後ろが重くなり気分が悪くなる。嫌な思い出が蘇った。夜になった。食べ物を買い出しに行く必要もあるし、退院してから外出していない、気分転換で外出するかと思うが、部屋の外には差別がある。そう言えば人と会話をしたのは、帰って来た日に隣人の嫌味に付き合った会話だけだ、それが人生最後の会話なら嫌だなと思うと同時にそんな事考えている自分に苛立つ。

深夜、意を決して買い出しに行こうとググる、一駅くらい離れた24時間営業のスーパーを見つけた。(ここなら知った顔は居ないだろう、、、。)と少し気分が落ち着く。履きすぎて型崩れしたスニーカーに足入れしドアを静かに開ける。隣人に気付かれないように静かに廊下を進みエレベーターのボタンを押す、10階に止まっていたエレベーターがここに来るまでの間も背中に隣人の扉を感じる、(早く来いよ。)と右足のつま先が小さくタタタタタタと音を出す。エレベーターが到着した、さっと乗り込み1階と閉のボタンを小刻みに連打する、扉が閉まるとセーフティゾーンに居る気分になりホッとする。1階に着き扉を背にした時、少し解放感を感じる、気のせいか呼吸が深くなった、スマホのマップを確認しスーパーに向かう。久しぶりに長く歩く、途中から少し楽しくなってくる、レビス患者が夜行性って噂が出てから、この時間は出ている人も少ない。マスクで口元が見えないのを良い事に、少し大きめの鼻歌を歌いながら、だんだんと早足になる。こんな事が楽しいのは健康な証拠とか思いながら歩く、スーパーも人が少なく、居る客も他人に自分の買い物カゴがぶつかっても気にしない、ぶつかられた方も目を合わせないように舌打ちするような、他人に無関心で普段の佐久間なら不快な人達だけだが、今はありがたい存在だった。買い物を済ませ店を出た、両手の荷物は重かったが、それすら心地良く夜歩きが楽しかった。


※夢を見た※

背中に手が周り体が浮く

体がフワっとして、視界が青くなる

(飛んでる?)

鳥か?いや、黒い羽根を生やした人?

その人の手が私の手を掴んでいる

飛んでいる

町が見える、通りを行く

(この間見つけた本買っとくか?、あ、でも急がないと)

(あ、新しいマンション出来たのか?前なんだっけ)

意識がフワっとなった

※※※

全身にドンという衝撃に驚き目が覚めた。「はぁーはぁーはぁーはぁー、、、。」汗びっしょりで気持ち悪くなり、洗面所に行きTシャツを着替えた。シャツを着替える時、(あれ?これって、、、)デジャヴューのような感覚に陥る。(デジャビューか、、、ってか、この夢、前の続きか?)ちょっと気味が悪くなり、まだ落ち着かない呼吸でキッチンに行き、冷蔵庫の炭酸水を飲んだ。「はぁー、はぁー。ゲプ。」と呼吸にゲップが混じる。一息ついて、落ち着いて夢を思い出す、(なんか、新しい物とか出てきたな、、、。人だったな、、、男か?いや、、、。)忘れないようにとサイドテーブルにある乱雑に置かれた書類を適当に摘むと裏にメモをする‘’翼の生えた人‘’‘’マンション‘’‘’羽根‘’、、、。その殴り書きの文字をしばらく眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る