5:退院、世界が変わった

2月4日

退院

(退院か、、、)目を覚まして、シャワーブースにある小さな洗面台で歯を磨いていた。コンコン「開けますよー。」と言い終わる前にドアが開き看護師が入って来た。「おはようございます。退院ですね。これ佐久間さんのお洋服です。、、、ベッドに置きますね。」看護師はビニール袋に入った服を置く。「お洋服とか私物はこちらで消毒処置してあります。退院手続きは特にないので、受付で会計を済ませていただくだけです。」佐久間は口を濯ぎ「お世話になりました。」と言った。看護師は少し真面目な顔で「この病気、いろいろ大変ですけど、お大事にされてください。」と言うと、切り替わり明るい表情で「今、着てらっしゃるのは、外のランドリーバックに入れてください。では。」と言い病室から出て行った。

佐久間は顔を水で洗うと、ベッドに置かれた袋から洋服を取り出し、患者衣から着替える。身に着ける物に神経質な佐久間は、消毒され綺麗にアイロンが掛かったシャツは気分が良かった。患者衣をササっと畳み鍵とスマホをズボンのポケットに入れ部屋を出た、ランドリーバッグに患者衣を入れると薬などのケースを忘れた事に気づき病室に戻る、いつもはドアからの病室の景色を少し新鮮に見ると開放感を感じた。(釈放って表現もあながち間違いじゃないかもな、、、。)と村上に少し共感する、そしてケースを一緒に渡された不透明なビニールバッグに入れると、自宅を思い出しながら病室を出た。エレベーターの前にナースセンターがあり、村上先生に挨拶をと聞くが、残念ながら急患でと謝られた。顔を見知った看護師に挨拶をし、会計を済ませ病院を出た。


退院とは言え経過観察中なので人混みは避けようと、病院玄関で待機しているタクシーに乗った。「ご乗車ありがとうございます、どちらまでですか?。」と女性ドライバーの声、(差別じゃないけど女性ドライバーの方が運転が丁寧だから良かった。)と思いつつシートに腰を沈める、この病気になるまで意識していなかったが、ここ数年でタクシーは運転席と後の席がアクリルシールドが強化されている事を感じた、(レビスのせいだな。)と自分の病気をリアルに感じながら行き先を告げる。病院から自宅のマンションまでは15分程度だか、入院疲れか行き先を告げて直ぐ寝てしまったようで、「着きましたよ。」とアクリルシールドのスピーカーの声で目が覚めた。使い慣れたスマホの非接触での支払いの良さを今更ながらに感じ、物の見方の変化が面白がっていた。

佐久間のマンションは古い暗証番号タイプのオートロックでボタンを押す瞬間に、(指にウィルスが無いよな?。いやボタンについてないか?)と気になり、ポケットの鍵を取り出し鍵の先端でカチカチとボタンを押した。(ちょっと面倒だな、、、。)エレベーターのボタンも気になる、「はぁ、、、。」と鍵をまた出して‘’5‘’を押す。佐久間の住む5階には6部屋ある、隣に住んでいる中年の女性以外に会った事が無いが、人の好き嫌いがハッキリしている佐久間にはご近所付き合いは煩わしいだけなので、気が楽だったりする。ドアを開けると静かな部屋、雑然としているが不潔にはしていない。「ただいま。」呟くように言った、数日間部屋を空けるのは仕事柄良くあるが、今日はなぜが部屋が新鮮に思えた。踵に踏み潰した跡があるローファーを履き捨て、部屋に上がるとそのままソファに倒れ込んだ。「あー、疲れたぁ〜、、、。」語尾が欠伸になった。帰って来たもののまだ1ヵ月は自粛しないといけない。貰った体温計やら薬を整理してると空腹に気づく、リビングの入り口近くにあるキッチンに冷蔵庫や小さなパントリーがある、怠そうに立ち上がりキッチンをガサガサと探す。水やビール、少しの野菜があるが、料理するのも面倒臭いのでコンビニで済まそうと玄関に行き、脱ぎ捨てたローファーを足でたぐり寄せ中途半端に足を入れながら玄関を開けた。

「あ、、、。」と小さな声が聞こえた、隣の中年女性だ。(面倒くせー。)と思いながら会釈と愛想笑いをする。「こんにちは!具合悪かったの?ほら救急車、びっくりしてさぁ、大丈夫なの?。」と甲高い声で隣人が言う、隣人の目は少し泳いでいる、仕事柄人の観察力は優れていると自負があるが、そんな観察力が無くても動揺しているのが手に取るように分かる。「えぇ、急性の胃潰瘍みたいな奴で、緊急手術して、あー内視鏡だったんで、すぐ元気になりました。ご心配かけてごめんなさい。」(バレてないか?)と少し心配になりつつ嘘を並べた。「すごいねー内視鏡ってすぐ退院できるんですね、胃潰瘍ですか、、、でもなんか宇宙服みたいなの着た人が何人か来てたみたいよ、私留守にしてたけど、お友達がね言ってたんですよ、、、へぇ、あっ、大事にしてくださいね!それじゃ。」隣人が嫌な視線を向け言う、(あ、部屋のチェックか?!、バレてんじゃん、、、俺が帰ってくるの待ってたんじゃないか?嫌味言う為に、、、うざ!)と思いながら隣人を見送る。隣人が部屋に入ろうとドアノブに手を掛けた一瞬、嫌な目をしてこちらをチラっと見たのを佐久間は見逃さなかった。(やなババアだ、、、。)心の中で愚痴りながらコンビニに向かう。

会った事がある人、レジの店員、、、全ての目がいつもと違うように感じる。神経質になりすぎだろうと自分に言い聞かせるが、処方された中に安定剤と睡眠導入剤があった事を思い出す。こんな薬が出てる事から、気のせいでなく人の目が変わるのだと確信に変わった。コンビニにも居ずらい気分になり、弁当やパンやチョコレートなど目についた物をさっさとカゴに入れる。帰り道にレシートを見ると適当に買った割りには‘’1日の野菜が採れるヘルシー幕ノ内‘’という印字を見て、ちょっと笑った。

帰りは隣人に出会わず少しホッとする。部屋に入るとそのまま電子レンジで弁当を温め、待ってる間に冷蔵庫からビールをだし、部屋着のスウェットに着替える。温めた弁当とビール、一日二日ぶりだがビールが染みる。タブレットを立ち上げネット配信のお笑いを見る、好きなコンビの特番で久しぶりに腹を抱えて笑った。しかし、直ぐに現実に引き戻され、部屋の外側にあるジメジメとした差別を感じる。スマホにアプリをダウンロードし設定する事を思い出し、ケースの中から書類と体温計を出し、ダウンロードと設定を行う。ついでにメッセージをチェックするがメールもメッセージも0だった。新しい情報が無いスマホを眺めながら、ぼんやりしているが、フッと我に返ったような表情になり新規メッセージをタップすると(連絡できなくてごめん。この前の事で話しできないかな?。)とメッセージを打った。

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