1:緊急搬送

黒川記念病院救命スタッフルーム

「今日のレビスからのアールイー者数は東京で230人、全国で903人になりました。では、次は特集コーナーです、、、。」医局のテレビには新人らしい女性アナウンサーが笑顔で話している。救急コールの音が響く、紙コップ片手にダラダラ歩く医師が電話を取った。「はい、黒川記念病院救命。」ダラダラした様子とは真逆に大きく通る声で言う。医局のスタッフは資料やタブレットに向い仕事をしながらも耳だけは電話に集中している。「はい、32歳男性、はい、抗体陽性、体温39.3、意識レベル2、、、」情報を医局内に伝えるよう受け答えし、視線を医局内に向け「ベッドある?。」「はい、空きあります。」既にタブレットで確認していた看護師がテキパキと答える。他のスタッフは立ち上がり、電話の成り行きに備えている。「了解受け入れます。データお願いします。」電話を切りながら「患者来るよ!。」という声に被るように「さ、行くよ。」「処置室連絡してくださーい!。」「先生、データ来ました。」「今週、ちょっと多くない?。」「シールド取ってー。」様々な言葉が飛び交い、医師、看護師達が小走りに医局を出て行く。

救急車のサイレンが聞こえてくる。「来たよ。」っという声が合図のように、皆フェイスシールドや手袋の着け具合をチェックしている。救急車が止まり、駆け寄る救急隊員、後部のドアが開くと数名が駆け寄りストレッチャーを下す、救急隊員とやりとりする医師のフェイスシールドに赤いランプがパッパッパッと反射している、その脇をガラガラガラ、タッタッタタッツタッ、「佐久間さん、佐久間聡さん、聞こえますか?。」と様々な音や声、体に感じる振動がはっきりしない意識の中に流れ込む、「佐久間さん聞こえますか?。」マスクとフェイスシールドで表情が良くわからない女性の声、好きな声。「あ、、、はい」(病院に着いたのか)と安堵し小さく答える佐久間。「規則なので失礼しますね。」という声が聞こえると、ストレッチャーにベルトで身体を固定され顔に透明のカバーを被せられる。また少しぼんやりし始める、「息、辛くないですか?。」いくつかのフェイスシールドとマスクの頭が動いている。廊下を走るストレッチャーの音と背中の振動、熱と息で曇るカバーから規則的な模様が流れる天井が目に入る。ぼんやりしている為か痛みとかはあまり感じない、目と耳に入る音と景色がなんだかジェットコースターのようで、口元は薄ら笑いでへらへらしていた。突然目が眩みそうな光で瞼は反射的に強く閉じられた。「はい、移すよ。1、2、3。」ドサッ!「田崎、硬直診て。佐久間さん目、拝見しますね。」コツっと顔のカバーに機械が当たる、「佐久間さん目、開けてくださいねー。」眼球に光が当たる、「佐久間さん採血しますね。」「蛍光抗体で。」「はい。」「チクッとしますねー。」「意識レベル低下?急いで。」頭の上を行き交う言葉と様々な金属音が変拍子のリズムを生み、フェイスシールドにマスクを被った青と白のダンサーが佐久間の周りを踊っているようだ。ちょっと楽しくなるが、ブラックアウトしていた。



2月1日 夕方

病室

「ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ぜーぜーぜーぜー、、、。」

過呼吸のような荒い呼吸音と喉の粘膜が擦れるような不快感で目を覚ました。(、、、、はっ、、、あ、夢か、そうだ病院か。)

腕から点滴の管が垂れている。周りを見渡す、壁に時計を見つける、(18:43、、、あ、半日経つんだ、、、?)窓の外は仄暗い。(俺、大丈夫なんだろうか?。)と不安になる、視界の端に見えたキャビネット上に‘’目覚めたらコールしてください。村‘’と書かれたメモを見つけた。ベッドの手摺にあるナースコールを見つけボタンを押すと「佐久間さん、目覚めました?」ヘッドボードのスピーカーから看護師だろう女性の声が聞こえる。「はい、、、あっ、メモがあったんで、、、。」「はい、ちょっと待っててください、先生行きますから。」その声に佐久間は少し落ち着いた。ベッドの上で上半身を起こし病室を眺める。(個室か、、、救急だから大部屋みたいな所かと思ったけど。)(冷蔵庫、あーでも空だよな。)(あれ、窓は、あ、開かないようになってんだ、、、。)(4階とか5階かな?、うちの部屋の眺めに似てる。)(あ、これ手術とかで着るやつだな、俺の服は?あのロッカーかな?。)と見渡しベッドから降りようと思っていると、廊下で足音が聞こえる、直ぐにノックがし「入りまーす。」と少し高いテンションの声と共に2人の医師が入ってくる。

「具合どうですか?村上です。主治医です、失礼しますねー。」と言いながら、歯をむき出しの笑顔で村上は胸ポケットに手をやりペンライト?を取り出す。大柄でなんだか雑な感じが嫌だなと思っていると「田崎です、‘’ざき‘’じゃなく‘’さき‘’です、連絡早かったので間に合いましたね、大丈夫ですよ。」ともう1人が爽やかに言った。村上の手のペンライトから目に強い光が当たる、片方の人差し指を目の前に突き立て「この指を目で追ってくださいねー。」と言いながら、村上は指を左右上下に動かしている。「あの、、、」と佐久間が言いかけると、指を動かしながら村上が「レビスです、でも初期なので大丈夫っすよ。」と言った。「やっぱりレビスですか。」佐久間は少し不安を感じながら言葉を反芻した。村上は佐久間から離れ点滴の様子を見ながら「はい、今、薬入れてます。レビスのウィルスを無効化する薬で、ほとんど治り」言い終わる前に田崎が手で遮り「約98%です。村上先生、ちゃんと言ってください。」と訂正する。「そうです、、、どーもすみません。なんて、はは。」と村上は少し大袈裟に笑い、カルテに目をやる。佐久間は村上の雑さに一瞬不安と苛立ちを覚える、佐久間の見せた一瞬の苛立ちを察した田崎が「ここレビスの専門病院で治療法はすごく進歩してます。今、佐久間さんに使ってる薬はすごく効くんですよ。」としっかり目を合わせ、佐久間の不安やイラつきを汲み取るように笑顔で言う。そしてそのまま「佐久間さん、すみません、手続きなんで質問いいですか?。」田崎がタブレットを開きながら言いと質問を始めた。「感染経路に、思い当たる事ありますか?。」と聞かれ少し考えていると「ごめん。」と村上が田崎の前に軽く手を出し会話に割って入る。「検査の数値も大丈夫そうですね、念のため3日間隔離になりますが、規則なのでお願いしまーす。」語尾を伸ばす村上に佐久間はイラつきを抑えながら「家には、、、。」と聞くと「ええ、帰れないです、緊急隔離ですから。あー、それと念のためにお宅の室内をチェックさせて貰ってます。」とそっけなく言う村上、「えっ、チェックって?。」と眉をしかめる佐久間、「法律で決まってるんです。レビス感染者は生活環境内に原因の可能性を無くさないといけないんで、、、。ま、仕方ないっすね。」感染症だから当たり前でしょ?と言わんばかりに村上は言う。不満そうな佐久間の様子を感じとったのか田崎が和かに口を開く、「ごめんなさい、私もどうかと思うんですが、、、ほんとにごめんなさい。あの、、、続きいいですか?。」雑な村上とのコントラストで田崎の親切さが強調される、佐久間は田崎に「そうですよね、皆さんも大変なんですよね。質問続けてください。」と笑顔で応えた。「ありがとうございます。で、感染者との接触や、感染者がいそうな場所で何かに触ったとか。。。」「あの、私ライターなんです、取材で感染者のコミュニティーに行って、インタビューしたんです。」「え、コミュニティーに行ったんですか?、勇気ありますね、、、襲われた形跡なかったけど、触ったりしたんですか?。」と田崎は驚いていた。「ま、確かに好き好んで会いに行く人はいないですよね。でも、去年の暮に検査で接触感染の免疫があるって結果だったんで、握手したんですよ。」と言う佐久間に田崎はタブレットを見ながら「佐久間さんの過去データには免疫検査の履歴が無いんですけど、市販の検査キットですか?。」と首をかしげながら聞く、「あっ、そうです。でも、指先から針で血を採ってってやつですよ、あれは有効なんですよね?。」タブレットから佐久間に視線を向け「あー、言い難いんですが、接触感染に強いとかってフェイクなんです、、、。市販のキットには未承認のもあって、、、。」と言う田崎の声のトーンは先ほどまでの爽やかが少し濁って聞こえた。佐久間の反応を察した田崎は「あ、それより佐久間さんは、もう超初期で、すぐに治療出来ましたから、、、。」と気を遣うと質問を続ける「あとですね、感染者に会った後ですが、濃厚接触とか近い距離で人に会いました?」と質問を続ける。「取材の後は自分で車を運転して帰宅しました、、、その後はずっと家で取材メモとかチェックしてたので、、、そうですね、誰にも会ってません、部屋に籠ってました、、、。で、具合が悪くなって、自分で救急車呼びました。」と記憶を漁りながら佐久間は答えた。「部屋に篭ってる間はどんな生活でしたか?。」「外出はしてないです、締め切りの仕事もあったので、、、食事は自分で作って、、、あ、一回ピザのデリバリーを、あ、でもいつも置き配にしてます、手渡しじゃないです。」田崎は爽やかさが戻り「はい、分かりました。ありがとうございます。報告義務があるので、保健センターに報告しますが、了承ください。あと、これを手首に。」とスマートウォッチのような物を渡される、「これ、体温や心拍を計測するんです。では。」と田崎が終わりですというような体で言った。田崎とのやりとりの間、ずっとスマホを見てニヤニヤしていた村上が、「ん?。」っと顔を上げ「終わった、じゃ、佐久間さんお大事にー!。」と立ち上がる、笑顔で会釈する田崎、2人は部屋から出た。村上の無意味そうな話が廊下から聞こえフェードアウトしていった。

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