ガラスの要塞・1

 大西は続けて言った。

「センターが僕らを殺そうとする理由が連続殺人に関係していることは間違いないでしょう」

 芦沢は疑い深げに大西の顔色をうかがった。

「異義がありますね。確かにロビイが『殺人をプログラムされた』ことは間違いありません。でも、本当にセンターが生きているのかどうか、確かめる方法はあるんですか? 私には、全てが中森の作り話だ……とも思えますがね。あなたの言うことだって、こうも話が変わるんじゃどこまで信用していいものだか……」

 仁科に傷の手当てをされていた中森が目を上げた。

「私だって死ぬ覚悟でロビイを止めたんだ。見ていなかったんですか?」

 芦沢は冷たく応じた。

「あまりに派手な活劇だったんで、余計に気にかかるのさ。君があらかじめロビイのプログラムを改竄したなら、あいつがどんなに暴れ回っても安全でいられるはずだ。ロビイは突然狂い出したように見えたけど、たとえば電源を入れるのにタイマーをセットする……なんて仕掛けだって、君なら可能だったんじゃないか? 〝二人〟で組んだ芝居だったのかもしれない」

 中森は必死に怒りをこらるように声を震わせた。

「私が鳩村さんを殺させたと言うのか⁉」

 芦沢も後には引かない。

「可能性はゼロじゃない」

「可能性だけなら、おまえがセンターから命令を受けて殺人を続けているってことだってありえる! 破壊活動に利用したメンテナンス・モードには全て君の個人コードが使われたんだからな!」

 芦沢は反論した。

「君はコンピュータの専門家だ。それなら個人コードを使わずにメンテナンス・モードを指示し、しかも偽装に私の名前を書き込むことだってできるんじゃないか?」

 中森が怒りをあらわにした。

「そんな証拠がどこにある⁉ 憶測で私を非難するな!」

「君ならハッキングの証拠だって簡単に消せるだろうからね」

「ろくにコンピュータのハードも知らないくせに、勝手な屁理屈を並べるな!」

 室井が叫んだ。

「いい加減にしたまえ!」

 二人はその声で我に返り、口をつぐんでにらみ合った。

 大西が言った。

「僕は、ロビイを操ったのは中森さんではないと確信しています」

 芦沢が大西をにらむ。

「保安部員のあなたには、何か重要な手がかりを発見できたというんですか?」

 大西は肩をすくめる。

「特別の情報なんか必要ありません。保安部員といったってただのサラリーマンで、ミステリーの名探偵とは違いますしね。実際に、僕はあなた方と同じものを見ていただけです。しかし何に重点を置いて見るかによって、事実が意味する真実は姿を変えるものでしてね」

 芦沢は食ってかかるように言った。

「で、私たちが見てきた状況の中に、中森が犯人ではないという証拠があるのか?」

「あります。だって、そうでしょう? 中森さんはロビイを止めるために『湖』に入ったんですよ。未知のウイルスに汚染されているかもしれない水の中に、です。並みの覚悟じゃできません」

 一瞬息を呑んだ芦沢は、それでも中森を見つめて反論した。

「もし『湖がウイルスに汚染されていない』と知っていたなら?」

 大西が答える。

「魚が死んだことは確かです。原因が有害なウイルスかどうなのかは、詳しく調べてみなければ分かりません。でも僕は、人の心を見抜くことを教え込まれてきた疑い深い人間です。湖から上がった中森さんが本気でウイルス感染を恐れていました」

「私は、あなたの眼力に命を託す気はない」

 室井は芦沢を無視して、大西に尋ねた。

「では君は『連続殺人犯はセンターと関係を持っている』と判断しているのかね? スタッフの誰かが、センターから命令されて人殺しを始めた、と……?」

 大西の表情に困惑が現われた。

「今のところは僕にも結論が出せません。でも、最初からセンターが殺人を命じていたとは思えません。スタッフを皆殺しにすることが予定されていたなら、わざわざ僕をスフィアに送り込んで事を複雑にする必要はありませんから。ただセンターが、僕へ与えた指示以外にも『極秘にしておきたい思惑』を持っていた――とは考えられます。その意図と連続殺人が無関係だとは言い切れません。なにしろ高崎さんが殺されたのは、僕がやってきた直後ですからね。しかも、僕の調査活動をバックアップするためにセンターがアクセスを絶った隙を突いてです。スフィアの外と中での事態の進行が、偶然というにはあまりに都合よく連動していると思いませんか? 犯人はセンターの事情に通じていて、それを利用したとも考えられます。何よりも大きな問題は、センターが次々に起こった殺人を黙認していた点です。僕は、殺人犯がセンターの介入を防ぐために何らかの手段を講じたのではないかと疑っています」

 室井は、信じられないという様子でつぶやいた。

「犯人がセンターを脅迫した、とでも言うのか? 『何らかの手段』というのは簡単だが、この閉ざされたスフィアの中からどんな方法が使えるというのだ……?」

 大西は言った。

「分かりません。少なくとも、今の段階では」

 室井が投げやりに言った。

「肝心なところは何も分かっていないのだな……」

 大西はわずかに肩をすくめただけだった。

 中森は、じっと大西を見つめていた。芦沢と成り行きで言い合い、結果として自分の弁護を行なった大西を信頼しはじめていたのだ。保安部員としての経験に立った視点にも敬意が表れている。

 中森は言った。

「しかし、大西さんの意見は一理あります。ナカトミが政府の関係当局に黙って危険なウイルス開発をさせていたのなら、それを命じた幹部は警察に踏み込まれることを恐れるはずです。まして理由が『原因不明の殺人』であれば、警察は徹底した捜査をせざるをえません。スフィアは完全な密閉空間ですから、重箱の隅をほじくりように調べられることになるでしょう。極秘の研究室だって暴かれるかもしれません。だからセンターは黙って成り行きを見守って、スタッフが自滅していくのを放っておいた……という考え方は成り立つんじやありませんか? あるいは連続殺人は、センターにとっても都合のいい事態だったのか……」

 すかさず芦沢が反論する。

「確かに連続殺人事件が公になったら、捜査機関の介入を防ぐことはできないでしょう。しかし小説や映画ならともかく、現実的な解釈とは思えないな。私はやはりセンターは機能を失っていると思いますがね」

 大西は芦沢に向かって言った。

「残念ですが、あなたの考え方は前提から間違っています。『センターが生きている』というのは単なる可能性ではなく、事実なんです。僕は今まで、センターの指示で動いていたんですからね」

 芦沢は大西をにらんだ。

「やっぱりセンターと通信できるんですか⁉」

 大西は首を横に振った。

「そんな装置は持ってないって言ってるでしょう。あなた方スタッフに疑われるような動きを見せては、調査活動に支障をきたしますからね。しかし調査の予定は、僕がエアロックをくぐる前から厳密に組まれていたのです。その重要な柱が『センターが火災を演じてスフィアを孤立させること』だったんです。外部との連絡が長時間絶たれれば、スパイも動揺するでしょう。雇い主に救出を要請しようとあがき始めるかもしれません。その心理的な弱みを増幅させてスパイをいぶり出すのが僕の役目でした。もっとも、いきなり殺人事件が起こって、計画はスクラップになってしまいましたがね」

 中森がつぶやく。

「じゃあ、センターの爆発は……?」

「土木工事用の発破です。ヘリコプターにたっぷりと積み込んできました。僕が、この手で、ね」

 芦沢はじっと大西を見つめて詰問した。

「センターはアクセスが絶たれたふりをしながら、ずっとあなたの活動を見守っていたというんですね?」

 大西はうなずいた。

「その手段は、コンピュータ回線を通じたものに限られていますがね。逆に見れば、スフィア内部の監視カメラやセンサーが感知した内容は全てセンターがモニターしています。当然センターは、高崎さんが殺されたことも知っています。それでも彼らは連絡を絶ち続けた……。僕は、最初の殺人がセンターの行動方針を全く変えてしまったんだと思っています。少なくとも『センターが架空の災害を演出する予定に合わせて、偶然本当の大規模火災が発生した』と考える方が非現実的です」

 室井が老人の繰り言のようにつぶやいた。

「センターは殺人を知っていた……なのにどうしてアクセスを回復しようとしなかったんだ……」

 大西は室井を見つめた。

「その理由を探り出すことが重要です。僕がナカトミから教えられたことは、センターの知識のほんの一部です。ここを生きて出るには、センターの狙いを見抜かなければなりません。でなければ、取引も交渉もできません。つまり、僕らは殺人犯を捕らえてその動機を暴かなければならないわけです」

 室井がうめいた。

「一言で〝取引〟と言うが、いったいどうやってセンターと話をつけるのだ? 唯一のアクセスは、こっちから絶ってしまったのだぞ。君とて通信手段は持っていないのだろう? 命乞いすらできないではないか」

 大西は全く恐れを見せていなかった。

「いずれ誰かが様子を見に来ますよ。センターが何を目論んでいるかは分かりませんが、向こうだってこっちの状況を知らなけりゃ手の打ちようがないでしょう? 僕らはこうやって、センターと戦うために結束してしまったんですから」

「こんなに追い詰められてまで、探偵の真似事を続けなければならないのか……」

 大西は言った。

「あなたは疲れているんです。全ての責任を背負い込もうなんて、無理をしないでかまいません。連続殺人や雇い主との対立なんて、契約には入っていないアクシデントなんですから。調査活動は僕の本職です。任せてください」

 中森が芦沢をにらみつけながら言った。

「大西さん、何でも言いつけてください。精一杯手伝います。何が何でも濡れ衣を晴らさなくては……」

 芦沢はじっと中森の表情をうかがいながらも、うなずいた。

「その点では、立場は同じだな。私だって、退屈しのぎに人を殺したなどとなじられたくない。やりましょう」

 大西は言った。

「助かります。今は全員が一緒に行動しなければ危険です。いがみ合っているだけでは解決の道は開けません。それに、犯人が傍にいれば、証拠を見つけた時にボロを出すかもしれませんしね」

 弱々しくうなずいた室井が言った。

「で、何から始めるのだね?」

「まずは、天野さんの殺人現場を検証しましょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る