第三の右腕・2
およそ十分後、仁科が医務室に戻った。
室井はいぶかしげに言った。
「馬鹿に早かったじゃないか。死因は分かったのか?」
「手首以外に外傷は見当りません。結膜に出血がありますので、直接の死因は急性窒息だと思われますが……」
「首を絞められたのか?」
仁科の答えは歯切れが悪かった。
「首には痕跡は見当りません。しかし……室井さん、ちょっと二人だけで話せませんか?」
検死結果を言い渋る仁科に対して、室井はうんざりとしたように答えた。
「こんな状況でスタッフに秘密を作っても、益はあるまい。天野君を殺した犯人は、コアの上から死体を突き落としたんだ。下の温室にいた我々が犯人であるわけがない。それより全員で事実を検討した方が冷静な判断を下せると思うが?」
仁科は仕方なさそうにうなずいた。
「あなたが、そうおっしゃるなら……」
「天野君も手首を切られていたことは、さっき全員が見た。それ以上の何かがあったのか?」
「他にも疑問な点が……。首にではなく、切り取られた手首の方に紐できつく縛ったような痕がついていました」
室井は溜め息混じりに言った。
「それも、さっき大西君が指摘していた。犯人を捜す手がかりになるなら、むしろ全員が知っていた方がいい」
仁科は怯えるように続けた。
「もっと重大なことが……。実は、とても考えられないことなのですが……」
「君らしくないな。はっきり言いたまえ。いったい彼女に何があったんだ⁉」
仁科はスタッフたちの顔を見渡してから、覚悟を決めたように言った。
「実は、死体から大量の血液が消えているんです。天野さんは殺されてから……あるいはまだ息があるうちに、全身の血を抜かれてしまったようなのです……」
「何だと⁉ 湖に広がっていた血のことか? あれは……水に落ちてから流れ出したのではないのか?」
仁科は小さく首を横に振った。
「通常、心臓が停止した状態では出血は起こりません。むろん、あれほど大量の出血などありえません。『湖』に流れた血は、水中に落とされてから体外に出たものではないと考えていいでしょう」
室井は首をかしげる。
「どういうことだ?」
「つまり犯人は、あらかじめ天野君の血液を抜いておいて、死体と一緒に『湖』に捨てた――ということになってしまうんです」
大西がつぶやいた。
「何だってそんなことを……?」
仁科は目を伏せた。
「理由は私にだって分からない。だからまず、室井さんと二人で考えてみたかったんだ……」
室井は自嘲気味に言った。
「私に聞かれたって、分かりはしない。いったいこのスフィアに何が起こっているのか、私には何一つ分からん……」
苦悩に満ちた室井のうめきは、スタッフからを沈黙させた。
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