ガラスの牢獄・4

 室井が恐れた〝何か〟が起こったのは、その瞬間だった。

 意識を取り戻してベッドから起き上がった鳥居孝子は、暗い医務室の中で目をこらした。

 明かりはドアの上部にあるグリーンの非常灯だけだ。およそ五分間、鳥居はじっと動かなかった。その間にゆっくりと頭脳が働きはじめ、暗さに目が慣れていく。

 鳥居は医薬品の棚に消毒用アルコールのビンを発見した。それは、爆発の衝撃で混乱していた鳥居の頭脳に一つの光明を与えた。その〝考え〟は、自分が迷い込んだ袋小路から抜け出す唯一の、そして素晴らしい方法のように思われた。

 鳥居の、優秀とは言いがたい頭脳にとっては――。

 ベッドを抜け出た鳥居はアルコールのビンを握り、廊下に常備してある懐中電灯を取ってMラボに入った。試料加熱用の小さな電熱器のスイッチを入れる。ニクロム線のヒーターが次第に赤く発熱していく。

 下から電熱器の赤い光に照らされた鳥居は、にやりと亡霊を思わせる笑いを浮かべた。そしてビンのアルコールを自分に右手に振りかけて空にした。その右手を電熱器のニクロム線に近づけていく……。

 アルコールが発火した。

 鳥居は炎を上げる自分の腕を見て絶叫すると、再び気を失って床に崩れた。

 火災報知機がけたたましい警報を鳴らした。天井のスプリンクラーが、激しい水しぶきをほとばしらせる。

 スタッフがコア・キューブに駆け戻った時には、床に倒れた鳥居はスプリンクラーのシャワーで水浸しになっていた。

 そして火災の原因を作った鳥居は、スタッフの怒りの視線を浴びながら、再び医務室に運ばれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る