ガラスの牢獄・3
休憩所での〝会議〟は、再び重苦しい沈黙に包まれていた。シェルを破る代案はいくつか提案されたものの、それがロビイの激突より効果があるとは思えなかったのだ。
大西は言った。
「それにしても、シェルのガラスって頑丈なんですね……。ロビイが全速で衝突したのに、かすり傷しか残せないなんて……」
室井がうなずいた。
「私もあれほどの強度があるとは思わなかった」
「『シェルがどんな物質でできているか分からない』というのは、本当なんですか?」
「たとえ分かっていたところで、あれほど強靭な構造物を破る方法はない」
大西は独り言のように言った。
「でも、そんな素材があるなんて聞いたことがなかったけどな……。ナカトミは、なぜあの〝ガラス〟を秘密にしておくんですか? 大々的に売り出せば大儲けができそうなのに……」
室井は答えた。
「その理由は簡単だ。現時点では製造費がかさみすぎるうえに、一般市場での用途がない。ナカトミはあくまでも、宇宙開発が本格化する時に備えて〝隠し球〟を温存しているのだ」
「でも、防弾ガラスにしたら絶対売れますよ?」
「今売られている商品より数千倍も高くついても、かね? 地上での用途でなら現行の技術による製品で充分だ。それに、まだあの〝ガラス〟は平面にしか成形できないと聞いた。飛び抜けて強靭だが、まだ完成された技術とは言えないようだ」
「なるほどね……」
中森が言った。
「で、結論は『シェルを破るのは不可能だ』ってことですか?」
室井が目を伏せたままうなずく。
「私には、そうとしか思えない……」
と、不意に大西が声を上げた。
「あ! 室井さん、ここには化学肥料は置いてないんですか?『ディーゼルオイルと混ぜると爆薬になる』と聞いたことがありますが……」
答えたのは二階堂だった。
「スフィアでは完璧な有機農法を実践していますから、化学肥料は一切使用してません。保管もしていないんです」
「でも、害虫駆除とかに化学薬品は……?」
「それもすべて自然の力に任せています。天敵の昆虫を放したり、ギニアグラスを植えたり」
「ギニア……なんですって?」
「ギニアグラス。見た目はただの草ですが、土の中にいる線虫の繁殖を抑える力を持っているんです。自然界には、そういう特殊な能力を持った生き物が数多く存在します。化学薬品にばかり頼るのは、人間の傲慢さ……いえ、無知の現れです」
大西は関心したように二階堂を見つめた。見た目はひ弱で幼いが、鳩村が言うとおり、科学者としての確かな知識と感性を備えていたのだ。
さらに室井がつけ加えた。
「ディーゼルオイルも置いていない。あったとしても、倉庫があの有様じゃな……。仮に爆発物を作れたとしても、シェルを破れる保証もない。畜舎の爆発でさえ全く影響を与えていないんだからな。しかも効果がなければ、今より悲惨な事態を招く。残り少ない酸素を一層消耗するし、後に残った大気には有毒成分が充満するだろう。ロビイの惨敗を見た後となっては、賭ける気にはなれんな」
仁科が無念そうにつぶやいた。
「万事休す、か……」
室井は自分に言い聞かせるように言った。
「そう悲観することもあるまい。状況が悪化したわけではない。たとえ管理センターが全壊しても、いずれは本社から救援が駆けつける。それまで何とか生き延びることを考えよう」
峰が言った。
「救援って、いつごろ着く仕組みになっているんですか?」
「正確には断定できん。しかし、四八時間以上ということはないはずだ」
スタッフ全員が窮地に立たされたことで、峰の室井に対する攻撃性は逆に姿を潜めていた。
「それまでスフィア全体を生存可能な状態に維持することは不可能でしょう。やはり小さな部屋に篭城して救けを待つしかありませんね」
室井はうなずいた。
「できるだけ長い時間踏み止まれるよう、全力を尽くしてくれたまえ。これ以上何も起こらないことを祈ろう……」
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