ガラスの牢獄・1
ロビイは、強化ゴム製のキャタピラで移動する〝人工知性体〟だった。
その外見は冷たい金属の箱にすぎず、フォークリフトを小型にしたような無機質な印象を与える。子供向けのアニメーションに登場するロボットとは違い、人間や生物に似た部分はどこにも見当らなかった。
しかしその中身は、犬や猫以上に人間に近い機能を備えているのだ。
第一に、ロビイは〝思考〟することが可能だった。高い処理能力を持つ次世代の演算素子によって実現されたAI能力は、およそ三、四才の人間に相当すると見積もられている。もちろん単純計算やデータの蓄積能力では人間をはるかに超え、一昔前のスーパーコンピュータを凌ぐ性能を発揮できる。そして、高感度の各種センサーが電気仕掛けの頭脳に外界のデータを供給することによって、より〝生命〟に近い行動をとれるまでに進化していた。ロビイは〝見る〟〝聞く〟ことはもちろん、特定のガスの成分特性を記憶させておけば〝嗅ぐ〟ことさえ可能な才能を与えられていたのだった。
さらに特筆すべきなのは、抜群の運動能力だった。一般的に、移動型の機械に自分自身の重さ以上の荷物を運搬させることは困難だ。しかしロビイは、三重に折り畳まれたマニピュレータを自在に操ることができた。さらに二百キロ弱の自重の重心を大きく移動させる機能を加えることで、その障壁を克服したのだ。
たとえば、二十キロの園芸用の土を入れた袋が十五個、箱に入っていたとする。総重量三百キログラム。そのすべてをロビイに畑に運ばせたいとする場合、口頭でこう命令すればいい。
『この土の袋を全部、畑に運べ』
ロビイの音声認識装置は声の周波数を瞬時に解析してコンピュータ言語のコマンドに変換する。そして視覚センサーが〝土の袋〟を認識する。さらに箱の外形を分析してその下に〝腕〟を差し入れ、重量を計測ながら一度に運べるかどうかを判断し、それが可能なら自分の重心を調整して全体としてバランスを取る。最終的にはあらかじめ入力されている施設内の地図を頼りにして畑への経路を選択し、障害物を避け、すれ違う人に『こんにちは』と挨拶しながら荷物を運ぶのだ。
この場合、運んでいる物が実際に土であるかどうかは解析しない。対象物の分析が目的の場合には『それが何かを調べろ』という命令が必要なのだ。また、ロビイが〝畑〟だと判断した場所が、命令と一致しない場合もありうる。ロビイはその場の状況と、デジタル化してデータベースへ貯えた〝記憶〟を判断の材料として『そうに違いない』という極めて〝人間的〟な判断を下すのだ。そして、考えても結論が出せない場合は、命令者に質問を返す。
『西側の畑ですか? 東側の畑ですか?』
したがって、ロビイには思い込みや勘違いというものが起こりうる。しかしその失敗は新たなデータとして蓄積され、人工知能を磨く最高の教材となっていくのだ。
ロビイは、ナカトミ・グループが最も得意とする、コンピュータによる自動制御システム――サイバーネーションの最先端技術を集結させた企業秘密の集合体だった。
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