第8話 眠れぬ夜 〜始まりの街ダンク編〜
家の前に着くと、レッシュはズボンのポケットの中にあるはずの玄関の鍵を探した。
少し大きめのポケットの中には、先程マシュとの別れ際にもらったいつものキャンディと、普段から持ち歩いている鉛筆や消しゴム、そして小さなメモ帳が入っている為、なかなか鍵に触れない。
レッシュがポケットをごそごそ探っている間、ルーランは後ろを振り返り、まだ明るいダンクの街や、どこまでも広がる海、草花がサラサラと揺れる今しがた登ってきた丘を見渡していた。
後ろでルーランがため息をついた音が聞こえた。
「綺麗だ…」
レッシュはポケットからやっと鍵を見つけ出すと、ルーランの横に立ち、同じように景色を眺めた。
まだ明るい街の方からは、人々の楽しそうな笑い声や音楽が聴こえてくる。
……今日は本当に色んなことがあった。
ペクトリーをはじめ、海賊達の襲来、ルーランとの出会い、…アイラのキス…。
…街の人達とも分かりあう事が出来たと思う。
ルーランと目があった。
黒髪が風でなびいている。
美しい瞳は、月や星の光に照らされきらきらと輝いていた。
レッシュは思わず見惚れてしまった。
____本当に、絵本から飛び出してきたみたいだ…
ぼーっとしているレッシュを見て、ルーランは微笑みながら少し首を傾げた。
「大丈夫か?…鍵、無くしたのか?」
レッシュは慌てて手に持っていた鍵をルーランに見せると、何事もなかったように家の鍵を開け、ルーランを中へと促した。
「あっちがキッチン。喉が乾いたらそこのコップ使ってね…。トイレはあそこにあって、あっちはバスルーム、あの奥に寝室があるよ!」
レッシュは家中歩き回りながら説明した。
ルーランはその様子をニコニコしながら見ている。
「僕1人しかいないから、遠慮せずにくつろいでね!」
「ありがとう…。レッシュ…早速なんだが、シャワー借りても良いか?」
「もちろん!…あ、寝巻きがないよね…これ…、ちょっと恥ずかしいんだけど、新しく買ったんだ…。これでもいい?」
それはつい最近、衝動買いしてしまった寝巻きだ。
少し値段が高かったのだが、絵本の中の〝ルーラン〟が着ている異世界の服にどことなくデザインが似ている気がして一目惚れしたのだ。
なんだか急に恥ずかしくなってきた。
絵本を読んだ事がないルーランは、レッシュのこの気持ちを知るはずもなく、まさか絵本の中の自分にそっくりな人物が着ている服にデザインが似ている寝巻きだとは思いもしなかった。
このデザインのどこが恥ずかしいのだろう、と言いたげな不思議そうな顔をしてそれを受け取った。
「…新しそうだけどいいのか?」
「うん!いいんだ。僕のはあるから」
ルーランは礼を言うとタオルも受け取りバスルームへ向かった。
…少し経ってバスルームからシャワーの水が流れ落ちる音が聞こえてきた。
___家の中から自分以外の音が聞こえてくる…。
久しぶりの感覚だ。
なんだか安心するな…。
10分後
ルーランが出てきた。
寝巻きがよく似合っている。
レッシュは胸がドキドキするのを感じた。
___本当に絵本から飛び出してきたみたいだ。
「レッシュ、ありがとう。スッキリしたよ…。俺、汗っかきでさ…」
ルーランは小さくあくびした。
レッシュは眠そうなルーランを寝室に案内した。
寝室には、幼い頃、両親と3人で寝ていた大きなベッドが一つ置かれている。
今はレッシュが1人で寝ているが、やはり大きすぎた。
いくら寝返りをうっても落ちることはない。
ベッドの両脇には小さなランプがあり、優しく部屋を照らしていた。
レッシュはとても眠そうにしているルーランに話しかけた。
「僕もシャワー浴びてくるよ。
気にしないで先寝ててね」
ルーランはうなづくと、壁側に自分の着ていた服と髪を縛っていた赤い紐、そして剣を置き、のそのそとベッドの中へ入っていった。
レッシュは寝室からひとまず出ると、ずっと首から下げていたラッパをテーブルの上のいつもの場所に戻し、急いでシャワーを浴びて着古した寝巻きに着替えた。
そして、海が見える窓側で毎日の習慣である、お祈りをいつもよりちょっぴり早口でしてから寝室へ向かった。
寝室にそっと入ると、ルーランはすでに寝てしまったようだ。
すーすーと寝息を立てている。
レッシュはルーランを起こさないようにランプの火を消し、自分もベッドの空いている所に潜り込んだ。
……。
…………。
…………………。
……眠れない。
レッシュは寝返りを打った。
もし、今日起こった事が全て夢で、明日目覚めた時に今までと何ら変わらない一日が始まったら…なんて考えていたら急に怖くなり、一気に眠気が吹っ飛んでしまったのだ。
ベッドに入ってからどれくらい経ったのだろうか…。
また寝返りを打つ。
すると、ちょうど目を覚ましたルーランと目があった。
「……どうしたレッシュ?眠れないのか?」
「うん…」
ルーランは少し考えてから静かに話し始めた。
「……なあレッシュ、〝カモメの郵便屋さん〟っていう話知ってるか?
ここから遠く離れた場所に、カモメがやっている郵便局があるんだが、そこは従業員がとても多いことで有名なんだ。毎日、全員いるか点呼するだけでも一苦労しているという。
旅の途中、この郵便局にたまたま寄ることになったキャプテンと俺は、この点呼を手伝うことになったんだ…。
『1羽…2羽…』
点呼が終わったカモメは沢山の手紙を持って大空へ飛び立っていった…
『…50羽……51羽………』 」
ルーランは数を数え続けている。
_______なんだか段々と瞼が重くなってきた。
「『……75羽………76羽………』」
……………
レッシュはいつの間にか深い眠りについた…。
やっと眠りについたレッシュの顔を見ながらルーランは優しく微笑んだ。
_____俺も眠れない時、親父にこの話、よくしてもらったな……。
ルーランも再び目を閉じた。
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