第6話 星空 〜始まりの街ダンク編〜
レッシュは街を離れ、船着場にきていた。
火照った顔を冷ましたかったのだ。
船着場にあるベンチに腰をかけると、空を見上げた。
満天の星がきらきらと輝いている。
きっと、いつもと変わらない星空なんだろう。
しかし、今日はなんだか一段と美しく輝いて見えた。
「…隣、座っていいかな?」
声がした方を振り返ると、そこにはルーランがいた。
レッシュはうなづいた。
緊張する…。
ルーランはレッシュの隣に座ると、ぐーっと伸びをしてからレッシュと同じように空を見上げた。
「綺麗だな…」
「うん…」
「君は星が好きなのか?」
「うん…」
うん、しか言えない。
レッシュは視線を少しだけ落とし、目の前に広がる海をじっと見た。
…だめだ。緊張して何も話せない…。
ルーランは黙っている。
長い沈黙…。
あまりにも静かなので、レッシュは恐る恐る隣を見た。
すると、ずっとこちらを見ていたルーランと目が合ってしまった。
「やっと目があったな」
なんだか負けた気分だ。
でも、改めてルーランの目を見ると、青色の瞳はまるで宝石のように輝き、月や星達の光が当たると、青色の中に緑の光が見え、やはりとても綺麗だった。
今度はルーランの瞳から目がそらせなくなった。
ルーランは首を傾げながらニヤッと笑った。
「君、面白いな…俺の目になんかあるのか?」
レッシュは首を力強く横に振る。
ルーランは、ハハハと笑った。
「君、レッシュ、というんだろう?さっき街の人達に教えてもらったんだ。…いい名前だな…。
レッシュ、…君は本当に勇気があるんだな。君は大切な人を守り抜いたんだ。すごいよ!」
レッシュはゆっくりと首を横に振った。
「とっさに体が動いたんだ。……両親がいなくなった日の映像が頭をよぎって…」
「聞いたよ。君の両親がいなくなった日の事…。…大変だったな」
…………。
「……レッシュ、…光」
少しの沈黙の後、ルーランは何か思い出したかのように呟いた。
「え?」
突然、自分の名前の意味を言われたのでレッシュは驚いた。
「…なんで知ってるの?」
レッシュは動揺した。
何故なら、この〝レッシュ〟という言葉は遠いどこかの国の昔の言葉で、知っている人は恐らく父くらいしかいないからだ。
ルーランはレッシュから目を逸らし、再び星空を見上げた。
「…俺も分からない。…でも、急に頭の中に浮かんだんだ…。〝レッシュ〟とは〝光〟の意味があり、そして〝導く者〟という意味も持っているという事を…」
レッシュは、ルーランの表情から不思議な感情を読み取った。
…………
________〝不安〟_________
…………
「…って、何言ってんだろ俺。突然変なこと言ってごめんな…」
ルーランはレッシュの方を見て笑った。
その時、レッシュはルーランが首から下げている金色のペンダントに目が止まった。
それはとても不思議なデザインだった。
円の中心で無数の矢印が交差している。
金で作られたそれは、まるで〝太陽〟から光が放たれているのを表しているようにも見えた。
ルーランはレッシュの視線に気づいたようで、首からペンダントを外すと、レッシュに手渡した。
「気づいた時からずっと肌身離さず身につけているんだ。…裏を見てくれ。なんか書いてあるだろう?」
レッシュは、ルーランから受け取ったペンダントを裏返してみた。
そこには、なんとあの日記と同じ、どこかの国の古代文字が書かれていた。
「ねぇ…ル、ルーランさん?」
レッシュは思い切って話しかけてみた。
ルーランは優しくにっこり笑った。
「ルーランでいいよ」
レッシュは顔が赤くなるのを感じた。
「…ねぇ、ルーラン?」
「ん?」
「ルーランは、どこからきたの?」
その問いを聞いた瞬間、ルーランの表情が明らかに曇ったのが分かった。
聞いてはいけないことだったのかと、レッシュは焦った。
「…ごめん、聞かないほうが良かったのかな…」
ルーランは目を閉じ首を横に振った。
「いいんだ。……実は俺、昔の記憶が無いんだ」
「え?」
レッシュは驚いてルーランの顔を見つめた。
ルーランは、また空を見上げた。
「俺は一体誰なのか、どこからきたのか、全く分からない。…今から12年前のある日、俺は気絶したまま海を漂っているところを、たまたまそこを船で通りかかった親父…いや、キャプテン•ビオリスに救ってもらったんだ。
そして、名前も分からないでいる俺に、名前をくれた。…ルーランだ。なんでも、キャプテンの好きな本の登場人物に俺がとても似ているんだそうだ」
…母が書いた絵本のことだ。
そのキャプテン•ビオリスという人は、母の絵本の主人公〝ルーラン〟と同じ名前を、ルーランと容姿がよく似た彼に与えた。
「俺はその日からずっと、キャプテン•ビオリスと共に船で旅をしているんだ。キャプテンは、俺の事を本当の息子のように育ててくれた」
ルーランはレッシュからペンダントを受け取ると首にかけなおした。
「…このペンダントは、キャプテンが俺を海で見つけた時には首からかかっていたそうだ。これは唯一俺が持っていた持ち物…唯一、過去の俺と繋がれる大切な物なんだ」
「…そうだったんだね」
レッシュは、ルーランの歩んできた壮絶な人生のことをおもった。
…こんなに明るくて、こんなに強いのに、とても辛い経験をしてきたんだ。
人は見かけじゃ分からない。
「ところで…レッシュに聞きたいことが2つあるんだけど聞いていいかな?」
ルーランはレッシュをじっと見つめた。
レッシュはルーランをしっかり見つめ返し、うなづいた。
「なに?」
「まず一つ目。…レッシュはなんで俺のこと知ってた?」
レッシュは、彼にルーランと名付けた、キャプテン•ビオリスが好きだという絵本の著者が自分の母、テナ•スピリアだという事、そしてレッシュもその絵本が好きで、同じく絵本が好きだった父マルク•スピリアによく読んでもらっていた事をルーランに伝えた。
ルーランは驚いた様子だった。
「レッシュの母さんってすごい人なんだな!
俺も今度その絵本読んでみたいな。…読んだことがないんだ…。それに、話聞いてたら、なんだかこの〝ルーラン〟っていう名前、もっと好きになったよ」
「最初、君が僕の目の前に現れた時、〝絵本の中からルーランが飛び出してきた!〟ってすごく驚いたんだ」
レッシュはルーランを見た。
ルーランは少し照れくさそうにしている。
「そんなに似てるんだな…。
…レッシュ、もう一つ聞いていいか?
この街にいる〝マシュ•マーティン〟っていう人がどこにいるのか知ってるか?…実は、おやじ…キャプテンから〝マシュに会いにいってくれ〟って頼まれてこの街に来たんだ」
レッシュはうなづいた。
「案内するからついてきて!」
レッシュはルーランの手をとると、まだ賑やかな街の方へと戻った。
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