第3話 出会い 〜始まりの街ダンク編〜
マシュは再び日記に新聞紙をグルグル巻き付けると、寝室の方へ置きに行った。
ペティナはカーテンを開けると声を落として言った。
「…まだ、この日記を探している奴らがどこかうろついているかも知れないわね…。
今日はここにいた方がいいわ。
ここにいてくれれば、私とマシュであなたの事守れるから」
ペティナは緊張した様子でキッチンの方へ朝食を作りに行った。
「アイラが起きたぞ!」
レッシュが視線を寝室へ繋がるドアの方へやると、マシュが娘のアイラを連れて寝室から現れた。
アイラはまだ眠そうに目を擦っている。
アイラは今年で7歳になる物静かな女の子で、ペティナによく似て美人だ。
自分を見つめているレッシュの存在に気がつくと、アイラは慌てた様子でマシュの後ろに隠れた。
「すまんなレッシュ、アイラはお年頃なんだ」
レッシュは過去に何回かアイラに話しかけた事があるが、毎回彼女は隠れてしまい、まともに会話できたのは一度だけだった。
………
ある日、黒い子犬が怪我をして動けないでいるのをレッシュが助けていると、それを見たアイラは、すぐ近くに寄ってきて手当てを手伝ってくれたのだ。
子犬は元気になるとその場から居なくなってしまった。
レッシュはお礼を言おうと口を開きかけたのだが、先にアイラが話し始めた。
「…私、皆んなが何と言おうと、レッシュとレッシュのパパ、ママの言ってる事、信じてるから」
そう言うと、驚くレッシュを置いたまま、いなくなってしまった。
あの日以来、また口を聞いてもらえていないが、レッシュはアイラのその言葉にとても救われた。
………
「さて…。これからどうしたもんかな…」
マシュはいつもご飯を食べている木で作られたテーブルの椅子にどかっと腰掛けた。
「街の連中にこの日記の事や、男達の話をしたところでなかなか信じてもらえないだろうしな…」
その時だ。
急に外が何やら騒がしくなった。
マシュはすぐ窓側へ行き、外をこっそり覗き見た。
レッシュもマシュに続いてそっと外を見てみた。
………
「うちの人が帰ってこないんだよ!誰か見た人はいないかい?」
あれは、船着場でいつも夜見張りについている男の夫人だ。
街の人々は首を傾げる。
「どうせどっかで飲んだくれてるんじゃないか?」
夫人は首を横に振る。
「あの人は何があっても日が昇る前には必ず家に帰ってきているんだ」
海の方からも漁師達が数人叫びながらやってきた。
「おい、船がみんな壊されているぞ!」
マシュとレッシュは顔を見合わせた。
このダンクの街は、小さな島の上にある。
船がないと島から出る事はまず出来ない。
〝閉じ込められた!?〟
………
「……皆さん、こんな朝早くから何を騒いでいるんですかい?」
街の人ではない、低い声が聞こえた。
人々は一斉に声がした方を向いた。
レッシュはこの声に聞き覚えがあった。
今朝、マシュの店に向かっている途中で聞いた男の声だ。
窓側から後退りしたレッシュをマシュは心配そうに見ていた。
「なんだ?あんた」
漁師の1人が噛みついた。
「この街の者じゃねぇな?」
すると男はにっこり笑いながら漁師に近づき、腰にぶら下げていた剣を抜くと、何も言わずに漁師の足に思い切り突き刺した。
周りに集まってきていた人々は皆、突然の事に固まっていたが、漁師がうめき声をあげその場に崩れたのを見ると、悲鳴をあげながら一目散に逃げ始めた。
他の漁師と、船着場の男の夫人はその場に留まり、刺された漁師をかばっている。
漁師を刺した男はその光景を見て、黄色い歯をニッと出して笑った。
そして街中に聞こえるような大きな声で叫んだ。
「〝読むことが出来ねぇ日記〟を持っている奴を今すぐに差し出せ!
でなければ、この街の人間、全員殺す!
俺たちには時間がねぇ。ここにあるのは分かってるんだ!」
それを聞くと、マシュはカーテンをきっちり閉め、うつむいた。
「あなた…まさか行かないわよね?」
「パパ…?」
マシュは黙ったままうつむいている。
外からは刺された漁師のうめき声が聞こえて来る。
「…出てこないんなら、ここにいる奴ら、1人ずつ殺してっちゃうぜ?」
次の瞬間、ドサッという鈍い音の後に、先程の漁師とは違う悲鳴が聞こえてきた。
マシュは意を決したようにパッと顔をあげた。
そして家族の方を見ることなく勢いよく外へ飛び出していった。
「あなた!!!」
「パパ!!!」
ペティナとアイラがその場に泣き崩れた。
2人のその様子をみたレッシュは、自分でも驚く程の速さで寝室に置いてある日記を引っ掴むと、止めようとしたペティナを振り切ってマシュの後を追って外へ飛び出していた。
外へ出ると、マシュが刺された人達の前で仁王立ちしていた。
「おい!!俺の大事な街の人達に何してんだ!」
マシュはレッシュが今まで見たことがない恐ろしい顔で男を睨みつけている。
男は大笑いした。
「どこの街にもいるんだよな、こういうヒーローみたいな奴。
俺はお前みたいな奴が大嫌いなんだよ」
男は口笛を吹いた。
するとどこからか、男の仲間達が手に剣を握りしめて至る所から湧いて出てきたではないか。
男達の姿を見てレッシュは気がついた。
〝この人たちは海賊だ!!
マシュさんが危ない!〟
レッシュの脳裏に、飛び散った血の映像がよぎる。
漁師達と夫人は恐怖で悲鳴をあげたり、声も出せずに震えたりしていた。
マシュは仁王立ちしたまま男達を睨み続けている。
男の1人がマシュに向かって剣を振り上げた。
「死ね!」
レッシュは、とっさに首から下げていたラッパを力強く吹いた。
剣を振り上げていた男は突然の大きな音に驚いて手を止めたではないか。
男達は皆、何が起こったのかときょろきょろしている。
「僕だ!僕が日記を持っている!その人達は関係ない!僕はマルク•スピリアの息子だ!」
レッシュは気がつくと、日記を掲げながら叫んでいた。
剣を振り上げていた男は、マシュを力一杯蹴飛ばし地面に転がすと、レッシュの方へ詰め寄ってきた。
「誰の子供だって?
…まあ、今はそんな事はどうでもいい!
日記を持っていやがるってことはだ。
こいつだけは生かしておけねぇ」
さっき漁師達を刺していた男が血のついた剣をレッシュの目の前でチラつかせた。
この後どうするのか全く考えてなかった。
レッシュは男がチラつかせている剣を見て背筋が凍るのを感じた。
レッシュの耳に、マシュやペティナ、アイラ、そして街の人々が「逃げろ」と口々に叫んでいるのが聞こえたが、その声は全て遠く聞こえる。
血のついた剣を持った男が、剣を振り上げた。
「坊主、悪く思うなよ…」
自分の身の回りで起こっていることが全部ゆっくりに見えた。
両親の微笑んだ顔や楽しかった思い出などが目の前に浮かんでは消えていく。
レッシュは男が振り上げた剣をただただ見つめることしか出来なかった。
…僕は、何のために生まれてきたのだろうか。
何も成し得ない人生だった……。
目を閉じる。
耳鳴りがひどい。
ヒュッ!!!
剣を振り下ろしたような音がした。
レッシュは剣が自分に突き刺さるのを覚悟をした。
しかし、いつまで経っても何も起こらない。
不思議に思い、恐る恐る目を開けると、目の前に誰かの背中が見えた。
レッシュと男の間に1人の青年が立っているではないか。
青年は、手に持った綺麗な装飾がされている剣で、男が振り下ろした剣を弾き返したようだ。
男の剣は、男のはるか後方の地面に転がっている。
さらに驚いたことに、レッシュはこの青年を知っていた。
「ルーラン…?」
青年はレッシュの声に気がつき、ゆっくりと振り返った。
______レッシュは息を飲んだ。
まるで母の絵本から飛び出してきたような、ルーランその人が目の前にいた。
少し長めの黒髪を赤い紐で小さく結び、こちらを見つめる瞳は、綺麗な青色に緑の光を宿している。
その人は、今まで見たことがないとても美しい人だった。
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