第1話 レッシュ•スピリア 〜始まりの街ダンク編〜
僕はこの街の皆んなに嫌われている。
それは、街の皆んなと僕たち家族の考え方が違っていたから。
皆んなは「太陽王と光の勇者の物語」はあくまで伝説であり、誰かが創り上げた夢物語だと思っている。
でも僕たちは違ったんだ。
僕たちはこの物語が過去に実際に起こった出来事だと信じていた。
なぜ、僕たち家族はこの物語を信じようと思ったのか。
それには理由があった。
………
僕の父、マルク•スピリアは、このダンクの街から船で少し行った所にある、フィーレンという大きな街の国立図書館で働いていた。
無口で普段あまり人と話したがらない、静かな人だったんだけど、誰よりも勉強熱心で色んなことを知っていたんだ。
特に、歴史が好きで、仕事で古代文字の研究などもしているんだ、と、むかし母から聞いたことがある。
母、テナ•スピリアは国立図書館に通う常連客で、有名な絵本作家だった。
代表作は〝ルーランの不思議な冒険〟。
出版されると同時にあっという間に売れ切れてしまった人気の絵本なんだ。
この物語は太陽王の子孫である〝ルーラン〟という、黒髪に、青色の中に緑の光を宿した綺麗な瞳を持つ美しい少年が、個性豊かな仲間たちと共に船で世界中を旅するお話で、「〝太陽王と光の勇者の物語〟から数百年経った世界を想像して書いたのよ」と母から聞いた。
この絵本は、ルーランを含めた仲間の人数と同じ、全6巻出版されている。
僕が生まれる何年も前、〝ルーランの不思議な冒険〟の第5巻が出版される日。
新巻販売記念イベントとして、父が働くフィーレン国立図書館で、母のサイン会が開かれた。
第5巻を買うと、本にサインしてもらえるのだ。
〝ルーランの不思議な冒険〟のファンだった父は、新巻を買う為、急いで仕事を終わらせて人々の列の最後尾に並んだんだ。
やっと父の番になり、父が母の前に出ると、なんと本がもう無いではないか。
落胆する父をみた母は、自分のカバンから絵本の原本を取り出すと、サインして父に渡したそうだ。
「〝ルーラン〟を愛してくれてありがとう」
これが2人の出会い。
そして父の実家…ダンクの街から少し離れた丘の上に建つ、僕が今住んでいるこの小さな家の事なんだけど…、2人は結婚し、ここで幸せに暮らし始めるんだ。
やがて僕が生まれ、僕は〝レッシュ〟と名付けられた。
レッシュとは、どこか遠くの国の昔の言葉で
『光』
という意味があるらしい。
両親と一緒に過ごした日々は、僕にとって、とても幸せな時間だった。
父はよく、母の絵本を僕によく読み聞かせてくれた。
僕も父と同じく、沢山あるお話の中でも〝ルーランの不思議な冒険〟が好きだった。
特に僕は主人公の〝ルーラン〟が大好きだ。
絵本の中で、ルーランはいつも金のラッパを持っているのだが、昔、父がその金のラッパに似せて作ってくれたおもちゃを手に〝ルーランごっこ〟をしてよく遊んだものだ。
父も母もこの〝ルーランごっこ〟を楽しんでいたようで、父は悪の魔人役、母は魔法を使うことができるヒロインの少女役だった…
僕が4歳になった年、僕たちの生活がガラッと変わるきっかけになった出来事が起こった。
あの日も、今日の様にスッキリと晴れた明るい朝を迎えたんだけど…確かあれは午前10時を回った頃だった。
僕の家からは海が見えるから、僕はあの時もずっと窓から海を眺めていた。
いつもと変わらず、青く澄んでいて綺麗だった。
…けれど、突然、海の向こうから今まで見たことのない様な黒い雲がすごい速さでこちらの方にやってきて、あたりは一瞬でまるで夜みたいに暗くなったんだ。
キッチンにいた母は異変に気がつくと、窓の側にいた僕を急いで抱き抱え、黒い雲がやってきた方向をずっと心配そうに見つめていた。
父もすぐやってきて、心配そうにしている母の肩を優しく抱いた。
…いつもにこにこ笑っている優しい両親が、2人揃って真剣な顔で黙り込んだまま空を見上げていたから、すごく怖かったのを覚えている。
やがて経験した事のない強い風が吹きはじめたので、庭に生えていたスモモの木は折れ、丘の草花は風で全部なぎ倒されてしまった。
窓やドアもガタガタとすごい音を立てていた。
しばらくじっと外を見つめていた父が小さくつぶやいた。
「海…」
父に言われて海をみると、天気は大荒れしているのに、不思議な事に波がたってなかったんだ。
…海面は、まるで風がない時の水たまりの様に1ミリも動いていなかった。
あきらかに異様だ。
こんな海は見たことなかったから、すごく不気味だった。
そんな状態が30分くらい続いただろうか。
ふと風が止む。
次の瞬間、目が開けられない程の白い強烈な強い光に包まれたかと思うと、その光はすぐに消えてしまった。
光が消えた後、空はさっきまでの天気が嘘だったかのように晴れ渡っていた。
父は、いつもあちこち跳ねている焦茶色の髪をしばらくかきむしった後、何かを思い出したのか、慌てて家中の壁を占領している本棚の中から、古びてボロボロになっている分厚い本を一冊取り出し、窓側にいる僕たちのところへ戻ってくると、あるページを開いて見せてくれた。
その本には見たことがない昔の文字がぎっしりと書かれていたので、当時、幼い僕には読むことが出来なかった。
でも、ところどころに書いてある図や挿し絵から、どうやらこの本は〝太陽王と光の勇者の物語〟について書かれたものだ、ということは分かった。
そして父が僕たちに見せているそのページは、僕が今でも怖くてたまらない〝暗闇お化け〟について書かれているようだ。
〝暗闇お化け〟とは、空を覆ってしまうほどの、黒くて目玉がギョロギョロしてて人飲み込んでしまえるほどの口を持った大きな化け物だ。
伝説では、世界の光を憎む人物が、悪魔と魂の取引をして手に入れた力で作り出し、世に放ったとされていて、太陽王と光の勇者が倒したと言われている。
僕は黒色で塗りつぶされた大きく不気味な〝暗闇お化け〟の挿し絵から思わず目を背けてしまった。
父は静かに言った。
「この本は、あの有名な〝太陽王〟を支えていたとされる、ジェフという牧師様の日記だ。
…このページは〝暗闇お化け〟について書かれている。
有名な伝説では〝暗闇お化け〟は、太陽王と光の勇者によって倒された、とされているのは2人とも知っているね」
僕も母もうなづいた。
「…ところがジェフの日記には、〝暗闇お化け〟こと〝闇の亡霊〟は、倒されたのではなく、〝封印された〟と書かれているんだ」
「えっ…?」
僕を抱いたまま父の持つ本を覗き込んでいた母がハッと息を呑んだのが分かった。
「語り継がれてきた伝説と違う…?」
父はうなづいた。
本を持つ手がかすかに震えていた。
「ジェフの日記にはこう書かれている…。
………
…何日も続いた〝闇の亡霊〟との戦いは想像を絶するものだった。
太陽王と光の勇者は人々の為、力を尽くして戦っていた。
しかし、ある時、2人は何かに気がついたように、突然戦う手を止めたのだ。
〝闇の亡霊〟を見上げるその表情はどこか悲しそうに見えた。
そして、どうすることも出来ないでいる勇者に向かって王は力強くうなづくと、勇者が止める間もなく、容赦なく襲い続けてくる亡霊の方へ1人歩き出したのだった。
それを見た勇者はぐっと唇を噛み締め、手にしていた輝く剣を天に向かって掲げた。
王は一度だけ振り返り、勇者が剣を掲げたのを見ると、何か言葉を小さく呟き、亡霊の目の前で、いつも肌身離さず持ち歩いている金色の楽器をゆっくりと奏ではじめた…。
その楽器は、昔、私が彼にあげる事が出来た、唯一の贈り物だった。
奏でていた曲は、彼が王になってから毎朝、世界の平和を願い、城の1番高い塔の上から演奏していた曲だったが、いつもとは違い、とても悲しげに響いていた。
王が演奏し始めると勇者の剣から光が放たれた。
放たれた光は、楽器を演奏する王を照らし、優しく包み込む。
それはまるで、王自身が輝いているかのように見え、その姿は、この世の者とは思えないくらいに美しかった…。
王は、演奏を終えると金色の楽器をそっと地面の上に置き、少し動きが鈍くなった亡霊をそっと抱きしめた。
すると、ずっと勇者が掲げていた剣が、まるでその時を待っていたかのように1人でに勇者の手を離れ、王と亡霊の方へ光をまといながら飛んでいったのだ。
次の瞬間、目も開けられない程の強い光に覆われて、目の前が真っ白になってしまった。
何が起こったのか全く分からない。
一瞬で光は消えたので恐る恐る目を開けると、先程まですぐそこにいた王の姿も亡霊の姿もそこにはなかった。
たった1人残された勇者が、地面に残されていた楽器をそっと拾い上げ、ぼうっと立ち尽くしている。
世界の人々はしばらく目の前の状況を理解できないでいたが、亡霊が居なくなったのを確信すると勝利を祝いあった。
私は喜びに湧く人々を掻き分けながら、今にも倒れそうな勇者の元へと急ぎ駆け寄った。
勇者は憔悴しきっていた。
私が彼に近づくと、彼は私だけに聞こえる声で静かに話しはじめた。
「…〝闇の亡霊〟はまだ生きています…。
王も私も殺すことが出来ませんでした。
あれは…あの亡霊は、王が昔、王妃様に贈った、太陽の形をしたペンダントを持ってました…。
…あのペンダントは、王と王妃様の2人だけが持つ、世界に2つしかない特別なものです。」
私は驚きのあまり声を出すことが出来なかった。
彼は話を続けた。
「王は自らの体の中に亡霊を封印し、王国の城の地下深くで長いながい眠りにつきました…。
さっきの光は、その封印の際に起こったものです。
しかしこの封印は永遠のものではない為、いずれ解けてしまうでしょう。
私は、再びあの亡霊と戦う為に準備をしなければなりません。ですが…」
勇者は言葉を詰まらせた。
上手く息が吸えていないようだ。
とても苦しそうにしている。
「…ですが…あの封印はいつ解けるのかが誰にも分からないのです。
それは数年後になるかもしれないし、今、共にこの時代を生きる私たちが皆死んだ後なのかもしれない。
私は、いつ来るか分からないその戦いに備える為、残されたわずかな時間を使おうと思います」
勇者はうつむいた。
そして大事に抱えていた楽器を私に差し出した。
「ジェフ様…。貴方の大切な人を守りきる事が出来ず、申し訳ございません…」
彼から楽器を受け取ると、今まで、王となった彼と共に過ごしてきた幸せだった日々が頭の中で鮮明に蘇っては消えていった。
自然に目から涙がこぼれ落ちた。
私は彼を本当の子のように愛していたのだ。
そして私はうつむく勇者を力一杯抱きしめた。
王と共に旅をし、様々な困難に立ち向かい、そして光の勇者となった彼もまた、王と同じく私と血こそ繋がってはいないが、私にとってはとても大切な息子だ。
勇者もそっと抱き返してきた。
その体は震えていた。
私からは見えなかったが、彼も泣いていたんだと思う。
勇者は静かに言った。
「私はすぐ旅に出ます。
もうここへ戻ってくることは出来ないでしょう…。
ジェフ様に最期のお願いがあります。
その楽器を誰にも分からないところへ隠してください。
…太陽王を継ぐ者が再びこの世に現れし時、楽器自身がその者を呼ぶでしょう。
この楽器には決して消えることの無い、強い願いが込められています」
あれからもう何年も経ったが、彼は私の元へ戻ってくることはなかった…。
………… 」
父は今読んだ中の、ある一節を読み返した。
「〝目も開けられない程の強い光に覆われ、目の前が真っ白になった〟
…全く同じ現象が先程
起こった。
…考えたくないが、もしかしたら〝闇の亡霊〟の封印が解けてしまったのかもしれない…」
父は開いていたジェフの日記をそっと閉じた。
「…私は、これから〝太陽王〟〝光の勇者〟〝闇の亡霊〟そして伝説に出てくる〝悪魔に魂を売り、闇の亡霊を世に放った人物〟について調べようと思う。
特にこの〝悪魔に魂を売ったこの人物〟が一体何者で、最終的にどうなったのか…これについては伝説にも出てこないし、ジェフの日記にも書かれていないんだ」
その日から、両親は〝太陽王と光の勇者の物語〟について研究しはじめた。
街の人々は、誰かが作った作り話を本気で信じているのかと、両親を笑ったが、両親は気にしなかった。
少しずつだが、僕も両親の研究を手伝うようになった。
〝伝説の真実を知るために〟
………
あの黒い雲を見た日から8年後…僕が12歳になった年に、その事件は起きた。
この日から〝街の人々が僕を嫌う〟ようになったんだ。
両親が行方不明になったのだ。
その日、僕は母にお使いを頼まれていたので街に出てきていた。
家を出てから10分くらい経っていただろうか。
買い物が終わり家へ帰ると、家にいたはずの両親が居なくなっていた。
さっきまで母が料理をしていたキッチンには火にかけられたままの鍋があり、中のスープは沸騰して吹きこぼれている。
先程まで父が読んでいた本は、ズタズタに引き裂かれた状態で床に落ちていた。
父がいた場所には血が飛び散っていた…。
その後僕はどうしたのか。
実のところ記憶はあまり無い。
かろうじて覚えているのは、家を飛び出て、街中、両親を探し回った事、街の人々は最初こそ驚いて、家に来てくれたり、一緒に探し回ってくれたが、時間が経つにつれて「そのうち戻ってくるだろう」と言い、相手にすらしてくれなくなった事だ。
この日から僕は急に1人になってしまった。
街で本屋と郵便局を営んでいる、父の幼馴染であるマシュさんに、一緒に住まないかと声をかけてもらったが、断った。
両親との思い出が詰まったこの家から離れたくなかったのだ。
それに、ここにいれば、いつか両親が「ただいま」と何事もなかったかのように帰ってくるような気がした。
街の人々は僕の事を「親が神隠しにあった可哀想なレッシュ」と陰で呼び、「作り話を信じて本気で研究するなんて、スピリア家の人間は気がおかしくなってたんだよ。そのまま変になってパッと消えてしまったのさ」と言い出す人まで現れた。
でも僕は、『両親は何者かに連れ去られた』と思っている。
両親は変になっていなかったし、僕を置いて勝手にどこかへ行ってしまうような人では無い。
両親が居なくなったあの事件の日から4年…。
手がかりは未だ何も無い。
僕は今、郵便配達の仕事を手伝いながら静かに暮らしている。
…仕事は好きだ。
金色に輝くラッパを吹けるから。
「貴方宛の手紙を持ってきましたよ」
って教える為に本当は吹くんだけど、ラッパを吹く時、〝太陽王〟や〝ルーラン〟になったような気持ちになれて、嫌な事も忘れられるし、今日も頑張って生きよう、って思えるんだ。
まあ、手紙を受け取る人々の顔は皆引きつっているけど…。
同じ事を只々繰り返す毎日。
夢も希望も今は無い。
何のために生を受け、何に向かって生きているのか僕には分からない。
…だけど僕は、今この時を生きなければならない。
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