第28話 文学少女の奇妙な抗争
ギャングの男の体が宙を舞い、裏路地のコンクリートの壁へと叩きつけられる。
ギャングの食らった蹴りはプロボクサーから繰り出されたと言っても疑われないほど素晴らしいものであったが、その蹴りを繰り出したのは小柄で地味な見た目をしたいかにもな文学少女からであった。
ヒビキ・メアリー・ムラカミ。同級生などからの愛称はヒビキ。
男はボロボロの雑巾のように叩きのめされていたが、ヒビキに関しては服の僅かな汚れを除いてほとんど怪我や出血の様子はなかった。彼女の眼鏡も傷ひとつない。
「があ……なんだおま……」
ヒビキは男の顔面を執拗に殴打する。それは連続で四発繰り出された鋭いものであった。
「どこにある?」
「がへ……が……へ?」
「あんたらの事務所」
「お、教えたら俺が__」
ヒビキは男の顔面を殴打した。その威力はアマチュアボクサーに勝る鋭さがあった。
「どこ?」
「や、やめ」
ヒビキは男の顔面を殴打した。
「どこ?」
「こ、殺され」
ヒビキは男の顔面を殴打した。
「どこ?」
「た、助け」
ヒビキは男の顔面を殴打した。
「どこ?」
「が、言え……む……ガフ……」
ヒビキは男の顔面を殴打した。
「どこ?」
「か、か、かんべ」
ヒビキは男の顔面を殴打した。
「事務所」
「……あ、アルファフォートの……ダウンタウン……城塞通り三番地……」
ヒビキは男を路上に放り投げた。相手が犯罪者で警察に駆け込めない身分であることを考慮してヒビキは殴り倒した相手をそのまま野晒しにした。その代わり、聞き出した場所に対して綿密な襲撃計画を彼女は立てていた。
三日前、ヒビキ・メアリー・ムラカミはいつも通りの一日を過ごしていた。
ヒビキはヴィクトリア・シティに住む高校生であり、プロの小説家でもあった。授業を淡々と、しかし人並み以上の成績でこなしながら、執筆の時間とモチーフの研究に余念がなかった。
「……」
授業全てを終えたら彼女はずっと図書館にいる。部活動は文芸部所属があるものの、普段やっていることは古い小説の読書会とそのレポート、そして秋の統一文化祭、通称『ユニフェス』に備えて発表する小説やエッセイ、詩集などの執筆を進めたりと他のハイスクールと変わらない文化部の部活動が行われていた。
部員は純粋な文学マニアに加えて、小説原作の作品を愛好する程度の文芸愛好家か、なんらかの理由で激しい運動のできない・適さない生徒、あるいはスポーツ文化やそこでの人間関係に馴染めない生徒などのさまざまな生徒が所属しており、そこで思い思いの日常を過ごしていた。
「部長」
「うん?」
「秋の統一文化祭に向けた作品の進捗状況をレポートにまとめました。どうぞご覧ください」
「あ、ありがとう。ここまでやるとはね」
「それでは……私は執筆がありますので」
そう言って踵を返す。ヒビキが学校でやることはこれで終わりになるはずだった。
「部長!大変だ!」
部員の一人が慌てて部屋へと駆け込む。
「どうした?」
「誘拐された!誘拐されたんだ!」
「な!?」
「……」
ヒビキはボロボロの部員の様子を一瞥する。それが全ての始まりであった。
翌日に誘拐された部員は発見される。彼は半殺しにされた状態で近所のゴミ捨て場に放り投げられていた。
ヒビキは皮の手袋を着用した後、ありったけの武器を用意していた。
散弾銃、拳銃、火炎瓶にするための燃料用アルコール、いくつかの包丁やナイフ、防刃チョッキ、ヘルメットなど家庭で用意できるものは全て集めた。
まずヒビキは大量の燃料用アルコールをギャングから奪った車両の後部座席に載せる。
車にはギャングが乗っていた。ただし、彼もまた顔を前衛芸術にされていた。
「出しなさい」
「……へ、へえ、どちらへ?」
「アルファフォート、ダウンタウンの城塞通り三番地」
「ヘア!?そ、そ、そこは」
「出しなさい」
「あ、あそこは」
「車、出しなさい」
ヒビキはそう言って拳銃をギャングに突きつける。
「よ、喜んでー!」
そう言って怯えたギャングとヒビキを乗せた車は指定された場所まで疾走していく。
アイビーズビーチの指定された場所にはヒビキの予想通り、荒くれ者どもが誰かを集団で叩きのめしていた。
「いた」
ヒビキはギャングに殴られているのが攫われた同級生だと視認すると、手早く装備を整え始める。
「……えっと、ヒビキの姉さん?一体何を?」
「救助する」
「は!?」
「何度も言わせないで」
「む、無茶言わんでくだせえ!?死にます!」
「死なない。それより合図出したらこの車をあの建物に突っ込ませて」
「は!?」
「行ってくる」
「え?あ、ちょ!?」
ヒビキは散弾銃、拳銃、包丁を装備してリンチしている荒くれ者たちへと歩み寄る。
「ごきげんよう」
「あ……?」
「その子、返してくださる?」
荒くれ者たちはギョッとした様子でヒビキの様子を見る。彼らが仰天するのは当然だった。銃で武装した年若い少女が猛禽のような目で見据えていれば目の前の状況に仰天するのは至極当然であった。
「ナンジャゴラァ!」
「やろってんのかオラァ!」
「殺すぞアマがオラ!」
流石に荒くれ者たちは恫喝した。
ヒビキは散弾銃の持ち手をスライドして、いつでも発射できるようにした。
「その子を返して」
ヒビキは散弾銃を向ける。
「なめとんのかワレ?南方羅刹連合、舐めとると」
そう言いながら目の前の大柄な男はガムを吐き出しながら拳銃を取り出そうとした。
銃声。
ヒビキは目の前のヤクザを銃殺した。ヤクザの身体はショットガンによる面の衝撃によって壁面まで吹き飛ばされる。バケツを思い切り叩いたような音が荒れた通りに響いた。
「返せ」
ヒビキはショットガンを生き残りの方に向ける。
「その喧嘩、俺らも混ぜろ」
男の声がヒビキの横から聞こえる。
白いスーツを着た眼光の鋭いアズマ人男性が拳銃で羅刹連合傘下の組員を撃ち殺した。
パァン、パァン、パァン。
爆竹のような旧式銃の銃声と共に荒くれ者たちの頭部に風穴が開いた。
「れ?」
二人が倒れた後、リーダー格の一人が白目を剥いて卒倒する。彼の額と後頭部から赤い液体が広がっていった。
「おい、若いの無事か」
白スーツは殴られていた男子生徒に話しかける。彼はひどい怪我を負っていたが無事だった。
「ひ……」
「あー、酷くやられたな。医者に連れてってやる」
「あ、ひ……」
「そうビビるな。俺は味方だ」
白スーツはそばにいた若い荒くれ者に指示を出した。
「おい、医者に連れて行ってやれ。ここなら病院近いだろう?」
「カトウの兄貴。死体はいいんですか」
「それは俺に任せろ。ツテならある」
「へい、承知しました」
そう言って若い男は男子生徒を医者へと連れて行こうとする。
「待て、あなたたちは誰。拳銃を持っているわね」
「俺らは帝都金剛会のカトウだ。心配はしなくていい。君らに手出しはしない」
「ヤクザね」
「そうだ。俺らの狙いはそこで死んでいる仁義外れどもだ。始末できてよかった」
「仁義外れ?」
「アズマ国にあるウチの縄張りで汚ねえブツをばら撒いた」
「汚ねえブツ?」
「いわゆる……麻薬だ。ハッパとかアイスとかいうのな。俺ら帝都金剛会が疑われる。そもそも、俺らは薬物はご法度だがな」
「それはまた変わっているわね」
「あんた。俺たちのことをただの無法者だと思っていないかい?」
「思っているわね。人殺しも詐欺も暴力もやるからヤクザじゃない」
「まあいい。それよりアンタに会えたのは幸運だ。一つ伝えたいことがある」
「……伝えたいこと?」
「アンタは小説家のヒビキ・メアリー・ムラカミだろう?ある人物からメッセージを預かっている」
「……どの人?」
「古物商の『ロゼッタ・ロッソ』だ。胡散臭い金髪の女だ」
「あの人ね。その名前を聞いたのは久しぶりだわ。会うのはもっとだろうけど」
「知り合いのようだな。彼女から『例の情報』が分かったと聞いている」
「なんであなたのようなヤクザが?」
「伝えてくれれば金を出すと言っててな。割の良い依頼だから受けた。俺たちも資金は多くあった方がいい」
「上納金?」
「そういうことだ」
「心中お察しするわ」
「覚悟を決めて足を踏み入れた業界だからな。同情は不要だ」
「そう……どこだって?」
「……ネオ・サンゴン。そこの武闘大会に出るらしい」
「そう……ありがとう。感謝するわ」
「その件だが、個人的に一つ伝えることがある」
「何?」
「出るのか?」
「そうね。興味がある」
「なら大会には俺も出場する。せいぜい気をつけることだ」
「あなた、名前は?」
「オサム。オサム・カトウだ」
「ヒビキよ。お手柔らかに」
「悪いが組の意向で一度出場しろと言われた。もしぶつかったら手加減はできない」
「そうね。お互い様ね」
「……だろうな。噂は聞いてる」
「……用事が済んだら同級生を連れて帰るわ。それでは」
「ああ、道中気をつけろよ。最近のヴィクトリアは嫌な感じがする。特にここいらの治安はお世辞にも良くはない」
「いつものことよ。慣れているから」
「……昔と比べると物騒だな」
「死体任せるわ」
「ああ、ついでだからな」
そう言ってヒビキは怯える同級生を連れて日常へと帰還する。その前に彼女はギャングの男に指示を出した。
「ねえ」
「はい」
「爆破しといて、事務所に突っ込ませる形で」
「……結局やるんですね」
ギャングは渋々、車の配線に加工する。そして、彼は遠隔操作で車を近くの南方羅刹連合のアジトへと衝突させた。
車はシャッターを破り建物の内部で爆散する。
轟音と硝煙、爆炎と共に内部の組員たちが泡を食って避難していた。その退路に向けてカトウは銃撃を加えていた。
それに背を向けた状態で、ヒビキは駅まで歩いて帰還する。同級生は何かを言いたげな様子だったが、ヒビキが目を向けると何かを察したように黙った。
「それでいいわ。何をしたか知らないけど、これ以降は悪い付き合いはやめた方が良いわよ?」
「……そうする」
それっきり二人は沈黙した。ヒビキは同級生を途中まで送った後、携帯端末の通話機能を起動していた。
通話の相手はジョージ・H・ウェルズ。
共和国有数の大作家、そして彼女の後見人であった。
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