第25話 ジムの奇妙な災難 その1
ジェイムズ・ジェンキンスの半生は奇妙であった。
彼はそれなりに幸せではあったが、不運と瀕死に縁があった。
再興歴三二七年の冬。ユキ・クロカワがツァーリン連邦の大使館に立て篭った丁度その時期、彼は死にかけた。理由は警察の車から逃げるマフィアの自動車と激突し、全身を打ったためである。複数箇所の骨が折れたものの彼は幸いにも生きていた。
そんな彼が退院したのは再興歴三月の後半であった。
もっとも生きているだけでも儲けものと言えるようなひどい怪我だったため彼にとっては五体満足で生還できるだけでも大戦果であった。
「やっと退院だよ。病院食なんて何度目だろうな……」
ジムは『ヴィクトリア市立総合病院』の入口からようやく外に足を踏み出すことができた。
「二月には丁度この病院の入口で殺人か何かの事件が起きるし、なんか生きた心地がしなかったなぁ……ああ、外の飯食いたいな……」
そんなことをぼやきながら彼は仕事のために街へと踏み出してゆく。
この日の彼の仕事は取材から始まる。
今日の仕事は政界の大物『ウィンストン・A・スペンサー』。
年齢は七十六歳で、共和国でも有数の名家『スペンサー家』の最重要人物である。彼は再興歴三一四年から三二二年までの間、第五一代共和国大統領の職務を全うしていた人物だ。また、第三次銀河大戦以前から軍や国家の増強に奔走しつつ、戦争回避の道も同時に模索していた。結果として第三次銀河大戦に見舞われたが、優秀な人物の起用、事前の準備の早さ、先見性などから非常に共和国史上最も優秀な政治家として名前が挙がることも珍しくない。
第三次銀河大戦。
二年大戦とも称されるこの戦争はツァーリン連合とAGUとの間で起きたある事件が発端となったと言われている。この戦争においてスペンサー前大統領とその盟友であるハリソン大統領の功績は周到な準備と政策が功を成したという側面が大きく、ハリソン大統領の決断とSIAのレオハルト、そして幾度の危機を対処したレオハルトの部下たちの功績がアスガルドを戦勝国たらしめる要因であるというのは有名であった。
ジムの取材はその大物とのコンタクトから始まる。周囲にはシークレットサービスたちが不審な人物や物、あるいはあらゆる変化に常に目を光らせていた。
「今日はよろしくお願いします」
ジムがウィンストンと握手を交わす。
「ああ、お手柔らかにね」
目の前の老紳士は柔らかな笑みをジムに返す。この顔だけ見るとどこにでもいるような上品で人柄の良さそうな老人にジムには見える。だがジムは記者としての経験からこの時人物が政界の大物たるに値する貫禄と狡猾さを有していることを立ち振る舞いや雰囲気、言葉遣いなどから一目で見抜いていた。
「……今日は戦争の時の話かね?それとも……ハリソン君とのことかね?」
「いいえ、最近ヴィクトリアシティの宇宙港で武器の密売が起きたことをご存知ですか」
「……ああ、その件については知り合いから聞いているよ。警視総監とは竹馬の友だからね」
「幼馴染と」
「ああ、彼は私と違って多忙だから酒をたまに飲むくらいだろうがね」
「彼から詳しいことはご存知ですか?」
「いいや、お互いに公私は分けるように約束しているからね」
「では……もうひとついいですか?」
「遠慮せず聞きたまえ」
「これは現場の担当刑事である『ダニエル・グレイ』警部から聞いた話ですが」
「職務熱心な警部補だと聞いているよ。仕事と地元を愛する警官だと」
「ええ、彼から興味深い話を聞きまして」
「それは?」
「最近、海外系の組織が国内外で事件を起こしています。先日の殺人事件もアズマ系の準構成員が逮捕されていましたが、構成員ではなく組織の指示につながる証拠がなく……」
「現場は苦労しているようだな」
「ええ、ですがこんなものが……」
そう言ってジムが一枚の写真をウィンストンに見せた。
「……どこの組織がこれを?」
「アズマ系のヤクザ組織ですが、AGUを勢力範囲にしている組織の関与も関係しているかもしれないとダニエル刑事から」
写真には『地対空ミサイル発射装置』、『対物狙撃銃』、『大型機関銃』そして『無数の拳銃』が写っていた。
拳銃や自動小銃でも重大な密輸だが、映っていたものはとんでもない代物であった。
「この火器はフロートやAFに対しても攻撃力を発揮するようなとんでもない代物だ」
「……」
「この兵器を取り扱えそうな組織に心当たりはありそうですか?」
「……ある」
「どこです?」
「……規模から考えればヤマオウ組系列の組織か、南方連合羅刹会系列の過激な組織かもしれない。これほどのものを用意するには相応の組織が背後にいると言っても過言ではないだろうな」
「その組織とは?」
「……アテナ銀河連邦領内の組織なら、武器の密輸に関われる組織は無数にいる。どれもが組織力のある勢力だ」
「……一番あり得そうな組織は?」
「不明だ。だが……」
「なんです?」
「装備が管理主義国家勢力のものが多い。地対空ミサイルはツァーリン連邦の国営企業が作ったもので間違いない。安価で丈夫なのが取り柄だ」
「すると?」
「ホテル・レニグラードか、タラソフグループの可能性があるな」
「……とんでもない名前です」
「全くだ。特にホテル・レニグラードは軍隊のような組織だ。兵員は全て軍隊経験者でそのトップはその部隊の指揮官で相当な女傑だった聞く。組織の統制も他の組織と一線を画するもので、これほどの組織は……」
「女傑?」
「そうだ。彼女自身もとんでもない戦士でアスガルド軍にも多大な被害を与えた張本人だ。彼女の戦法は部下の練度と噛み合って神がかったものだと聞く。彼女の羅刹のような攻撃から生還したのは二人……どちらもレオハルト・フォン・シュタウフェンベルグと仲の良い部下だったと聞く」
「その部下とは?」
「さあ……その部隊は共和国軍でも機密ゆえに全貌は明かされはしないだろうが、どっちも小柄な男だったと聞くな。一人は狙撃手でもう一人は……黒い覆面に薄橙の肌をしていた。アズマ系だろうな。これ以上は分からない。すまないね」
「いいえ、貴重はお話を……うん?」
ジムは窓の外で車が止まったことに気がついた。それはワゴン型のバッテリー車で
「どうしたかな?」
「外に車が?」
「君の記者仲間では?」
「いや……?」
ジムは訝しんだ様子で窓を覗いた。
「伏せて!」
ジムの左肩に衝撃の感覚が走る。彼の肩に痛みと熱の感覚が込み上げる。ジムは自分が銃撃されたことを悟った。
「があああッ!撃たれた!撃たれた!」
「ジム君!」
「き、来ちゃダメです!」
窓が割れ、部屋に穴が形作られる。銃撃であった。明らかな銃撃の暴風がウィンストンの命を刈り取るべくその死の猛威を部屋中に爪痕を残し続けていた。
「し、シークレットサービスは!?」
「恐らく……死んでる」
「なんだって!?」
「警備が生きているなら銃撃をするはずだ。だが……」
敵は一方的にジムたちのいる邸宅へと銃弾を浴びせていた。
それをやり過ごした後、ウィンストンは起き上がってある地点へと向かって走っていた。
「ウィンストンさん!?」
「裏口だ!こっちへ!」
「むぅぅ!」
二人はこうして銃弾から逃れるようにしてその場から逃げ出した。その途中、手榴弾が投げ込まれ、爆音が二人の背後で何度も響いた。
二人が這う這うの体で逃れると、そこに敵の待ち伏せがあった。
「があッ!」
ジムは足を撃たれた。ふらふらになってその場に這いつくばる。ジムの目の前には拳銃を持ったツァーリン人がそばに立っていた。
「ああ……死ぬのか……」
ジムは自分が死ぬものだと項垂れていた。それは間違いであった。
拳銃の音は響いたが、撃たれたのは殺し屋の方であった。彼の体がその場でどうと倒れる。
「おじいさま!ご無事ですか!」
若い軍人が拳銃を持ってウィンストンのそばへと駆け寄る。援軍だった。
「チャーリー、遅かったな」
「何を呑気な!早くこちらへ!」
かくして、裏口から三人はその場を後にした。
ジェイムズ・ジェンキンスの半生は奇妙であった。
彼はそれなりに幸せではあったが、不運と瀕死に縁があった。
再興歴三二八年の春。拳銃の傷を受けた後、数週間後に職場に復帰した。あまりにも死にかけすぎたため仕事は厳しいものではあったが、その時の縁があり、ウィンストンらスペンサー家とのコネクションには困らなかった。
「スペンサーさん、あなたには助かります」
「ジム、あなたは恩人だからね。君へいつか恩返しをしたいものだ」
「充分されてますよ。そうだよなチャーリー?」
「その呼び名……家族以外でそれは苦手なので……」
「ああ、ごめんごめん。あ、仕事なんでそれじゃ……」
「ああ……道中気をつけてな」
「ありがとう」
かくして、そんなやり取りを交わした後ジェイムズ・ジェンキンスは普段の日常へと帰還する。
病院食から抜け出した後のジムはヴィクトリア・シティのウェストハーリーの一画を目指す。そこのパン屋で野菜たっぷりのハムサンドを購入した後、どこかの公園のベンチでジムは食事と自販機で買ったコーヒーを堪能した。
「ああ、ようやく平和だ」
ジムの周りは記事のネタには困らない。人生自体が事件の連続だからだ。だがジムには悩みがあった。
「トラブルばかりで記者としては困らないがなぁ……」
ハムサンドを頬張りながらジムはそうボヤいた。
不意にジムの通信端末が通知音を響かせていた。
「はい……え?明日から海外ですか!?」
ジムは驚愕する。電話の内容は上司からジムに対する仕事の指示であった。今から海外の支社に出張し、記事になるネタを取材の支援をせよとのことである。
「あーあ、嫌な予感がするなぁ……」
ジムは悲観的な予感に苛まれていた。外国にいるときの彼は不運と瀕死への縁がより強まることを自身の経験から学んでいたからだ。ハムサンドを一気に食べ切った後の彼は携帯端末を使って次の仕事のためのAGU領ネオ・サンゴン行きのシャトルのチケットを大急ぎで予約し、今日の仕事を乗り切ることだけを考えることにしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます