第24話 ラッキー・ギーツ

ヴィクトリア・シティ。裏路地のある一画にならず者の悲鳴が響いた。

スーツ姿のジャック・P・ロネンがゴロツキの腕をへし折ったからだ。

「おい。ボス」

色黒の男が相方であろう小男に語りかける。

「どうした?」

小男は整った童顔で涼しそうな顔で逃げ出そうとしたゴロツキの一人の右足を強烈な蹴りでへし折っていた。何かが折れる音とともに男の悲鳴が周囲に甲高く響く。

武器を持っていたならず者の群れは戦々恐々とした様子で後退した。

「もう終わったのか?」

「当然だろう。雑魚に時間はかけられん」

「雑魚って、どいつもこいつも大男だったろう?」

シン・アラカワが倒したゴロツキは三人。一九〇センチ以上ある強者でマフィアの関係者だった。

一人は顔を完全に潰されており、彼自身の血と顔の怪我で元の表情が分からなくなっていた。

一人は両手両足が曲がってはいけない方角に曲がっており、病院送りは確実だった。

一人は白目を剥いている上に口から血と泡を吐いて、大の字に倒れていた。胴体を執拗に殴られたためであった。

「……嘘だろ…………」

「ま、マジか……」

「な、なあ、冗談だろ……」

「聞いてねえぞ……こんな……」

アスガルド共和国に進出しているマフィア組織の一つルチア・ファミリーの構成員たちが目の前の光景を信じきれず目を白黒させていた。

「援軍、必要ねえよな?」

「ああ、ボスのいう通りだ」

薄橙の小男と色黒の巨漢。このコンビは既に敵の戦意を削いでいた。

集団の中で一番腕の立つ人物を二人は見抜き、しかも目を見張るような速度で無力化に成功したからであった。集団の一斉攻撃をあしらいながら、その相手と対等以上に応戦した事実が荒くれ者集団の気力を削り取る。彼らに銃はない。相手を嬲るためか、自分の暴力に自信があったためか銃の代わりに鉄パイプなどの道具で武装していた。

それが彼らにとって最大の悪手であった。近接戦に分があったのは目の前の二人の男であるとならず者たちは思い知らされることとなる。腕利きの戦闘員を潰された敵の群れは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

「……ボス、大変だったな」

「気遣いは無用だ」

「だがな……」

「くどいぞ」

シンが鋭い眼光を飛ばす。この時のシンは明らかに不機嫌そのものであった

「すいません」

「……いい。それより仕事だ」

「……了解だ」

二人はそう言って夜の街に消えてゆく。最後に残ったのは猛獣が暴れたような凄惨たる残骸の群れと、殴り倒されて道端に寝転ぶ無数のマフィアたちの肉体だけがあった。







この日のシンの仕事は『スカウト』であった。

有能な戦闘員をバレットナインに引き入れ、来るべき強敵との死闘に備える。今回のシンの狙いは凄惨な状況に左右されず高い戦闘力を発揮する人材で、夜間の勤務に強くAFの操縦技術や銃器の扱いに長けた軍隊経験者を求めていた。

「……あいつなんですかい?」

「戦闘力、AFの操縦、裏社会の知識、悪運の強さ、駆け引きの巧さ、拳銃の腕、頑強な生命力に豊富な実戦経験。どれも一流だ」

「よりにもよって『ラッキー・ギーツ』かぁぁッ!?考え直してもいいんですよッ!?」

ジャックの絶叫にシンは淡白な返答を返す。しかし、狂気的なまでに強靭なる意志を伴いながらシンはこう答える。

「そいつを雇う。これは決定事項だ」

「…………」

ジャックはよく知った顔だけに口をパクパクと無意味に動かした。

「俺の言ったことに間違いはないか?」

「……確かにヤツは有能です。ですが、あの男はちょっと問題があってね」

「問題?」

「……イカれているんですよ。いつも占いとコイントスを好んでいて、一人称は『俺様』で戦う時ですらふざけ続けていて、それでいて戦闘の天才かつ外道を惨殺することに関しては天下一品ときたものだ」

「最適な人員だ」

「これが敵の要塞を爆破する任務ならな」

ラッキー・ギーツ。

アテナ銀河連邦こと、AGUの正規軍では半ば都市伝説のように扱われるイーダ人の元軍人である。性格は狂気的で好色、大胆で浮世離れしているという内容が支配的である。敵の頸動脈を咬みちぎって血を啜ったという逸話もあれば、戦いから逃げ出したあと歓楽街で風俗嬢と一晩中遊んでいたなんて話もある。かと思えば、敵の機甲部隊を少人数で潰した挙句生き残った敵に対して執拗に拳銃を使った運試しを迫って勝ったなんて噂もある。いずれにせよおおよそ正気の人物像ではないということはシンもよく知っていた。

だが、シンにとって必要なのは孤独と絶望を抱えた人物を救うための力である。

もし、ただ狂気的な人物であればシンはむしろ率先して秘密裏に闇に葬っていただろうが、彼をスカウトすると決めたことには大きな理由があった。

「ギーツに一つ質問をする。それで今日決める」

「質問の内容が気に入らなかったら?」

「当然殺す」

「………………お、おう」

今宵命をかけた面接が始まろうとしていた。

シンたち二名は集合場所である『バー・ビーハイヴ』へとたどり着いていた。そこには『ロゼッタ・ロッソ』と呼ばれる美女が情熱的な色合いのドレスを着て椅子に腰掛けていた。彼女はギーツとの接触を仲介してくれた人物である。

「いるか?」

ロゼッタは妖艶な笑みを浮かべる。その美貌と豊満な肉体はアディに勝るとも劣らない魅力を有していた。

「ええ、あ・そ・こ」

からかうようにある一点を指差す。

「ルナティック!!美女にスリルに酒の香りぃぃい!そして俺の月占いの結果はぁぁッ!?うぅぅん!一位ィィィィッ!」

長髪で騒がしいイーダ人の美男が踊るようにしてシンたちの前に現れる。彼はジャックを指差すなり、満面の笑みで指差した。

「おやぁ!今日はついてるぜ!今日やってた『本日のドキドキ占星術』のコーナーではなぁ、堅物のツッコミキャラと仲良くしておくとラッキーが増すって結果が出てなぁ!これはツイてるぜ!!堅物のジャックがいるからなぁ!?」

「お前がおかしすぎるだけだ!!」

ジャックは困惑と苛立ちの混じった顔でギーツを睨みつけた。当の本人は予測不能の言動を繰り返しながらヘラヘラと笑い続けていた。

「……アラカワ社長?ほ、本当にこの人雇うの?」

社会の裏と表を知る海千山千のロゼッタをもってしてシンの発言にひどく困惑していた。

「ああ、雇う。条件があるがな」

「おう!太っ腹!お大尽!さすがは神をも恐れぬ元カール大佐直属の特殊部隊士官殿ぉ!尊敬してるぜぇい!?」

シンの言葉を聞いてギーツはさらに機嫌をよくしていた。

「喜ぶには早いぞ」

「……ほう?ギャンブルはそこそこできるぜえ?」

「俺は今から質問をする」

シンはそう言って、構えをとる。早撃ちの態勢だった。

「……」

あまりの殺気にギーツの表情も引き締まる。

「……」

「……よく聞け、俺は一つ質問する。決して失望させるなよ?」

「……お、おう」

「……質問だ。ある兵士が重要な警護業務で女の子を護衛している。敵対する勢力の使者が兵士に少女の引き渡しを説得しようとする。その際、敵対者の交渉人から女の子が高度な精神操作能力を持ち、兵士を洗脳している可能性を示唆した。少女は実際に能力者であり、洗脳を行った痕跡が確認できている。兵士であるお前は少女をどうする?」

「……!!」

ジャックの表情にあからさまな動揺が走る。

しかし、対照的にギーツは微笑を浮かべてこう言った。

「おいおいおい、そりゃ当然……」

そう言ったシンの殺気が極限まで強まり、周囲を支配する。

「どうもしねえ。俺の仕事は少女を守るからだろう?」

「……ほう?」

シンの表情が明らかに軟化していた。

目の前のロン毛男から答えを聞いたシンの全身から殺気が急激に引いてゆく。それは引潮のように巨大な質量をギーツにすら感じさせるものであった。かと思えばその直後には殺意が消えた静寂だけが断崖絶壁のように静かに、しかし厳かに横たわっていた。

「それが正解っぽいけど質問いいか?」

「なんだ?」

「少女が兵士を洗脳した理由は?」

「ほう?」

「家族が欲しかったとか素朴な理由かもしれねえだろう?この世界は孤児でなくても親がクソ野郎だとかそういう線もあるじゃねえか?なら狙いが分からねえ内は結果だけで行動を急ぐ必要はねえんじゃねえ?」

「なぜそう思った?」

「そりゃよ。俺もきつい生まれのやつとか見たからよぉ……それこそこっちまで絶望で死にたくなるほどのとびっきりがいるからなぁ」

彼の表情からヘラヘラした陽気な笑みが消え、代わりにどこか寂しそうな表情がそこに存在した。

「……質問の時点では知る手段がないとすれば?」

「なおさら調べたり聞いたり必要じゃねえ?少なくとも引き渡したら死ぬ可能性とかあるだろう?」

「そうだ。大いにあるし、死なないにしても拷問同然の可能性が」

「ならヨォ!?なんでぇそんな質問をする?」

「それは次の質問次第だ」

「……おもしれぇクイズだねえ!」

「今度こそ最終質問だ」

シンの雰囲気が再度変わる。殺意の空気が暴風のようにギーツの肌を叩く。

「少女は君を意図的に好意的にするように洗脳したとわかった。そして少女はこの瞬間を除いて君を洗脳する意図がある。彼女を殺せば君はずっと自由意志を確保できる。君は少女を殺したり敵対者に引き渡したりすることができる。君は少女を殺すか?」

「……」

ギーツが黙ったのを見てジャックはダメかと目を瞑った。だが、次の瞬間ギーツはゲラゲラと大笑いを浮かべた。

「ゲヒャヒャ!これは面白い質問だねえ!」

「答えは?殺さなければ君は少女に操られるリスクがあるぞ?」

「変わらねぇぇ!少女は護衛する一択ッ!!俺は仕事を終えて無垢な少女と帰宅ゥゥッ!」

「……ほぉ?」

「アラカワ社長ぉ。お前も人が悪いねぇぇ!そもそも仕事はリスクは必須!常に活路は開拓!」

「それが答えでいいか?」

「いいぜ」

シンは微笑を浮かべ、ギーツに手を差し伸べた。

「生還おめでとう。採用だ」

「……おっと喜ぶのは早いぜ。アラカワの社長ぉッ!」

次の瞬間、そう言ってギーツは目にも止まらぬ速度で拳銃を抜き、シンの背後にいた男を射殺した。胸から血を噴き出しながら、アタリア系の刺客がどうとその場に倒れる。彼の手から刃渡り五センチのナイフがこぼれ落ちていた。

「パーフェクトだ。ギーツ」

「見抜いていたのに後ろ取らせるんですねぇ?」

「俺なら心配ないが、お前の実力が見れてよかった」

「スリリングで長い付き合いになりそうだからなぁ。死んじゃ困りますぜ?」

そう言ってシンとギーツは固い握手を交わした。

ジャックは心底複雑そうな顔でこう発言した。

「……相変わらず悪運が強えな」

「丈夫で柔らかい体と運の強さが取り柄の『正義のヒーロー』です。モノホンです」

ギーツはそう言って微笑んだ。イーダ人の持つ肉食の犬歯が綺麗な白色を見せる。

「やれやれ……退屈はしなさそうだな」

そう言って三人は店の外に出る。その後、銃を持ったアタリア系マフィアの一団がシンたちを狙った。が、彼らは全員重傷者となってその場で横たわる。その戦闘が警官たちが来るまで続いたせいでシンたちは警官たちに拘束された。後日、顧問弁護士の力を借りて釈放されるまで彼らは一日分の時間のロスを味わうこととなった。

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