第22話 再興歴三二八年度臨時会議
レナ・シュタインとフェリシア・ピアースは厳しい訓練の後、SIAの大会議室へと向かうよう命令を受けた。その日の訓練は人間時での格闘訓練と銃器を用いた射撃訓練、地獄の筋トレとマラソン、水泳などをこなした後のことであった。
「……リア、大丈夫?」
「……大丈夫じゃない。しんどい……」
「厳しいもんね……ソニア教官は……」
「ソニアさんもだけど、ライムさんとの格闘訓練はきついよ……何度やられたんだろう」
「あー……あの人、体育会系女子って感じだよね」
「というより、ワイルド?」
「ねー……はぁ」
二人が話をしていたのは教官役を務めたSIAエージェントのことである。
ソニア。
『ソニア・ストーン』ことソニア女史はどういうわけか常時メイド服を着ている。
それは彼女がアスガルド共和国有数の名家『シュタウフェンベルグ家』の従者だった過去をもつことも強く関係していると二人は理解していた。
瀟洒。エレガント。よく気が回り、洗練されている。
彼女の人柄は従者として完成されていた。その一方でシュタウフェンベルグに来る前は歴戦の猛者だったとも、辛く悲しい過去があったとも聞いたことがあり、そのせいか彼女は生真面目一辺倒な性格ではなく、厭世的な一面や冗談を好むような掴み所のない部分が存在していることをレナとリアの二人は良く理解していた。
『ライム・ブロウブ』。仲間や親しい人物には『ライム』と呼ばれている。戦闘民族ウーズ人の武家ブロウブ一族の出身者であった。ウーズ人は粘液の体を持つ知的種族だ。彼女の人柄自体はバリバリの武闘派というより快活で元気いっぱいな少女と表現するのが適切だったが、戦闘と運動能力に関しては誰よりも秀でたところがあった。ただ、天才肌である分、教えるということに四苦八苦している部分があり、レナとリアの二人はそのことによって割を食うことが多々あった。それでも彼女の厳しい訓練によって大きく身体能力が向上したことも事実であり、フェリシアの身体能力に関してはメタビーング化以前と比べると比べ物にならないほど急成長をしていた。
そんなソニアとライムの二人は『ペトラ・ルーナ』という植物と人の特徴を併せ持つアルルン人の女性と仲が良く、その付き合いはSIA入局前からあった関係であった。レナたち二人が会議に向かう命令を聞いたのは他ならぬペトラからの伝言だった。
「この組織って凄いよね……個性豊かというか」
「ユニークというか……ね」
「優秀なのは間違い無いけど、みんな個性的だよね。面白人間集合というか」
「ねー」
「サイトウ中尉、悪い人では無いけどさ。三枚目キャラで損してない?」
「本人ノリノリなのに?」
「そうなんだけどさ」
「変態さんなのは間違い無いよね。嗅覚妙に鋭いし」
「うー……あの人、自分の欲望に正直だよね……あはは……」
「コスプレ、やっておいた方がよかったかしら。服可愛かったし」
「やめなさいよ。リアってお人好しなんだから」
「お洋服フリフリで可愛かったよね」
「そうだけどあたしはやだけど」
「どうして?」
「うー……私もヘッドロックぐらいしておけばよかったかしら……スチュワート・メイスン大尉みたいに」
「あれウケたな。みんなで」
「ねー」
そんなやり取りをしつつ、二人は会議室へと向かう。二人は扉を開けた瞬間、その身を潰しかねないほどの緊迫した空気に既に圧倒されていた。
SIAを代表する大幹部が集結していた。
ソニア、ライム、ペトラの三人も当然その場にいた。そしてそれに勝るほどの猛者・技術者・知識人が何十人も揃っていた。
レナとフェリシアの二人が知っている顔もいた。
『マリン・スノー』。愛機の名前になぞらえて『エージェント・K』などのコードネームとも称される。普段はサングラスかマスクなどで正体を隠しながら、任務を遂行する。身体能力はメタ・ビーングである二人から見てもハイレベルで、身体に高度な自己修復能力をも有している。
『コウジ・サイトウ』。かつてのトップエージェントであるシン・アラカワに匹敵する実力者で、SIA屈指の武闘派。武器やAF、爆発物の扱いに長け、戦闘経験も豊富で格闘戦に関してもトップクラスの技量を有する。
『ジョルジョ・ジョアッキーノ』。AFや戦闘機などの名パイロット。機関銃の腕も一級。
『スチュワート・メイスン』。サイトウとジョルジョの抑え役で優秀な前線士官。
『ミリア・メイスン』。スチェイの妹で共和国の警察系組織にいた経歴を持つ。調査担当。
『ジョージ・ランドルフ・ブラウン』。調査担当、映像解析と機械の専門家。メタアクター。
『グレイス・ディヴィス』。スチェイと付き合いの長い女軍人。メタアクターで戦闘に長ける。
『アオイ・ヤマノ』。メタビーングの戦闘員。変幻自在な三次元戦闘を得意とする。
『サブロウタ・マツノ』。アオイの夫で、異色の経歴を持つSIAの交渉人。
『ギュンター・ノイマン』。天才科学者。物理、医学、生物学などに秀でる頭脳派。
『キャリー・カリスト』。SIA女三人組の一人。控えめな性格をした変異型メタアクター。
『レイチェル・リード』。SIA女三人組の一人。情報と人脈に長けたギャル系メタアクター。
『アンジェラ・ヘラ』。SIA女三人組の一人。珍しい重力を操るメタアクター。
『シーシャ・オーシャンズ』。SIAのマスコット枠。人間並の知能とメタアクトを持つイルカ。
『ドロシー・アーリー』。自我を持ち、医師免許を持っている銀河でも有数のドロイド。
『アルベルト・イェーガー』。SIAの切り札、超A級スナイパー。狙撃の腕は銀河屈指。
『チャールズ・A・スペンサー』。SIAの副長官。名家スペンサー系が誇る名参謀。
そして、『レオハルト・フォン・シュタウフェンベルグ』。SIAの若き長官。人材育成、指揮能力、『運動エネルギー操作のメタアクト』を有し、攻守や智略、人望などあらゆる面で隙がない。
「スペンサー、全員いるか?」
「ええ、例の別任務で来られない二名を除いてですが……」
「彼らはしょうがない。後で僕から、会議の結果を伝える」
レオハルトはチャールズ・A・スペンサー大佐とそうやり取りした後、全員の前に向き直った。
「みんな、集まってくれてありがとう。今回の臨時会議の最初の議題は他でもない『リセット・ソサエティ』のことだ」
レオハルトの言葉に最初に反応したのが、サイトウだった。
「国外でそれらしき連中が大暴れしてやがる。アイビスタンは革命の件でシンがやってくれたからどうにかなったが」
「ああ、我が国の時空管理局がホソカワの件である不吉な情報を提示してきた」
「情報?」
サイトウの怪訝な顔を見たレオハルトはそばにあった端末を操作する。
するとレオハルトのそばにあったホワイトボードにグラフと計算結果の表が存在した。
「ゲェ……」
そのセリフを言ったのは他ならぬギュンター・ノイマンであった。
これがサイトウやレイチェルならばまだ和やかな雰囲気が保たれたが、『ノイマンが』発言したという現実が何より深刻な状況であることを雄弁に物語っていた。
「ノ、ノイマン先生?俺たちにも分かるように……」
「そそ、私たちだとちょっと……ねえ……」
一方のサイトウやレイチェルは数字の羅列に関して大方の予想通りその意味を図りかねている様子であった。そこで友人のスチェイが毒舌混じりではあるが助け舟を出していた。
「ノイマン先生、この哀れな友の脳みそにも分かるよう説明をお願いします」
スチェイの発言を受けてノイマンは簡潔な言葉で説明を行なった。
「……簡単に言えば、誰かが時空をいじった」
「……時空?」
「ある惑星のある地点、そこでホソカワと思われる男が数人のガーマ人とともに無許可の時空航行らしき転移を行なった形跡を観測した。これはまだ他の国には伝えられていない」
「時空航行は違法ってことになっているよな。少なくともこのアテナ銀河においては」
「そうだ。国籍はガーマ人とはいえアスガルド国籍の人物だが、その素性が問題だ」
レオハルトとサイトウが会話を交わした時、ボソっと発言するものがいた。
「……旧帝政派」
イェーガーだった。
「……きゅ、なんだって?」
サイトウが目を白黒させる。
「旧帝政派。ガーマ人の大半は五大国の人間として帰化し平穏な生活を望むものがほとんどだが、まれに過激な行動に走る者がいる。……以上だ」
「……ああ、とどのつまり極端な政治思想を持った連中か。よくある話だな」
サイトウが納得したところでスペンサーが補足説明を加える。
「そうだ。ガーマ系の少数過激派組織である『ガーマ旧帝政派』のリーダーを含む主要人物がホソカワと結託して違法な時空航行に参加している。我々はこの件に対して調査を行なわれることが大統領令によって決定した。……察しの通りこれは極秘任務だ」
「……誰が行くんです?」
シーシャが水槽を兼ねた専用服の上からそう発言する。
「全員。ただし、本作戦は複数の班に分けて行うことが決定している」
「第一班はシン・アラカワとイェーガー少尉を中心としたチームですね」
ドロイドのドロシーが紙の資料を読みがら、そう発言した。
「そうだ。ドロシー」
「懐疑提言、イェーガー少尉はともかく民間警備会社であるバレットナインに業務提携を行う理由が不明」
その疑問にレオハルトが答える。
「シンは元々SIAのエージェントであり、ユキ・クロカワも同等以上の戦闘力を有していると判断したためだ」
「提言追加、その調査に民間人であるグレイ氏とブラウン氏を同行させる理由が不明」
「その科学者と探偵の頭脳は共和国でも有数であり、未知の並行世界での探査には重要な役割を果たせることが期待できるからだ」
「了解。懐疑対する一応の回答を得たと判断する」
「一応か……」
「彼らは共和国一の知識人であり、変人でもあると判断する」
「……ドロシー、ここでその発言は……」
レオハルトがそう発言した後、共和国の英雄レオハルトやスペンサーの策士であるチャールズですら予想外の方角から思わぬ爆弾発言が飛び出すことになる。
「変人……俺らもそうだな」
その発言にその場の空気が完全に凍りついた。
発言をしたのはよりにもよって『サイトウ』だった。
「俺としては仕事も大事だが、可愛らしい女の子の空気を吸っていられることはもっと大事だぜ。なにせ俺は女性美と!フェティシズムの!求道者だからさぁ!なっはは!」
すかさず『グレイス』がサイトウに発言する。
「サイトウ……?」
「どうした?俺を踏んでくれてもいいぜ、グレイス?」
「するかぁぁ!!」
グレイスはサイトウを正面から組みついた後、彼女はそのまま哀れな変態の肉体を地面にダイブさせた。レスリングの投げ技であった。それをくらったサイトウの表情は苦悶ではなく得意げな笑みを浮かべていた。
「ジョルジョ、お前もやるか?」
「やらねえよ!!」
そのあまりにシュールさを極めた光景にスペンサーと女性陣は頭を抱え、残りの男性陣もその反応は様々だった。
「これがレスリングですか。へぇ、大したものです」
困惑する周囲をよそにギュンターだけが興味深そうにそれを観察していた。
そんなちょっとした騒動をもってその日の臨時会議は閉幕となった。
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