第21話 狩人とヤイバ

イェーガーは休暇中も自然の中にいる。

彼の故郷コールドヒルは、惑星ヴィクトリアの北部に位置する地方都市だ。人口は30万人、観光業や農業、林業、高級家具の制作などで生計を立てる人がほとんどである。そこから十キロほど先をいくと完全に自然の領域となる。針葉樹と野生生物が住まう厳しい寒冷地だ。

イェーガーは白を基調とした防寒着を着込み猟銃を抱えて雪山の中を軽々と駆ける。

雪原は人の進行を阻むがイェーガーの動きは誰よりも軽い。

身長は一六二センチ、見た目は小男だ。

猟銃を持つ小男。

だが、その男は小さな『死神』でもあった。

死神の獲物はカモ。素早い鳥だ。

コールドヒル・アイダーなる名前で知られる。水辺の近くに住むこの鳥は再興歴初頭の入植期から食用肉と羽毛の採取のために狩猟の対象とされていた。

その鳥の一羽に対してイェーガーは狙いを定める。

よく肥えた若い鳥であった。

確実に仕留めるべく、肉の鮮度を保つ目的もあり、狙いは首となる。

イェーガーは猟銃の状態を再確認し、安全装置を外す。音をなるべく最小限に抑え、スコープを覗く。獲物の状態を確認しながら狙いを定める。

銃声。

イェーガーは仕留めた。若い鳥が首から血を流し、仲間の鳥は逃げ惑う。彼はもう一度引鉄を引いた。

銃声。

二羽目を仕留める。イェーガーは飛び去る寸前の若い鳥を仕留める。それ以外は飛び去った。

その後、彼のやることは決まっている。

血抜きだ。

肉の臭みを取り、羽毛を可能な限り万全な状態で確保するため血を完全に抜き取る。

その後は小屋に行く。イェーガーの家のそば。カモを羽毛と食肉に分けるための仕事場であった。

肉を塩漬けにして保存した後、羽毛を売りにコールドヒルの街へと向かう。その道中、イェーガーは遠くから飛来するものに目を向ける。

イェーガーは目が良かった。2キロ先の飛来物を視認する力があった。

「……フロートか」

フロート。

またはフローター、フロートユニット、浮遊翼機、軍用の場合はフロートガンシップなどとも称される浮遊航空機の総称である。

機体上部に取り付けられた反重力装置を起動させ、機体を飛翔させる。かつてヘリと称された回転翼機のようにホバリングも可能にし安定性はそれを遥かに超える機体安定性を有していた。

イェーガーは物陰に隠れスコープ越しに機体の所属を確認する。軍用機であることや、内部のパイロットは軍服を着ていること、レオハルト中将が乗っていることを視認する。

「レオハルト中将」

イェーガーが物陰から出て敬礼を行う。

彼のそばに軍用フローターが着陸した。

レオハルト中将は立派な軍服でイェーガーを出迎える。その表情は家族を見るように穏やかなものであった。

「すまないね。休みの時に」

「気にしないでください。この力は全てマスターのためのものですから」

「すまないね。僕は君に頼ってばかりだ」

「私が救われたのはあの時のあなたの演説のためです。だから、恩返しは一生続ける所存です」

「ありがとう。でも、あれは世間知らずな少年の言葉で今の僕の言葉ではないよ」

「あれは他ならないあなたの言葉です。それでも、俺は救われた。その恩返しをしたい」

「ありがとう」

イェーガーは寡黙だが、レオハルトの前だと口数は多くなる。それはイェーガーにとって数少ない信頼に値する人物であることも関係している。だが、それ以上にイェーガーの一生を変えた恩人としての敬意も強く出ていた。

「それで、私にどんな任務を?」

「任務は二つある。どちらも緊急だ。だが、フランク連合に向かう船の件はいくらか時間的猶予がある。最初にやってもらうのは……」

一泊おいてからレオハルトはこう発言した。

「狩りだ。ある男を狙撃してほしい」

そう言ってレオハルトはホログラム投映装置をフロートから持ち出した。それは小型の正方形で手のひらに収まる程度の大きさをしていた、レオハルトはそれを動かすと空中にある男の顔と彼のいる位置が浮かび上がった。

「ツァーリン・マフィア『タラソフ・グループ』の幹部、フョードル・F・タラソフだ。彼は今、このコールドヒルの北西部にいる」

「……奴がここにいる理由は?」

「取引だ。この辺は人が少なく、ヴィクトリア・シティと地理的に近い位置にある。そこである物の取引をする予定だという調査結果が出た」

「……取引の内容は?」

イェーガーの問いにレオハルトが少し間を置いてからこう答えた。

「武器と麻薬の取引」

「……相手は?」

「それが重要だ。我々の調査によれば……『ヤマオウ組』とされている」

「……」

「ヤマオウ組はアズマ国内でいくつかの組織と抗争を行なっている。その準備として武器と資金の用意をしているようだ。シャーロット号の事件もある。取引を阻止し、敵の弱体させてほしい」

「……とりかかろう」

「頼むぞ」

そう言ってレオハルト中将はイェーガーに端末を渡される。受け取ったイェーガーは指定された場所まで雪原を駆け出して行った。

雪に慣れているイェーガーは平原を駆けるような速さで目的の地点に進んでいった。そこまで行くと雪が少なく、木々や草の茂みの多い場所へと彼は出る。彼はゆっくりと身を隠しながら茂みからおおよそ五〇〇メートル先の目標を伺う。

集団が二つあった。

一つは黒服のアズマ人で強面のならず者で構成されていた。

もう一方もツァーリン系の猛者たちで軍隊のような整然とした印象を放っていた。

「右は十人、左は十二人」

端末でイェーガーはレオハルトに報告をする。

「了解、十分警戒しろ」

「了解で……な!?」

イェーガーは慌ててライフルのスコープを覗く。

「どうした?」

「集団に向かってくる男が……刃物などで武装しています」

「刃物!?」

「刀です。背の高い成人男性が……」

そう言った時だった。筋骨隆々で、sグラサンを着けた男が風のように駆け、ヤマオウ組の集団に死をもたらした。

斬撃を受けた五人のヤクザたちはバラバラになった。強面の顔は裂け、鍛えられた肉体は千切れる。男たちは反撃の血と肉と布の群れとなって雪原を紅に染めた。反撃の隙すら与えられることなく肉片となる。

タラソフの方と生き残りのヤクザはどうにか拳銃を取り出して、反撃に移る。だが拳銃の弾を刀の男は軽々と回避し、ただそばにいた生き残りのヤクザの頭部を殴った。彼の頭部は自動車と衝突したかのように砕かれ、血と脳を撒き散らした。

「化け物がぁあ!!」

ヤクザの一人が抜刀して刀男に肉薄する。

「チェエエエエエエ!」

甲高い雄叫びと共に大きく振りかぶるように斬りかかる。

アズマ国には四つの領域に大別される。その一つ『九国州域』には一撃必殺に特化した剣術が存在し、彼の戦闘の流派はまさしくその技であった。

だが、敵は速すぎた。十分に振り被る前にヤクザの喉を何か薬品のシリンダーが刺さる。

そしてグラサンは砂鉄の入った袋で殴りかかろうとした背後の敵に持っていた薬品を目に突き刺した。

「がァアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「ギィイイイイイイイイイイいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

シリンダーで刺されたヤクザは毒虫に刺されたかのように腫れ上がった。

片方のヤクザは顔全体が、もう片方は胴体を中心にブクブクに急速に腫れ上がった。それはもはや毒虫による皮膚の膨張の比ではなく赤い風船のように腫れ上がった。

そして、二人は潰れたトマトみたいに破裂して死んだ。

「兄貴!!」

「殺せ!殺せ!」

ヤクザたちは追い詰められ死に物狂いで男に向かう。

その瞬間、残りのヤクザは全て首を落とされた。その内の一人は肉体が灰塵と骨となって消えた。

グラサンの男は片手に円盤上の投擲武器を持っていた。

「……似ている」

「どうした?」

「まるで、シンの手裏剣だ」

「……まさか忍衆か?」

「ニンジャにしては随分とモダンだが」

イェーガーの言う通りグラサン男は黒衣の下に強化服を着込んでいた。

その男はタラソフの方を一瞥した後、興味を失ったかのようにその場から去ろうとする。

だが、取引を邪魔され怒りに震えたタラソフは部下に命令を下そうとした。

その時だった。イェーガーが狙撃を行ったのは。

イェーガーは息を吐いた。吐いた後、スコープの照準を男の頭部に合わせた状態で狙撃手はゆっくりと引き金を引いた。

鋭利となった意識の中でイェーガーは撃った。

彼と標的との間には空間と無だけがあった。集中だけが支配する空間を弾丸だけが飛来する。そしてタラソフの頭部は完全に砕けた。鮮血と肉片が飛び散る。

残りの敵は全てグラサンの男に狩られ、拾ったで銃殺される。

イェーガーはグラサンとタラソフの部下が互いに争う。

その隙に、彼はその場から離脱した。


イェーガーの帰還をレオハルトは暖かく迎えた後、二人は急いでフロートで離脱する。

「毛皮は?」

「預かった。商売の方は僕が話をつけておく」

「感謝します」

「仕事はどうだ」

「完遂しました」

「良かった。だが気になることがある」

「グラサンのニンジャもどきですか?」

「そうだ。我々は奴を『ヤイバ』と呼ぶことにする。情報が少ない」

「私の方でも調べてみますが、一つ気になることが」

「どうした?」

「ヤマオウ組関係者の中に奇妙な反応をするものが」

「奇妙な反応?」

「死んだ後、肉体が塵になったり、薬品を打ち込まれて爆裂するものがいました」

「……そうか」

「彼らに関しては?」

「彼らに関してはデータがある。おそらく、吸血種だ」

「……」

「彼らは細胞内に特殊な寄生体を飼っている。その生き物を飼うために血を吸うタイプのメタビーング」

「まるで、古代の神話に出る化け物ですね」

「そうだ。そして、そういうタイプは往々にして厄介だ。吸血種に至ってはプライドが高くて独自の社会を築く。派閥まである」

「……後でその情報をお願いします」

「分かった。資料を用意しておく」

その後のイェーガーとレオハルトはフロートの機内で話をしていた。

次の任務のこと、お互いの近況、アラカワの近況、世界情勢について。

一通りの話をした後、イェーガーは窓の外を見た。

白銀の山々が残酷なまでに美しく輝いていた。

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