第20話 ある日のバレットナイン

シンとユキが複数の依頼を終えた日のことである。

二人はセーフハウスを兼ねた事務所へ足を踏み入れていた。彼らの帰還を親友のカズを含めた部下たちが出迎えた。

「お疲れ様です。ボス、ユキさん」

最初にそう発言したのはルイーザ・ルイ・ハレヴィことルイーザであった。まだ二十代の若い女性であったが修羅場慣れした強者であった。見た目の上では金髪の大学生と見紛うものである。

だが、それは彼女の射撃も近接戦の腕も知らない幸福な一般人の意見に過ぎなかった。

「ああ、戻った」

「ヴィクトリアのあの日よりかはマシだけどね」

「まあ、あれは大変だったので……」

「爆弾に殺人ドロイド、AFで宇宙遊泳までしたもの」

「……言葉にすると、色々凄かったです。しかもあの時はラインアークまで……」

「ハヤタか。アイツは昔からお節介なやつだからな」

シンの言葉を聞いてユキはふと何かを呟く。

「ライバルだったものね」

そう発言するユキの表情は少女のように悪戯っぽかった。この表情のユキはリラックスしている証拠だった。生真面目で警戒心の強いユキがこのような表情を見せるのはなかなか珍しいことだった。

シンは思わず笑顔が綻ぶ。その笑顔は少年のような無邪気な喜びが表に出ていた。

「生真面目なお前がキャラに似合わぬ悪戯か」

「あー、言ったね。人をからかうとバチが当たるわよ」

「あはは、俺は神なんて信じないからバチもねえよ」

「そう言うのを罰当たりって言うのよ」

「は、言ってくれるな。俺の相棒」

ユキのムッとした態度にシンはカラカラと陽気な笑みを浮かべながらざっくばらんに接する。その時のシンは仲の良い妹か姉を相手にしているかのように無邪気な笑顔を浮かべていた。

一方のユキは仕事時のシンとは違う表情や冗談を交えた話し方に戸惑いながらも、彼女もまた、肩の力が抜けた状態で自然と笑みを浮かべていた。

すると奥から男の声がした。ジャック・P・ロネンことジャックの呼びかけであった。

「お二人さん?悪いがそろそろ明日のブリーフィングをしようぜ」

「ああ、分かった」

「ジャック。すみません」

「おう。仕事もいいが休みも必要だろう。早めにまとめよう」

「その通りだな。全員来てくれ」

シンはそう言って仕事に関わる仲間を可能な限り全員集めた。

まずルイーザ。偽名をいくつも持つが、本人いわく『ルイーザ・ルイ・ハレヴィ』が本名であるとされている。『ネームレス・ルイーザ』と渾名される彼女は凄腕の拳銃使いであり、優れた狙撃手。裏社会や上流社会の事情に秀でた人物でもある。

ジャック・P・ロネンことジャックと呼ばれる大柄で色黒の男は、かつて『フルハウス隊』と呼ばれる傭兵集団を率いていた武闘派中の武闘派である。彼もシン同様戦闘に向いたメタアクトは持たないが、あらゆる銃火器や機動兵器、爆発物の扱いに長け、傭兵ギルドや探索者組合などにコネなど幅広い人脈を持っていた。

ザザン・アディーネ・スコルピ。通称『アディ』。

彼女はジャックの無二の相棒である。薬学や医学に長け、ジャックと会うまでは船医として船舶の業務をしていたこともあるという。自分の体からサソリの尾を生やし、敵を貫き毒殺する変異型メタアクトを有する変則的な戦い方をする。また、武器の扱いにも長け、暗殺者としてのスキルすら持ち合わせている謎多き女性であった。ルイーザと気が合うらしく、オフの日は一緒にショッピングに出ている一面も。

そして、カズマ・L・リンクス。通称『カズ』。

周辺の空気を操作したり、衝撃を発するメタアクトは有しているが、殺戮を好まず、他の仲間のアシストを主とするシンの親友であった。

戦闘時には捕獲や無力化の手段を得意とする。平時は語学マニアであることを活かしてその豊富な語学知識と外国での交友関係を活かして業務に貢献している。武闘派揃いのバレットナインの中では珍しいタイプであるが、それゆえにストッパー役として鋭い意見を言うことも少なくない。

「全員集まったの何日ぶりだっけ?」

「カズ、『ヴィクトリアの奇跡』以来よ」

「あの時は感謝だよ。恋人のアレックまで世話になったし」

「お礼はお酒がいいわね。ヴィンセント産ウォッカがいいわ」

「う、厳しいなぁアディは……あれ高いんだよなぁ」

アディの冗談を真に受けて、カズはお財布を覗こうとするが、ジャックが制止する。

「冗談だからなカズ。おいアディ、彼にもボスの親友をそうからかうなよ」

「はーい。ごめんあそばせ」

「やれやれ……それはそれとしてシンのボスが俺たちを集めた理由は?」

「ううん?聞いた限りだと、今後の計画と情報交換みたいね」

そう言って全員がシンの顔を見る。

シンは全員の表情を一瞥後、口を開いた。

「シャーロット号の事件の後、アスガルド軍より重要な依頼を受けた。依頼人はレオハルト・フォン・シュタウフェンベルグ。依頼人は信頼できる人物だが、大掛かりな仕事になる。彼によれば野戦・未開探査を想定した装備を必要とするらしいから各自そのつもりでいてほしい」

「レオハルトの旦那の件か。国外は今きな臭いからな。ブローニュにテロリストが出てフランクの方もマスコミが騒いでいるからな」

「そうだ。その時のジャックとアディ、カズの三人は別件で動いていたな」

「そうだ。オズ連合の王族の警備の件でも鮮血騎士団の狂信者を叩くので苦労してるからな。そいつらもだが、部族同士の仲裁もやる必要あるからたいへんだった」

「カズがいなかったらと思うとゾッとするわね」

「カズが活躍したようだな」

アディの言葉を聞いてシンがカズの方を見た

「え?ああ……あっちの部族長さんの息子と友達でさ。好きなゲームを同好する仲間でよかったよ。音楽の話も合うからさ」

「なるほど、仲裁で済んだようだな」

シンが納得したように頷く。

「どうなってるのよ。この子のネットワークは」

「僕から見たら君の相棒のジャックさんの人脈こそ得体が知れないけどね」

「仕事のつながりよ」

「それにしたって、幅が広すぎるよ。格闘技の業界にすら縁があるし」

話が脱線しそうなところでシンが横に割って入る。

「人脈の話は後でいい。今は明日以降の仕事の予定だ」

「そうね。そっちもきな臭いってことがわかっただけでも上々の成果ね」

「情報もだけどそっちの報酬はどうだ?」

ジャックの問いにシンは頷いて答える。

「問題ない。予定外のトラブルは頻発したが、その分の追加報酬ももらっている」

「みたいだな。こっちも似たような状態だ。ただ、鮮血騎士団のヒットマンを退治したり、戦車と直接やり合ったりしたせいで出費がかさんだ」

「戦車ねぇ……どっからそんなものを」

「ヒットマンもメタアクターだった。明らかにプロの動きだった」

「戦車よりそっちが問題だな。よく倒せたな」

「ああ、曲者だがなんとかなった」

ジャックが曲者と表現する相手はかなり厄介な相手だったが、それでもなんとかなったと表現するあたり、ジャックが卓越した武闘派であることの証であった。

「ジャック、どうやって戦車なんて相手したの?」

「ああ、あの自律戦車は安物だから二、三発榴弾砲をぶっ放して固定台座の機関砲で黙らせたら燃えた。楽勝だな」

「私が苦労して逃げ回ったけどね」

ジャックの自慢げな口調にアディがツッコミを入れる

「……それは楽勝とは言わないの」

「人のことは言えないが、派手に暴れたな」

「えぇ……」

アディのツッコミにユキ、シン、ルイーザの順番で言葉が連なる。

「……まぁ、いいじゃねえか。それより明日の仕事。大変なんだろう?必要な装備は揃っているぜ」

そう言ってジャックはタブレット端末を全員に見せる。

「AFも合法な範囲で最新装備、シンのレイヴンスーツも皆の強化服も軍用と遜色ない耐久性に仕上げてもらったぜ、後、移動用の装甲車両も迷彩機能に短期間の飛行機能まで付けてもらったぜ」

「AGUのフォーナイト型装甲車ほどじゃないが十分なものだな」

「ああ!それと対人戦闘の兵装、火器もよりどりみどりだ。どれを持っていくんだ?」

「第一班と第二班で大きく異なると言っておく」

「……ん?班分けするのか?」

「そうだ。今回の任務は『並行世界の探査』だ」

「……シン、それってマジのじゃあ……」

「本当だ。今回の作戦、ちょっと厄介でな」

「ま、待て待て待て!過去や未来への時間航行自体、五大国家全ての厳正な審査がいるのに並行世界だってか?いくらなんでも都市伝説じゃ……」

「存在する。中将が言うにはかなり前からAGUの研究機関とアズマの大学機関で発見されていたらしい。もっとも犯罪組織や過激な活動家に悪用されるのを避けるべく情報は隠匿されていたそうだが」

「マジか……」

「な……」

「小説かゲームの話じゃ……え……」

「……驚きね」

シンとユキ以外の人物は四者四様の驚きを示していた。

「その異世界の情報は?」

「一応分かっている。共和国のフリーマン教授とアグネス女史が偶然発見していた時間軸なんだが、こちら側の世界の干渉によって因果律の数値に異常なバロメーターを示している」

「異常なバロメーター?」

「本来あり得ない事象の発生と凶悪な勢力が出現したそうだ」

「随分と気になるわね。凶悪な勢力って」

アディの言葉にユキが驚くべき言葉を返す。

「神聖ガーマ帝国」

「…………は?」

「…………え?」

「…………うん?」

「…………へ!?」

「驚くのも無理はない。アテナ銀河史上、最悪と呼べる絶対王政国家が突然復活している。原子時代レベルの文明しか持たないキメラ人間の楽園と聖月モナの閉鎖国家しか存在しない時間軸に」

「訳が分からないわ」

「しかもこちらの時間軸の介入?え?」

並行世界という都市伝説だと思われていた事象の存在、そしてその混沌とした現状にシンとユキの二人以外は騒然とした状態になる。

「無理もない。俺とユキも最初聞いた時は訳が分からなかった。だが、現実だ。なるべくある部署に嗅ぎ付けられる前に処理したいと中将は言っていた」

「その部署って?」

「AGUの時空観察官だ。彼らに介入される前に調査し、首謀者とされる『ノブ・ホソカワ』を逮捕する」

シンはそう発言しながら、次の『大仕事』は単純な事態にならないことを強く予見していた。

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