第19話 押し付けられた敵意

ヴィクトリア・シティの公園で二人の男が出会う。

一人はシン・アラカワ。もう一人はダニエル・グレイ。老刑事とシンはどちらもきちんとした身なりをしていた。

「ニュースは見たか?」

「無論だ」

そのやりとりから話は始まった。

「ワイバーンクエストは知っているか?」

「無論。兄貴も俺も好きだった。レトロゲーの頃がな」

「だった?」

「……兄貴は最近のやつはやっていない。脚本と映像ありきで肝心のゲーム部分はおざなりだと愛想を尽かしていた」

「そう言えば……ミスター・タカオは『ワイクエ4』発売開始のころからそんな文句を言っていたな」

「兄貴はゲームにスリルと戦術性と歯ごたえを求めるからな。『馬車システム』導入後のワイクエに文句が増えていた」

「そうか。ならお前の兄貴は幸運だ」

「うん?どういうことだ?」

「ニュースでやっていたVRPGのことは知っているな」

シンはそのことを頭の中でまとめた。昨今、バーチャルゲームを遊んだゲームユーザーが脳を焼かれた状態や錯乱した状態で発見され、一部の発狂したユーザーが『大人になろう』という言葉を繰り返しながらゲーム販売店を襲撃する怪事件が後を絶たなかった。あまりに不気味な一連の事件が起きてしばらくしてから、奇妙な噂が巷に流れる。

『VRのワイクエ5Yは呪われている』と。

「……それは警察直々の依頼か?」

「そう捉えてもらって構わない。なにせ……事件の性質上この事件は国内外に広く発生していている上に事件の性質上お難い警察組織では調査が難しくてな。ゲームに理解のある君に任せる他ないんだ。しかも非公式で」

「……まあ……ゲーム文化とクラッキングの技術がなければ厳しいからな」

「やってくれるか?」

ダニーの憔悴しきった顔を見てシンは決意する。

「……ゲーム文化には恩があるからな。任せろ」

その答えを聞いたダニーは救世主の降臨を目撃したような表情をしていた。ゲームという娯楽が警察の仕事を苦しめるという倒錯した状況にシンは少なからず心を痛めていたのであった。







ダニエルたち警察の捜査本部から前金の受け取りを確認したシンはユキと共にバーチャルゲーム機の設定と侵入用補助演算装置の接続と設定を急いでいた。ゲーム機へのアクセスおよび電子設定の検査はユキ単体でも十分可能だが、不気味な事件が相次いでいる以上はあらゆる防御策に備える必要があった。

まず『電脳ウィルス除去プログラム』、アンチ・クラッキング防壁や迎撃防壁とよばれる迎撃システムなどに脳を焼かれないための『身代わり防壁』に、クラッキングに適した『ユキ自作の電脳攻撃プログラム』などを既に用意していた。

シンはユキの補助に回る。問題のVRゲームは電脳接続処置を受けていない生身の人間でも遊べるように非サイボーグユーザー用催眠接続装置が用意されていた。事件は非サイボーグのユーザーも標的とされている以上、サイボーグではない人物の目も必要だと二人は判断していた。

「本当に大丈夫?クラッキングは出来ないでしょう?」

「ダニーの話も事実なら俺も潜る必要がある。敵の目的を探るためには俺も侵入する必要があるな」

「それは分かっている。問題は貴方が脳を焼かれるリスクがあるってことよ」

「お互い様だ。俺だってお前だけに危険を晒す事は出来ない」

「私はハッカーだから。貴方は違うでしょう?」

「お前の言う通り俺は非サイボーグで元軍士官に過ぎないが、引っかかることがある。試す価値はあるはずだ……援護を」

「……分かった。貴方を信じる」

ユキは接続ケーブルを首に差し込んだ。シンは催眠接続装置を頭からかぶる。

ダニーとダニーの部下はおそるおそる装置を起動した。

『ワイバーンクエスト5Yへようこそ!デバックモード、デ、バックモード、デバババババックモードドドドドドドド起動起動起動動動動……』

ちぐはぐな自動音声が両者の脳に直接響く。







シンが任務のことを思い出したのは、物語の終盤にさしかかった時であった。身体を石にされる呪いをユキと同時に受けた後、自分たちの勇者の子孫に呪いを解かれ、魔王が伝説の大魔神を復活の儀式を開始した直後の時である。

いわゆるラスボス戦とその前の強敵の戦闘の場面のことであった。

「俺は……そうか。……アラクネ?アラクネ、状況は?」

シンはコードネームでユキを呼びかける。

「こちらアラクネ。ロメオへ、どうぞ」

ユキもコードネームで返答を返す

「何か分かったか?」

「ずいぶん早回しで見てみたけど、やはり一番怪しいのはここね」

「やはり見事な演出だな。ホリウチ・プロデューサーのシナリオと演出は素晴らしい」

「ロメオ。遊ぶのは仕事の後よ」

「分かっている。……やはり?」

「ワイクエ5Yってそもそもこんなバーチャルじゃなかったわよね」

「そうだ。ゲーム史に残るアズマ国産RPGの金字塔の一つでレトロゲーマー垂涎の一品だったな。まあ、兄貴は1と2。俺は3が好きだったが」

「私は……タイタンファンだから『女神再臨シリーズ』と『スティグマ』が好きだったわね」s

「渋いねぇ俺もどっちかといえば……って任務だったな」

「このゲームどういうわけか5だけがVR化しているわね。販売会社も違うし、タイトルに変なYがついているし」

「確かに気になるな……スタッフロールの照合はできるか?」

「……待って……シン、ビンゴよ」

そう言ってユキはスタッフロールに追加された名前を拡大して見せる。その名前が赤く点滅していたのを見てシンは苦虫を噛み潰した顔をする。

「……カワサキ・タカシ……マジか……」

「どうした?」

「アズマ映画出身の映像監督だ。最近、不吉な噂を聞く」

「不吉?」

「終盤に独自のオリジナル色を出すんだが……」

「さしずめ、余計な改変を加えてファンを怒らせるんでしょう?」

「それもだが、……変な団体とのやりとりが増えたらしい」

「変な団体?」

「分からないが、映画産業に関わりがありそうな感じじゃないお難い主婦や教育関係者や学者の一団と集会に参加していたそうだ」

「……分かった。ダニーに調べてもらうわ」

「助かる。ゲーム破壊学派かもしれないな」

「そうね。現状、最も怪しいわね」

シンは時の止まったボス戦のなかでじっとボスの様子を見ていた。

「さて、……覚悟は良いか」

「まあ……今更驚かないわ。アズマの映画はつまらないし」

「昔の映画は良かったぞ。大天才がいた」

「へえ?後で教えて」

「仕事が終わったら、だな。……いくぞ」

シンはユキから『攻撃プログラム』を受け取る。仮想空間の中ではその『プログラム』は銃の形をしていた。サブマシンガンに似ていた。

劇中で獲得した魔剣とサブマシンガンを携えて、シンはユキと共にラスボスのそばまで移動する。

「動かすわ」

「ああ」

ユキは再度、時を動かした。

邪悪な魔王が息絶え絶えで魔神を蘇らせる場面が動き出す。

だが、今度は世界の色彩が消えた。

「ん?演出かしら?」

ユキは一瞬戸惑うが、シンが叫んだ。

「違う!来るぞ!」

そう言ってシンは『魔剣』を構えた。プログラムではなく。

『マッピングオフ・コリジョンオフ・重力設定オフ・武装オフ』

シンの持っていた魔剣が白い砂になって消える。

「ワイヤーだ!」

ユキとシンは腰からワイヤーを射出する。

「ユキ!!」

「分かっている!重力設定を再設定し直す!初期化開始!」

初期化された重力は正常な状態ヘと戻っていった。

そこから色々なものが落ち始める。白砂と化した魔物の死骸、虚ろな目をした鎧の兵士だったもの、作中相棒だった王子は服を来たマネキンと化した。

なかでも悪趣味だったのは双子の勇者だった。

愛らしい少年と少女の顔はのっぺらぼうとなり糸の切れた人形のように虚ろに横たわっていた。

「出てこい!!悪趣味な真似しやがって!!」

シンは怒りの形相で本来のラスボスが出てくるはずの魔法陣に『プログラム』を構えた。

いたのはラスボスではなかった。呪いの人形のような細身の乱入者がゆったりと歩み寄ってくる。

「私は世界を破壊するウィルスだ」

「分かっている。これはなんだ」

「この世界は全部プログラムだ」

「知るか。目的はなんだ」

「これは子供の遊びだ」

「答えろ。目的は、何だ?」

「君はゲームを遊ぶプレイヤーだ」

「…………真面目に答えそうにないな」

シンの表情は怒りを通り越して無と化していた。ユキに至っては汚物を見るような目でそのプログラムを見ていた。

「私の目的は、ゲームなどというくだらない文化から大人を引き離す事だ。ゲームで遊ぶ大人は滑稽だ。子供の玩具を収拾する大人などみっともないとは思わないか?」

「知るか」

「私の目的は、ゲームという文化を象徴するこの作品を陵辱し、ユーザーたちに自分たちの幼稚さを知らしめる事だ」

「知るか」

「私の作者から伝言がある」

「あ?」

「『大人になれ』だそうです」

「……」

「さてあなた方の電脳も『大人にさせて』いただき――」

「そいつに言え」

そう言って二人は粛々と攻撃を始めた。

シンは攻撃プログラムを、ユキは用意したプログラムで敵の解析をコンマ数秒で終わらせた後、持ってきたありったけのプログラムを敵に撃ち込んだ。

ウィルスは滅茶苦茶に攻撃を加えられた末に元いたソフトの記憶領域の中へと敗走して行った。

現実の軍事行動に例えるなら手投げ弾の爆発と機関銃と拳銃の一斉攻撃を受けた挙げ句迫撃砲の直撃を受けた状態で命からがら逃げ出していたようなものであった。人間なら重体どころか即死クラスの攻撃だが、『プログラム』が相手だったために耐久性に致命傷を与えるには一歩足りなかった様子である。

「逃げんな!」

「ロメオ」

「止めるな!」

「これでいい」

「何がだ!」

「これでヤツは最悪な目に遭わせられるわ」

「何?」

「幼稚な客人に手土産を与えておいた。とびっきりのを」

「……なるほどね」

二人の顔は本日で最も凶悪な笑みを浮かべていた。






翌日。その後のダニーはてんてこ舞いと化していた。

「ワイクエのプログラム内の悪性プログラムが全部消えたと思ったら、アズマ国内と共和国内の個人情報が一斉に大公開されてんぞ!?どうなってる!?何をした!?」

「あー……彼らが犯人です」

「はぁ!?」

「ほらここ」

そう言ってユキはテレビの電源を入れた。

「あ!?」

ダニーはニュース番組にでている画面をみて再度驚愕していた。画面を変えても変えても全て同じ事件が報道されていた。

『教育関係者一斉摘発!テロ組織ゲーム破壊学派の関係者か』

『カワサキ・タカシ氏、ワイクエ電脳テロ事件に関与の容疑で緊急逮捕』

『アズマ国政府、ゲーム破壊学派の掃討作戦に含む大規模チームを派遣』

「兄貴の動き速いな」

「好きだったゲームをテロのダシに使われたからね。今頃学派の方々は恐怖で逃げ回っているわ」

「おっかねえな。……祝杯だ」

「そうね。気になっていた店があるの」

二人が楽しそうにその場を去ってゆく横でダニーは予感していた。しばらくは国を跨いだ仕事で忙しくなると。

「マジかよ……」

ダニーは目を白黒させつつ、通信端末に上司の番号を入力し始めていた。

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