第17話 レオハルトの特別講義その2

教壇に若い軍服の教官が立った。

レオハルトだった。彼は今日も士官候補生のために講義を行なう。

「やあ、あの時は悪かったね。そう『ヴィクトリアの奇跡』だ。あの時は大変だった。街一丸であったからこそ対処できた好例といっても過言じゃない。もっと言えば、あの街がバラバラの情勢だったなら、結果は全く違っていた。ヴィクトリア市民とVMPDの皆様には本当に感謝だ。……『ヴィクトリア都市警察』。あるいは、通俗的に『ヴィクトリア市警』とも称されるこの警察は優秀なSWATを擁している。彼らは対メタアクター戦術にも優れ、街の治安維持に一役買っている。もちろん特殊な装備を保有している事もあるが、その装備をうまく使うにはそれ相応の技量と訓練がいる。そう考えるとヴィクトリアSWATは警察官としても戦闘員としても優秀だ。実際彼らの隊長に出会った事がある。責任感と使命感に溢れた素晴らしい人だった。何度か訓練を共にやった事があるが実に素晴らしい動きだった。……ああ失礼。今日は彼らの話もしたいが重要な授業を行なうつもりだ。テストでもたびたび取り上げられることだ。何だと思う?……そう、対メタアクター戦術の歴史だ。さてさて、レポートの出来に納得が出来なかったものから今回は指名するよ。忘れた訳はないからね。僕は意外と細かい性格なんだ」

生徒たちから朗らかな笑いが起きるが、すぐに彼らは集中する状況に戻った。

レオハルトが真剣な表情を浮かべていたからだった。

「逆境の中、ユーモアで笑うのも大事だ。軍人になると人との関わり方が重要になる。僕が尊敬する人物はユーモアも上手かった。さて、今回のテーマである『対メタアクター戦術の歴史』についてだが、これがなかなか大変だった。特に前回で話したスカイエイジだ。この時代は全てが機能不全を起こしていた。インフラも警察も科学も政治も混乱した時代だ。文化や道徳ですら荒んで収拾がつかなかった。麻薬が蔓延り、差別と憎悪、分断が全てを支配していた。ギャングやマフィアが幅を利かせ、政治は腐敗していた。そんな時代で我が祖父を始めとした『トランスポーター』たちの新興の勢力が時代に抗い、時代を作った。それがスカイエイジだ。この時代では全てが手探りだった。この時代で一番難儀したのはメタアクターや『魔装使い』が敵に回った場合だ。彼らの力はひとえに強大で銃を持つ人間を十人集めてやっと対等になる状態だった。この時代は十人の傭兵や用心棒を集めることがとても大変だった。組織立った警察や軍は腐敗していて、時代を作っていたのはトランスポーターや義勇兵だった。そんな彼らがなぜ悪徳警官どもや旧国家の過激派に打ち勝ったのかには理由があった。メタアクターを制する『戦略』があったからだ。そう『戦略』だ。長期的かつ大局的な視点で相手を制する方法を彼らは模索していた。我が祖先である『フェルディナント・フォン・シュタウフェンベルグ』も武術に秀でた人物や銃器の達人に意見を求めたが、決定的な解決策を得られなかった。人類に敵対的なメタビーングや魔装使い、そしてギャングの息のかかったメタアクターども。彼らを打破するには策と装備が必要だった。装備。そう、今の時代なら優れた装備がある。だがその時代には優れた装備はむしろ悪徳警官やならず者部隊のものだった。つまり、貧弱な装備で強大な敵を倒す必要があったのだ。だが、原始的な武器で倒せるとすればどんなものが考えられる?」

一人の生徒が『罠』と答えた。

「エクセレント。そう、罠こそ人類が編み出した効率的な手段だった。自分より強大な存在の動きを予測し、効率的に打撃を加え、あるいは無力化する。だがそれだけだと不十分だった。なぜ?」

「罠は本質的に防衛や迎撃を目的とした武器であり、攻撃する武器ではないからです」

「その通り。だから攻撃には別の手段を用いた。この時代にはAFはまだ構想の段階でしかなかった。だが、人類にはそれに匹敵する武器があった。航空機だ。戦闘機。といっても大気圏で運用するものしかなかったが、三次元的な戦術と長距離の運用。この時代は『血の一週間』によって科学が後退しレジプロ機レベルの飛行機しかなかったが、それでも敵を打ち倒すには十分な戦力足り得た。そして、もう一つ有効な手段がある。なんだろうか?」

生徒たちが沈黙する。そこでレオハルトは答えた。

「友好的なメタアクターだ。単純な答えだがそれゆえに難しかった」

レオハルトの回答に珍しく生徒たちが首を傾げた。

黒板に記載しながらレオハルトは話を続ける。

「今でこそ、メタアクターやメタビーングの協力者を得る事は難しくなかった。だが、メタアクターは先天的な者はミュータント、すなわち新人類として扱われ、差別される歴史があった。後天的なメタアクターもその能力で好き放題する悪党もいたことで能力者たち、メタアクターとそう出ない人々との関係は対立こそ回避していたが険悪であった。だから当時としては非常に困難なやり方というより机上の空論だと思われていた。だが、晩年の『フェルディナント・フォン・シュタウフェンベルグ』や『アイビー・A・アシモフ』を中心とした十数人知識人や名士のグループが資金を提供して作られた学校がある。それが今日のヴィクトリア大学の前身だった。この後のヴィクトリア大学となる『ヴィクトリア・アイビーズ・クラブ』は様々な学者グループと交流・合流しながら今日の大学を築いてきた。その過程でアイビー・A・アシモフ女史とジーナ・ナインロードことジーナ・シュタウフェンベルグ女史の二人はメタアクターと非メタアクターの人々の対立を無くすべく奔走を続けた。メタアクトの研究も含めてだ。そのことによって再興歴87年にようやくメタアクターの参政権を共和国は承認する法案が可決された。そして97年にはメタアクターと無能力者の混成部隊が作られるようになった。そのことが108年のレムリア人との偶発的戦闘に貢献することになるがこれはまた次の機会に話す事にする。さて、一度まとめに入るからここはノートに記載する事をお勧めする。テストでもここは特に問われるからね。まず、メタアクターに対する戦術はメタアクターを味方にすることを最優先した事、次にそこには差別や犯罪を含めた様々な障害があったが、知識人や研究者、学者や名士たちのグループによってメタアクトの有無に関係せず団結出来る仕組みと支援に奔走した事、そして、そのことによってメタアクターとの人類の共存に成功し、後々の大戦や異民族、魔装使いの重大事件に対応できるまでに共和国の軍事力と文明は進歩した事、この三つをよく復習するように。質問はあるかな?」

一人の生徒が質問をする。

「対メタアクター装備はまだなかったのですか?」

「その通り、メタアクターは再興歴40年の時点で、『エクストラクターたちの因果律の操作に反発する偶発的な人類種の免疫型現象』であると分かってきているが、当時は様々な偏見や出任せが蔓延っていた。アイビーたちのグループとは別のグループの研究は進んでいたが非人道的なものだった。だから、本格的な対メタアクターや対異星国家特殊部隊、対メタビーング戦術が本格的に確立するには97年の頃まで待たねばならなかった。ヴィクトリア以外の宙域は再興歴二十八年に竜山連合とガーマ帝国の間で勃発した『流星戦争』をはじめ悲惨かつ破壊的な戦争を繰り広げていたがこれが皮肉にも再興歴108年の『ファーストコンタクト事件』まで我々の文明、文化、技術、科学の再興の猶予を稼いでいたということだ。これがこの次の授業で語る『膨張の大航海時代』の下地となった」

一拍置いてからレオハルトは生徒たちを見る。前置きの話の段階でも生徒たちは真剣に授業を聞いてくれていた。レオハルトは安堵しながら黒板にキーワードを記載する。そして、レオハルトは本題に入る。

「今回で最も重要なテーマ。メタアクトの原理は本体の細胞から発せられるということだ。それが今回の授業の最も重要な点だ。対メタアクター戦において非能力者が戦闘で勝利するには特殊な装備がいる。それは本体の特殊な細胞から発せられるメタアクト能力を妨害するか、メタアクトそのものに耐えうる防御兵装の所持の有無が重要となるようになった。まず108年に本格的に投入された細胞抑制弾。本体である能力者に撃ち込めば一時的に能力を無力化できる。もちろん命中させる必要があるし、開発初期の弾丸は色々と改良の余地が多かった。だが、その弾丸の技術的な改良が進むに連れてメタアクトを用いた戦術もメタアクトと戦う戦術も変わった。メタアクトに対抗するにはメタアクトしかないという状況を戦う者の技量次第で変えることが可能となったそれがスカイエイジでの大きな転換点であり、後々の時代で『魔装使い』たちが起こした事件を解決するきっかけの一つになった。そしてパワードスーツ。強化外骨格とも称されるそれはメタアクトを持つ者を強化することも訓練された非能力者の軍人がメタアクターと対等に戦う為に大きな意味を持った。当然いまでもメタアクトの有無はアドバンテージとなったが致命的なものにはなり得なくなった。つまり訓練と技術の融合によりスカイエイジ後期の先人は不可能だったものを可能にすべく戦ってきたと言う事だ。さて、まとめよう。メタアクトは細胞内の小器官によって発せられる。スカイエイジ頃の先人たちはそのことを理解し始め特殊な装備で対抗し始めていたということ。これが今回の重大なテーマだ。関わった人名やグループ名と合わせて覚えておくように。そう、僕の祖先と……もう時間か」

士官学校のベルが時刻を告げる。

「今日は長々とした話だったけれども聞いてくれてありがとう。試験ではここも出てくるからきちんと各自復習してほしい。次は『膨張の大航海時代』をやると予告しておくよ。それでは……」

士官候補生たちは敬礼をしてレオハルトを見送る。

レオハルトが廊下を出ると教官たちが出迎えてくれた。

「今回も任務の合間を縫って来てくださってありがとうございます。中将殿」

教官たちも敬礼をしていた。年下で階級が上の人物は面従腹背になるはずだが、レオハルトは違った。教官たちは明らかに尊敬と恐れと感激の面持ちで彼を見ていた。

『レオハルト・フォン・シュタウフェンベルグ』中将。

その名前は桁違いに巨大な意味があった。

「いや、今回は授業カリキュラム外の特別講義だというのに参加してくれた多くの候補生たちのお陰だよ」

「ありがたいお言葉ですな。それにしても歴史の授業ですか……お好きなのですかな?」

「ああ、そうだな。学生だった頃はそうだったね。古い本を読む事も多かったなぁ」

「スカイエイジの古書やマニアックな歴史書も持っていると聞いたので是非読ませていただければと思いましたが……忙しいでしょうな……」

「ああ、本ならいくつか持っているから、もし興味があれば……」

「本当ですか!ありがたい……ありがたい……」

「はは、そんな大げさな……でも生徒たちや教官たちが知識を深められるならいくらでも力を貸したいと思っているよ」

そんな会話を交わしながら教官たちとレオハルトは歴史の話に花を咲かせていた。廊下には教官たちの会話と靴音、教室での授業内容を話し合う生徒たちの会話がよく響いていた。

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