第16話 ダニー警部補と奇妙な事件

警部補は墓地にいた。口髭の特徴的なダニエル・グレイはある墓の前に佇んでいた。

仲間を失った事件から二週間は経った頃だった。仲間のことを想いぼんやりと墓を見つめていた

彼に近寄る人物がいる。背広を来た若い警官であった。

「ここにいましたか……」

「……アッカーマンか」

老年となった警部補はアッカーマンと呼んだ警官を見た。忌々しい事件の後のアッカーマンは多忙を極めていたが、その間を縫ってダニーのもとを訪ねていた。

「…………みんな知った顔だった」

「ええ……伺っています」

「…………そうか」

「…………あなたらしくないですよ」

「……そうだな」

警部補は俯いたままだった。陰鬱な自身の感情に彼は呑まれていた。

『ヴィクトリア・シティの奇跡』を成し遂げた後の彼は救えなかった仲間のことを思うあまり悲しみに圧し潰されていた。

「……警部補。一ついいですか」

「……言ってみろ」

「……気持ちは分かります。だからこそ戻ってほしいと思っています」

「……」

「私も警官になる前、とても理不尽な事件に遭い……そして今のあなたのようになりました。私を救ってくれたのはある警官でした……今はもういませんが……」

「……アイツだろう……定年の五日後で事故にあった」

「ええ……本当に残念です……」

「……死がつきまとうな……この歳になると」

「いえ……生きている限りつきまとうものですよ」

「……どうすりゃいい」

「……事件のことですか?」

「……ああ」

「……彼らの出来なかった仕事をやりましょう」

「……そうか。そうだな」

ダニーは一服した後、タバコの火を靴で消した。ずりずりと革靴の底と地面が擦れる音を響かせた後、ダニーとアッカーマン巡査は墓地を後にした。







ダニーがアッカーマン巡査から聞いた事件は奇怪で不可解なものであった。それは類を見ない『窃盗』事件であった。

通常、窃盗という行為の目的は高価値の物品を奪取することが想定される。だが、ダニーが聞いた窃盗事件の内容は金品や美術品などの高価値の物品というイメージからあまりにも外れた代物であった。

「……石?」

石。小さな石である。宝石や鉱石ではないが、変わった石だった。だが、美術的な価値および金銭的な価値は皆無に近い石であった。

ある人物の石を集中して狙われているという風変わりな事件であった。

あまりにも奇怪な内容にダニーが唖然とした表情を浮かべる。

「……頭が追いつかんぞ」

「……正直、おっしゃる通りですが、問題は石を集めたこと自体ではなく、盗まれた石が問題なのです」

「……盗まれた石ィ?」

ダニーが怪訝な顔をする。

アッカーマンは一瞬迷ったような顔を浮かべる。が、やがて決心を決めたように口を開いた。

「……とんでもないことですが、あれはただの石ではないのです」

「だろうな。石を集めるだけの変人の為に警察が動く訳ないだろうからな……んで、その石って何だ?」

「……メタビーングです」

「…………とりあえず、メタアクターとメタビーングの違いから教えてくれ」

「平たく言えば超能力者であるのがメタアクター、メタビーングは『高次知的生命体』とも称され……」

「えっと……」

「……昔、妖怪や悪魔や神と称され」

「わ、分かった分かった……。要はそいつ……石の姿をした生き物なんだな?」

「そうです。そしてそういうタイプのメタビーングは大抵、変わった能力を持っております。変則的で……」

「つまり……ハマれば強いと……」

「そう考えてくれて間違いありません警部補」

「そう言う君はどうしてそんな連中の知識を?」

「まあ……私も本格的な戦術はヴィクトリア市警SWATに引き抜かれてからですね……」

「引き抜かれるって……お前……前職は?」

「アスガルド共和国海兵隊特殊強襲偵察隊にいた事があります。海兵隊です」

「……海兵隊だったのか。しかも…………俺は陸軍だったがな、陸軍でもその部隊はすげえって噂になっていたぞ」

アスガルド共和国には『海兵隊』と称される惑星揚陸軍が存在している。

共和国には惑星陸軍、宇宙海軍、宇宙航空隊、海兵隊、宙域警備隊の五つの組織が存在し、海兵隊は共和国軍の中では、最も小さな軍事組織である。アスガルド共和国の法に基づき海外及び辺境などの遠方の宙域での武力行使を目的とした緊急展開部隊として活動し、共和国本星以外で活動する外征専門部隊であることから『殴り込み部隊』とも渾名される。

海兵隊で実績を残し名誉除隊した隊員は警察や公務員等の再就職する際有利になる。アッカーマン巡査の場合もそうで彼も名誉除隊証を持ったパターンであった。

アッカーマン巡査は警察でもその経験と実力を発揮し警察特殊部隊であるSWATへの引き抜きが決定していた。

「訓練も受けていまして……あと、許可を得て装備はもってきてあります」

「俺はどうすればいい?」

「この街の事情にあなたは長けています。そう言った変わったコレクションに詳しい人物を」

「なるほど……なら……あいつか」

そういって二人は警察署を出てパトカーである場所へと向かう。

街はロボット兵の大規模な攻撃に晒された傷跡が残っていたが工事や修復作業を重ねて街は以前の姿に戻ろうとしていた。

ぼろぼろだが、活気の戻る大都会を一両の警察車両が走り抜けていた。

その車内で二人はその石についてどうすべきかを話していた。

「その石についてはどんな特徴なんだ?」

「青い石だそうです。それと変な模様があって……」

「模様?」

「まだ調査中ですが、マーク?でしょうか……」

「……どんなマークだった?」

一瞬の沈黙の後、アッカーマンはこう答えた。車は

「すみません。家紋のような文様だったとしか……。複雑ですが丸い感じでしたね」

「ちなみに盗まれた石の持ち主は?」

「まず、ジョセフ・S・ファーゴ。変わり者のコレクターだ。それ以外にも奇人変人の石マニアやら地質学者やらが……」

そのようなやり取りの後は雑談や情報の確認が精々であった。そのようなやり取りを終えて二人はある小さな商店を訪ねた。商店と言うより事務所と言ったような整然とした店から一人の女性が訪ねてきた。

「いらっしゃ……ああ、久しぶりね」

「何ヶ月か前の事件は大変だったな。ロゼッタ」

ロゼッタ・ロッソ。美術品を扱う美しい美術商だ。彼女は変わった鉱石に関しても知識があり、そう言う知り合いとも縁があった。ジョセフ・S・ファーゴをはじめ事件の被害者とも面識があった。特にジョセフとは家族ぐるみで交流があり、ビジネスの強力なパートナー同士だった。

「ちょっといいか?ロゼッタ、最近、青くて紋章が描かれた変わった石が……」

「ジョセフから聞いたわ……。ねえ、内密で話したいんだけど」

「犯罪じゃなければ守秘してやる。……なんだ?」

「その石思い当たる節があるの」

「どういうことだ?」

「石に依頼された男に狙われているの」

「どういうことだ?」

「私も同じ石を持っているわ」

「なんだと……」

ダニーだけでなくアッカーマンも呆然とした。アッカーマンがすぐにその居場所を聞こうとした。

「そ、それはどちらに……?」

「隠してあるの……このデスクの……ここに」

そういってロゼッタはデスクの左から二番目に引き出しからなにか小さな箱を取り出す。引き出しは二重底になっていた。

「……確かにこれは家紋か……」

「……どこかで……?」

アッカーマンが怪訝な顔を浮かべるとロゼッタが疑問に答えた。

「これはあるメタビーングの一部なの。依頼された男はプロで盗みに長けるわ……」

「名前は?」

ダニーがその名前を聞こうとしたタイミングで背後に金属質な音が響いた。

暗黒街で『クロック』と呼ばれる紳士的で天才的な盗人がダニーに銃を構えていたのだ。整ったスーツと白髪、そして古風な腕時計が印象的な男だった。

アッカーマンが銃を構えるが、クロックが一言。

「やめとけ」

アッカーマンに注視しつつ、クロックはロゼッタに石を渡すように促した。

躊躇しながらも、ロゼッタが小さな箱を渡した後、クロックは踵を返すように去ろうとした。

「その必要はない」

辺りに声が響く。そして、クロックのものと思われる逃走車両から何かが飛び出した。

宙に浮いた青い石の集合体であった。左右対称の紋章が欠けたパズルのような状態でクロックを見ていた。

「……依頼人か」

「ご苦労だったな。報酬は約束しよう」

「……ひとつ良いだろうか?石の依頼人殿」

「なんだろうか?」

「君はなぜバラバラに?」

「ずっと前に戦いがあってな。君たちが『流星戦争』と呼んでいる戦争だ……あの戦争から何年経った?」

「だいぶ経っているぞ。今は再興歴327年だ」

「……なんと……」

「事実だ。石のお方」

「私の事は『アグ・ニース』と呼べと言ったはずだ」

「失礼。ミスター、アグ・ニース殿」

クロックを名乗る丸いサングラスの男は深々とお辞儀した。

「オイ、お前ら」

両者の間に警部補が割って入る。

「これは……窃盗じゃないのか?お前はなんだ?」

「……この粗野な男はなんだ」

「デカ。いわゆる……警察官だ」

「……公僕。権力の犬か。どこの犬だ」

「……失礼な。……あー、……アスガルド共和国ヴィクトリア市警警部補のダニエル・グレイだ」

「公僕にしては礼儀をわきまえているようだ。気に入ったぞ」

「それはどうも……んで、お前らの狙いはなんだ」

「我の復活だ」

「……それだけか?」

「ああ、別に世界を滅ぼすとかそういうことはしないから安心しろ」

「……そりゃあ……良かった。こういう状況はそう言う事するヤツがいるからなあ……んで、目的は?」

「復活そのものが目的でな。見ての通り我は石の形をした生命体だが、青い石ってどういうわけか……狙われる。石マニアなる連中に」

「あー……そういうことか」

「そうだ。我は本来なら何の障害もなく復活して何処かの田舎でひっそりと暮らす算段だったが」

「想定外のマニアに狙われたと……」

「そういうことだ」

「……あー、……御愁傷様ですな……」

「全くだ。まさかだとは思うが……石マニアかな?」

「はっははは!まさかね!」

そう言ってダニーは陽気に笑ってごまかした。

ダニーは石マニアなる愛好家ではないが、犯人がいるものと思って臨んだ事件がとんでもない事件だったと聞いて内心頭を抱えていた。

対照的にアッカーマンは冷静だった。

「なるほど。では登録を……」

「ま、まてまて……我は身元をむやみに」

「心配ありませんよ。最近はメタビーングの方が色々と協力してくださってます。例えば……アオイさんとか……」

「……は?アオイってアオイ・ヤマノ……?まことか……?」

アグ・ニースは心底意外そうな声色でそう答えた。

対してアッカーマン巡査は淡々とした様子で彼の疑問に答えた。

「ええ。SIAの職員として活動してますよ」

「な……時代は変わるものだな……」

会話はそれっきりとなる。ダニーだけが怪訝な顔で両者を見ていた。

そして、今回の事件の仕掛人である『クロック』はいつの間にか姿を消していたのであった。ダニーにとってはその事が気がかりであった。

かくしてこの奇妙な事件はあっさりと幕を降ろしたが、ダニーはこの事件を期に類似したケースに関わっていくこととなった。

肝心の『アグ・ニース』はというと、政府関係者に聞き取りを受けた後、一定の地位と待遇を受けることになる。事件に関わった石のマニアたちは事情を説明された後、その価値に釣り合うだけの金銭を警察や共和国政府の交渉人から支払われることになった。一部の人物が納得しなかったが、政府の美術関連の人員からいくらかの取引で優遇することを条件にようやくこの件から手を引く事となった。

メタビーングと呼ばれる一連の生物群は『血の一週間』などの重大な事件の生き証人足りうる存在であり、強大な力を持つ生命体である。彼らの保護は共和国などの五大国など様々な勢力の重要な課題であり、再興歴三二七年現在においても彼らの確保の重要性は日に日に増していたのであった。

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