第14話 バレッドナインのとある一夜
ゴッデスに四人の男女が集まった。
お洒落で静穏な酒場で酒の味も評判。隠れた名店と名高いヴィクトリア市民の心の拠り所である。
一人はジャック・P・ロネン。元フランク連合王国外人部隊の小隊長を務めていた男だ。彼は色黒で大柄、そして鍛え抜かれた筋肉が神話に出てくる軍神のように雄々しい豪傑だった。軍歴も華々しい見た目通り豪快な男だが、思慮深く思いやりのある一面もあり、バレッドナインのメンバーを精神面でも支える事が多かった。
残りの三人は女性だった。
眼鏡を着用した妖艶な美人はアディ。本名はザザン・アディーネ・スコルピ。通称アディ。オズ連合出身にしてはやや珍しいヒューマン系種族の女性だった。彼女はジャックの無二の相棒で外人部隊を一度やめたジャックが傭兵集団『フルハウス隊』を率いていた頃からの仲であった。彼女は本名で呼ばれることは好まず愛称を名乗ることが多かった。
長い金髪で快活そうな女。左手が義手の彼女はルイーザ。仕事によって偽名を使い分けるバレットナイン・セキュリティの名拳銃使いだ。バレッドナインではルイーザ・ルイ・ハレヴィと名乗ることが多い。彼女は元々お嬢様育ちだが、服装や言葉遣いからはその面影はない。むしろ不良少女や女ギャングのような擦れた雰囲気が強く出ていた。陰惨な過去のためかアディとは仲が良い。
そして、今宵の主役であるユキ・クロカワ。
長い黒髪とフランク連合王国のビスク・ドールのような可愛らしく整った顔立ちとアズマ系にしてはやや白い肌、そして均衡のとれた豊かな体つきが印象的な美人であった。彼女はバレットナインのリーダーであるシン・アラカワの重要な相棒を務めている。
そんな四人が集まったのには訳があった。お酒以外の理由であった。
「プライベートに誘うなんて珍しいわね三人とも。こう言うことは好きじゃないかと思ったわ?」
ユキが率直に三人に話しかける。
「まあ……シンなしで話がしたかったわ」
「え?シンなし?」
「まあ……あいつはアイツで勝手にふらりと一人で酒飲んでそうだしな」
「う……否定はしないけどさ。ハブとかひどくない?」
「仲間はずれにするつもりじゃないさ……ただ」
「ただ?」
「……アイツがたまに怖くなるんだ」
ジャックは遠くを見るような目で女バーテンにお酒を頼む。
「リン」
「……ご注文は?」
女バーテンダーは無機質な口調で注文を聞く。黒のポニーテールとヘーゼルカラーの目が印象的な美人であった。
「とりあえずジントニックを」
「……かしこまりました」
ジャックに続いてルイーザ、アディ、ユキが注文をした。
「あ、わたしはローザレモネードで」
ローザエンゼルスレモネード。通称RL。
ローザエンゼルス発祥のそのカクテルはライムジュースとウィスキー、少し多めの砂糖を合わせたその酒は、乾燥地の多い惑星ロードの気候と文化を繁栄したようなカクテルであった。その甘く刺激的な味わい故に女性のファンも多い。カクテル言葉は『深い感謝』だという。
「そうね……わたしはウィスキーフロートを」
「キールをお願い」
「……はい」
静かにされどはっきりとリンことセリーナ・ターナーは仕事に取りかかった。
その間、ジャックがシンについて話をした。
「アイツと酒を飲んだときがあってな。……いろいろ聞かされた」
「へえ?どんな話?」
リラックスしたアディたちとは対照的にジャックは思案するような表情を浮かべていた。
「アイツの過去」
「……わぉ」
ルイーザが危険な予感を感じ取った。
「そうだろう。ルイーザ今はやめておく。酒の味が吹き飛んじまう」
「そうね……いろいろと血なまぐさそう」
「その認識で間違いはない……ただ」
「ただ?」
「哀しい男だ。シンは……」
「生きている限り無傷ではいられないものよ」
「そうね。少なくともシンは戦いながら生きている人だし……」
ジャックの言葉にアディとルイーザがそう返していた時のことだ。セリーナはカクテルを一つずつ作り上げていた。手際の良さだけではなく、全ての手順が完璧であった。
その間にも四人はとりとめのない話を続ける。
「……ところで、あなたたちはシンをどう思っているの?」
ユキの思わぬ発言に三人の言葉が詰まる。
「……ユキ?どうしてそんな質問を?」
「……なんというか……シンへの率直な思いが伝わったの。良くも悪くも。言葉の端々から」
「う……」
「……あら」
「……」
「さて、情報担当の権限として聞くわ。みんな彼をどう思ってる?」
ジャック、ルイーザ、アディの順番に返答される。
「…………人間の皮を被った軍事要塞」
「銀河一優しい危険人物でしょ?」
「ズバリ『狂犬』ね」
「……うう、予想はしてたけど……」
辛辣ながら的を射たシンへの評価にユキは閉口する。
カクテルが完成したのはその時であった。
ジントニック。ジャックへ。
RL。赤いライムの色。ルイーザへ。
ウィスキーフロート。上質なウィスキーの香り。アディへ。
そして、キール。白ワインとカシスのリキュールを合わせたカクテル。本格的なものはフランク連合のある地方でとれた白ワインとアルコール度数の高いカシスが使われる。上品なワイングラスに注がれ軽くステアされていた。
キールはユキへ。
ゴッデスのキールも本格的なキールの製法に乗っ取って作られており、セリーナの拘りが十二分に感じられていた。
「……どうぞ」
カウンターの上にそれぞれのカクテルが置かれていた。四人はそれを味わう。上質なカクテルの味わいと共にユキ以外の三人は程よく酔っていた。
ユキだけは肝臓の機能が強化されていて酔うことが出来なかったが、味わいと香りがユキの心を強く満たしていた。
「……いかがでしょう?」
「わたしは酔えない体だけど味わうだけでも最高ね」
「ありがとうございます。ごゆっくり」
「あ。バーテンさん」
「なにか?」
「シンもここにくるわよね」
「ええ……彼には恩があります」
「良かった。あなたの意見も聞かせて」
「……彼の前で御涙頂戴の話題はだめ。悲劇系や悪人の話は原則厳禁」
「う……」
「まして、この世の不条理を共感し合う話や人の死で酔う話は御法度。店が三度は焼け野原になる……と考えております」
「うぐ……わ、わたしだって嫌だからね……」
「……ただ」
「ただ?」
「非常に苦労されていたことも伺えます。人の死や悲劇を安易に扱わないということはそれだけ孤独な人や苦境に生きる人への優しさや『命に関わる程の辛い出来事への想い』の裏返しとも……」
「……うん」
セリーナは深く頷きながらグラスを丁寧に拭いていた。こころなしか彼女のポーカーフェイスが少し柔らかかったような印象をユキは感じていた。
店主のロイ・クリーブランドが戻ってきたのはしばしの間、酒を楽しんだ後のことであった。ジャックが真っ先に声をかけた。
「よ!久しぶりだな」
「ああ、ジャックか。お互い死に損なっているようだな」
「良いことだ。また酒が飲める」
「ほどほどにな。でないとお迎えが来るぞ」
「ちげえねえ」
「そういえば今日は何を飲んだんだ?」
「ジントニックだ」
「いいね。おたくのところのシンもいつも飲んでいたな」
「美味いジントニックを作るヤツと美味いジントニックが好きなヤツは個人的に『尊敬』している。俺もアイツも」
「おだてても何も出ないぞ?」
「心からの言葉だ。レアだぞ」
「そうかい。それは嬉しいね」
それから二人はお互いの近況の話に花を咲かせていた。
その間ユキは、キールをゆったりと味わっていた。店からゆったりとしたジャズが流れる。
「そう言えばアディは音楽何を聞くの?」
「私?」
「そう。……そういえば、初めて聞く気がする」
「あら、そうかしら?……まあ、……こういう落ち着いた音楽は好きね、作業がはかどるし」
「作業?」
「薬学の勉強とか、仕事で持ってゆく調合薬とかね。ユキは?」
「ジャズも嫌いじゃないけど、作業で聞くのはクラシック音楽ね。ポップスも可愛い曲なら好きだけど、一番はロックね。情熱的な曲が好き」
「へえ……あなたってロック聞くのね」
「意外だった?」
「いえ?むしろウチらはロック好きな子多いなと思ったわ」
「シン以外にも?」
「ジャックも聞くけど、ルイーザが好きだったって聞いてるわ」
「へえ?ルイーザはどこのグループが好き?」
「ADMDね。ぶれないから」
「ウソ?シンと一緒じゃん」
「え?アラカワ社長も?」
「理由までおんなじ」
「マジ?ユキさんは?」
「ザ・クイーンズ」
「あのメロディとハーモニーのバンドね。好きな人が多いわね」
「ルイーザは嫌い?」
「そんなわけないじゃない。でも一番じゃないわね。ロックというよりかは別の音楽……って感じ?」
「それは分かる気がするわ」
アディも途中から話に乗っかった。
「私は一番ね。落ち込んだ時は助けられた」
「アディ部長は分かる気がする。美しい曲は好きって感じ」
「そうね。さっきも落ち着いた感じの曲は好きだからね。ザ・クイーンズはアディ好きそうだとは思ってた」
落ち着いた店内でいくらか四人は会話した後、各々の酒の味を楽しんだ。
「ごちそうさん。友人と話せて楽しかったよ」
料金を払いながらジャックはロイにお礼を言った。
「お酒はどうでした?」
「満点だ」
「ありがとうございます。またのおこしを」
ジャックの絶賛にロイは仰々しくお辞儀を返した。
女性陣三人も微笑んで、ロイに声をかける。
「また来るね。すごくおいしかった」
「穴場ね。いい雰囲気だし、覚えておくわ」
「今度はシンと来たいわね」
「ありがとうございます」
そうして四人は素敵なバーを後にする。
街はネオンと暗闇、運搬用ドローンの点滅する光や電気自動車のヘッドランプそしてビルの明かりで蠱惑的に彩られていた。ヴィクトリアの街は万華鏡のように姿を変える。昼は万人が往来する銀河屈指の大都市、夜は自由な繁華街としての表情を強めていた。四人は駅に向かって歩みを進める。
「ねえ、三人とも」
「どうした?」
「ジャックを怖がってるの?」
「まあ……さっきはああも言ったけど、それ以上に恩を感じている」
「雇ってくれた事?」
「それもあるが、戦場でなんどか共に戦ったことがあってな。俺は覚えてないがアイツは俺たちのこと評価してくれた」
「……あの人って土壇場で勘がいいよね。私は彼のそこが好き」
「……お?甘いロマンスを感じるな?」
ジャックが興味深げな視線をユキに向けていた。
ユキがはっと周りを見るとアディやルイーザも意味深な目線を向けていた。
アディに至っては微笑んでいた。やや意地悪げに。
「……なんでもないわよ」
ユキはかあっと赤面しながら、三人の前を足早に歩いた。
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