第11話 デュナ王女の光
為政者が変わったアイビスタンは以前とは完全に様相を変えていた。
当然、良い意味での変化である。人通りの多い割に風俗店以外はあまり活気のない首都も他の民族の行商が入りやすくなったことで多くの珍しい商品が売られるようになった。
医薬品、装飾品、遠方の果実、庶民には手が出せなかったチーズや高級魚などの食材。
それらによってアイビスタンの経済は明るい兆しを見せ始めていた。
経済が活発化すれば、またマフィアなどが跋扈する恐れもあったが、当分はその心配はなかった。アスガルド共和国側から何人か警備アドバイザーを雇い警察組織を強化した。人員もバニア族の中で信の置ける者とアスガルド大連合のメンバーだった腕利きを中心に雇用した。
ラウ・ロウ元近衛隊長は相変わらずデュナのそばで秘書兼ボディガードをしているが、大半の近衛兵は平和になったこともあり、警察の特別銃器対策機動班のメンバーや制服警官として治安の維持にあたっている。デュナ王女の時の経験を活かし、要人の警護や刑事事件担当の警官などとして働いているようであった。
そして最も忘れてはいけない事が二つ。
ドラコ・シルバが共和制に移行したアイビスタンの大統領として就任した事。そして、そのドラコとデュナが結婚した事であった。
もともとドラコはデュナを救うために戦っただけに過ぎなかったが、人を指揮した経験が民衆に支持され、大統領として当分アイビスタンの政治を動かして行く事になった。
そんな二人の業務は常に多忙であった。
デュナは閉鎖的だったバニア族を開き他の少数民族との交流を押し進めている。ドラコは大統領として書類の仕事と、警察や軍の指揮。農業政策の会議に観光業の支援政策の作成など、あらゆる仕事が待っていた。
アイビスタンは旧王制側の無茶な浪費と犯罪組織との癒着によって国家の財政は赤字であった。それを立て直すことと治安の回復。
ドラコは寝る時間も十分にとれない日々が続いた。
「……大丈夫?最近寝れてないけど……」
心配そうなデュナにドラコは優しく声で返事を返す。
「ああ、……反乱軍時代もそうだったから大丈夫だけど……デュナは?もう寝なきゃ」
「……ごめん。一人じゃ寝れなくて」
「……そうだったね」
デュナは不眠だった。悪夢にうなされることがあり、アスガルドから来たセラピストの支援を受けることになっている。名前はドクター・アイカワと言いシン・アラカワも14歳ぐらいの頃、彼女のお世話になったという。
「暗い顔しないでドラコ。私は大丈夫だから」
「うん。……でも無理は駄目だよ」
「分かったわ。……ありがとうドラコ。私のために」
「……気にしないで。僕は君に何もしてやれなかったから」
「そんな事ないわ。貴方がSIAに掛け合ってくれなかったらもっと苦しい戦いを強いられたから」
「……でも僕は……」
「私は知ってる。貴方が私のために悩んで苦しんでいた事に……それだけで私は救いなの」
「デュナ……」
「……私ね。夢に出る事がある。無理矢理、はした金で夜の相手をさせられていたときのことを……そのときが怖くて眠れない……でも、あの時もずっと待ってた。貴方が救ってくれる事を」
「……信じてくれたんだね」
「うん…………どんなに辛い事があっても、私にはあなたがいた。貴方は私のことをずっと探してくれていた。結果はどうであれ、それだけでも救いだったの。でももう一つ救いがあった」
「……アラカワか」
「うん……見ず知らずの私に涙して助けてくれた。戦いのときは凄く怖くて残酷なのに、私と接した時は紳士的だった」
「そうか……カラスのほうも含めてお礼を」
「……そのことだけど……」
「うん?」
「彼から」
デュナは一枚の紙をドラコに手渡した。ドラコはそれを読むと納得したように頷いていた。しばしの沈黙と涙。ドラコは目から溢れる雫を拭う。そしてドラコは静かに口を開いた。
「……平和に生きるデュナと僕を新たな戦いに巻き込ませたくない。そういう意志の強さを感じる。手紙の文字一つ一つから……」
「……そうね」
「……このことは二人の秘密だ。恩人のためにも」
「そうね。シンたちのためにも」
「……彼らの報酬は?」
「多く送ってある。生活や仕事に困らない程の」
「それでいい。……あと、もし彼らが困ったらどうにか助けてやりたいな」
「そうね。私もそう思う」
仕事に戻ろうとしたデュナにドラコは声をかけた。
「……そういえばさ」
「?」
怪訝な顔をしたデュナに一拍置いてドラコは口を開いた。
「……あのグリーフモーターってどうやって作ったんだろう?」
「……ノブが誰かに作らせたんじゃないの?」
「……ところがそうじゃないらしい。確かに提案したのはノブだが、グリーフモーターの政策を直接指揮したのははオネスだ。そのせいでノブは証拠不十分で起訴にならなかった……」
「オネスが?」
「ああ、他の国では作れなかったらしい。大国の監視の目が緩く、オズ辺りからの往来がある国で政策を考えていたようだ」
「なぜそんなものを?たしかに新エネルギーがあれば大国との対等に交渉が出来るでしょうけれども……」
「そうだね……石油みたいな可燃物を用いたエネルギーはツァーリン連邦やオズ連合みたいな大国に軒並み採掘可能惑星を持っていかれるし、シルフィード核融合エンジンやマイクロ波発電のような特殊技術を用いた発電に関しても我々みたいな小国では無理だし……そう考えるとしっくりこないな……」
二人は頭にあった情報を整理し考えた。だが情報が足りなすぎた。
ノブとオネス。二人がどんな意図でグリーフモーターを開発したか。ドラコとデュナはその意図が読めずにいた。
不安を振り払うようにして、デュナとドラコは城内を散策した。城の内部は戦いの時の痕跡は全くなくなっていた。城内部にあった肉塊と死体は供養して埋葬されていた。身元の分かる死体は棺桶に入れられて出身の墓地へ、それ以外の肉塊や身元の分からない死体は城下町から更に外の罪人用の墓地へとそれぞれ送られていた。
ただ、例外はあった。グリーフモーターに入れられた少女たちの遺体。彼女らだけは罪人用の墓地に埋葬するのはデュナやドラコにとっていい気分ではなかった。なので彼女らだけは城の近くの墓地へと埋葬された。
そうして、死体は処理され、城内は念入りに清掃が行なわれた。死臭は念入りに消臭され、血の付いたものは新しい品に変えられた。死の痕跡は消されお洒落なものに上塗りされていた。
「……あの子たちは……どうして」
「わからない……どうしてあんな装置に入れられたんだろうね」
「……でも、せめて人並みの埋葬ができて良かった」
「……僕もそう思う」
「……」
「……」
「……ねえ、ドラコ」
「どうした?」
「……ここよりいきたいところがあるの」
「え?どこどこ?」
「あなたが前、料理屋にいたでしょ?」
「ああ……」
「あそこ……行きたい……」
「いいよ」
「うれしい」
デュナの顔がうっすらと赤くなる。
「うん、よかった」
淡々とした受け答えだが二人の気持ちは確かに同調していた。
城内を出て、城下町を出て、ドラコの行きつけの料理屋に向かってゆく。その店はドラコにとっては幼い頃からの思い出の場所であった。料理は平凡で凡百の小料理屋の一つに過ぎないが、夫婦の人柄と丁寧な調理がお客さんの心を今もなお掴んでいた。料理はアズマ風。東の国風とも称される魚中心の料理は醤油や味噌などのアズマで発達した調味料で独特な味付けがなされていた。
「あら、ドラコ!あなた無事だったのね!」
女将とドラコとの付き合いは長かった。彼女の夫は料理に集中していた。だが、ドラコの姿を見ると、しかめっ面に涙が浮かびそうになる。それをごまかすようにして、一言言った。
「……旬の魚、王女様に食わせてやんな……」
「ありがとう……ございます」
デュナが仰々しく頭を下げる。
「王女様、あっしは仕事するだけなんで……」
「いえ、いつも楽しみでした……」
「そうですかい……腕が鳴ります」
そんなやり取りを見て、ドラコが微笑を浮かべる。
「あいかわらず、おやっさんは女の子に……」
「うるせい。いいから待ちな、ドラコ坊」
「はい。おやっさん」
そんなやり取りの後に料理が出る。炊いた白米とシンプルな味噌の汁物。魚の煮付けに野菜のおひたし。一般的な家庭料理だったが、それ故に穏やかで暖かみのある味でデュナとドラコの舌を完全に魅了した。
「……いつも……好きでした。この料理」
「ああ、……懐かしい味……」
緩やかな時間を過ごした後、世話話を交わして二人は共に店を出る。にぎやかな城下町の様子は夜でも変わらなくなった。治安は完全に良くなり、人の動きも活発になっている。
そんな様子を眺めながら二人は城の前の公園に戻った。
彫像は撤去され、名前も変わった国立公園。
ドラコ・シルバ革命記念公園としてその場所は生まれ変わっていた。
その場所で二人はキスを交わす。
最初はデュナからだった。
「ねえ」
「うん?」
そんなやりとりの後にキスは交わされた。
ドラコの口にデュナの唇が重なる。デュナの髪から漂う香水の香りがドラコの鼻孔をくすぐる。控え目な香りだが、少なくともドラコにとって好ましい香りであった。デュナの兎のような耳がドラコの頭に垂れるとドラコはうっとりとしたような顔をしていた。
「……この耳、好きだった。昔から」
「……ふふ……そんなこと言うの、貴方くらいのものだったね」
「どうして?」
「差別の象徴だった」
「おかしい」
「どうして?」
「すごく魅力的。耳もふくめて」
「やだ」
「素敵」
「うれしい」
「すごく好き」
「うれしい」
二人は再びキスを交わした。
情熱的に唇を合わせ、舌も交わらせた。
しばらく恍惚に身を委ねた後、デュナは言った。
「……眠れないのを忘れたい」
「そう言うと思った」
「やだ、恥ずかしい」
「僕は嬉しい」
「私も……すごく幸せ」
「帰ろう」
「うん」
二人は城へと戻ってゆく。過去もトラウマも二人にとってどうでもいい記憶となっていた。二人は手を握っていた。壊れそうなものを握るように二人は優しく触れ合っていた。
その手はずっと離れない。
ずっと。
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