第10話 レオハルトの特別講義その1

アスガルド中央士官学校の一室。そこは広々とした講義室で多くの士官候補生たちがある人物の登場を待ち望んでいた。

背広姿のレオハルト中将が入室すると候補生たちから歓喜の声が巻き起こった。女性の士官候補生からは黄色い声があがる。その様子は大統領か大物芸能人の登場のようであった。

レオハルトはチョークで黒板に何かを書き始める。

すぐに生徒たちは口を閉ざした。

生徒たちはその内容をじっと見つめる。黒板の響く音。その音だけが部屋に響く。

アサルト・フレーム。共和国の言語でそう書かれていた。

「皆見てくれ。これが今日のテーマだ。今日の正規戦でAFが投入されないことはほぼない。戦場の主役と思ってくれて間違いない。……質問かな?」

「はい、レオハルト先生」

「どうぞ」

「再興歴以前の兵器は被弾面積を減らすように開発されていたと聞いています。例えば……戦車や装甲車。ですが、再興歴になってからの兵器は被弾面積の大きなAFや要塞型兵器などの兵器が発達しています。これはどうしてでしょう?」

「ああ、良い質問だね。そう全ての兵器は被弾を避けるために縦の面積を減らそうとする。それ以外の要因もある。戦闘機は空気抵抗を減らし、機動性を高め無駄な燃料を消費しないようにする。だが、それでも縦長の面積をしたAFが発達した理由は大きく……三つの要因がある。法的要素、技術的要素、外的要因。この三つだ」

「……えっと、法的要素とは?」

「AF自体、元々は土木建築用のに開発されたパワードスーツだ。それが大型化され、ワーカーフレーム、すなわちWFとして開発され、今のAFの原型となった。貨物の運搬、危険な場所での作業、土木建築、災害救助など幅広く使われる事になった。AFはそう言った要素があるため軍縮条約の制約を受けづらく、もし規制されても民間の重機などの代わりに転用が利く。そういう経緯もありAFは官民問わず運用できる側面がある。それがAFの強みの一つだ」

「なるほど……人型で機動性があることの汎用性かつ大型兵器であることの利点が活かされているのですね」

レオハルトは黒板の文字を書き終え、質問をした生徒に話を続ける。

「そうだ。その要素は他の二つとも密接に関わってくる」

「技術は分かりますが……外的要因とは?」

「まず、軍人として忘れてはいけないのがエクストラクター。再興歴0年の『血の一週間事件』を始めとした破滅的な大惨事と母星大脱出、8年でのヴィクトリア本星入植……と彼らが引き起こした出来事は枚挙にいとまがない。単純な武力の増強だけでなくテラフォーミングなどの過酷な環境での作業に適した搭乗機体の開発が必須だった。結界内部の汚染に耐えられることが理想だったが、それは再興歴40年代のスカイ・エイジ到来まで待たねばならなかった。それまでは過酷も過酷、死と隣り合せの『暗黒の開拓時代』だ。その歴史が今日のAFを形作ったといっても過言ではない。当然、原因はエクストラクターだけではない。様々な異星人や外国との軋轢や戦闘がAFという兵器をより高度な次元へと引き上げた。そしてAFには……彼に質問しよう。ちょうど眠そうにしているようだ」

疲れきった士官候補生の一人にレオハルトが近づく。生徒は目を見開いたかと思うと困惑した様子で目を泳がせていた。

「さて君、今日のポイントは?」

「えっと、AFです」

「そう。AFは他の兵器と比べ面積が大きく被弾の心配がある。それにもかかわらず戦場の主役として戦闘機よりも運用されている。それはなぜか?」

「えっと……汎用性が高く、様々な環境に対応できるためです……車両型の兵器では出来ないことがあるためです」

「エクセレント。模範的な回答だ。車両だと不安定な足場だと逃げ道はない。だがAFは空中に逃げることも出来る」

数人から拍手の音がする。生徒は照れくさそうに頭を掻いていた。

「諸君。戦場では疲労、ストレス、空腹などあらゆる状況が予想される。そう言う時こそ適切な連携が必要になる。もちろん起きるべきには起き、休む時には休むべきだろう。それは必須だ。が、同時にリカバーやそう言った想定もあってしかるべきだ。この事はゆめゆめ忘れる事のないよう。あと……学ぶ時間はとにかく貴重だ。今の時間が先の君たちを作る。決して無駄にしてはいけない。これは命令じゃない、切実な願いだ」

さきほどまで拍手していた候補生たちの様子が変わる。

全員が真剣な表情でレオハルトを注視する。

「よろしい。では、話を戻そう。AFの汎用性にはもう一つ欠かせない主役が存在する。それが『技術的要素』だ」

空気が緩すぎず、張り詰め過ぎず緊張する。適度な緊張感が場を支配した。

「うん、いい雰囲気だ。真剣な雰囲気は好きだ。さて、三つ目の要素だが、AFは魅力的な長所をもっている。だがそれを実戦投入するためには一つ目に言った被弾面積拡大問題と機動性の確保が重要になる。いくら有用な兵器だとしても実際に運用できなければ意味は成さないからね。だが、スカイ・エイジに大きな変化が起きる。では教本の次のページを見てほしい。そこにある人物の名字に注目してくれ。そう、私の先祖だ。『フェルディナント・フォン・シュタウフェンベルグ』だ」

教室内にざわめきが起きる。

「静かに。……何人かは予想していたみたいだね。さて、彼の功績を振り返ってみよう。彼の最大の功績はズバリ『天才科学者アイビー』を救った事だ」

さらなるざわめき。声と声が急速に折り重なり講義室を支配する。

「はい、静かに。……よし、このアイビーはアイビーズビーチの地名の由来にもなっている。彼女が優秀な人材を集め後世に学識を学ぶ環境を残したお陰で今もなお、アイビーズビーチには大学や研究所、あらゆる工業系の企業、インフラ、実験所、図書館などなど、後世に残したものは大きい。彼女がAFの防御システムの構築と装甲に使われた新素材などの技術的な遺産は軍事の面で見ても大きい。だが、それは彼女が長生きしてくれたことが大きい。もし途中で死んでしまっていたら?技術は中途半端にしか……あるいは全く残らなかった可能性がある。その彼女を救ったのが……僕のご先祖フェルディナントと言う訳だ」

「まあ、こんな自慢話みたいなことをしてても白けるだろう。ちょっと小話、僕の先祖のフェルディナントだが、彼は没落貴族であったこともあって伝統とか束縛を嫌った。それよりも自由や享楽を愛し、女子供に優しかったようだ。そんな彼だが……苦手なものがある。……寂しがりやで、おばけが嫌いだったようだ」

どっと笑いの声がこみ上げる。それに合わせるようにレオハルトも微笑を浮かべた。

「そう誰しも欠点や悩みはあるもの。私もそうだ。彼も例外ではない。だが、当時としてはやや切実だったのも事実だ。これは最初の歴史の授業でも言われた筈だ。『血の一週間』と母星大脱出。これは我々の文化・文明に大きなトラウマを残した。死者も多く出て、一時は滅亡の危機にもさらされたような状況だ。寂しいという感情は怖いよりも拭いきれないものがあっただろうな」

沈黙。

生徒たちが言葉を出す事が出来ずに押し黙った。

レオハルトはさっきまで引き締まった表情をしていたが、生徒たちの緊張感を感じ、すぐさまリラックス出来る話題へと切り替えた。

「……まあ、そんな彼も意中の女の子の前だとややウブだったらしい。どこまで本当かはまだ研究中だが」

レオハルトの身振りにすぐに笑う声が響く。和やかな雰囲気に戻りつつ講義は進む。

「さて、小話はこの辺で、重要なのはアイビー女史が残してくれた遺産だ。重要なポイントは二つ。エナジー障壁を用いた防衛システムと装甲に使える新素材だ。この素材は爆破に耐え、熱に強く、衝撃に耐性がある。それらが機体の防衛システムと組合わされば……無茶苦茶な運用をしない限り無敵だ。少なくとも当時はそうだった。つまり、被弾のリスクを防御能力で補った訳だ。これは再興歴以前の惑星規模の大戦でも類似の例があった。戦車の登場だ。もちろん戦車とて大砲でやられたら意味ない。だから火力を補い、機動力を上げ、生身で出来る対抗手段に抗った。それは戦車もAFも変わらない。AFはその点において戦車と変わらないが大きな違いがあった。スカイ・エイジでの変形機構開発とその機能を持つ機体の運用ドクトリンだ」

そう言ってレオハルトは講義室のスクリーンの表示を変える。

最新型のAFであるハイパーイーグル級と制式運用されているホーネット級の画像が映し出される。飛行形態だけ見ると、戦闘機と遜色のない見た目をしていた。生徒の中には『カッコいい』と感想を呟くものもいた。

「さて、この中の何人かは後方司令部で全軍の指揮を執るものも現れるだろう。君たちは指揮官用の特殊なAFに乗って戦果を上げることも考えられる。艦船内でAF部隊の指揮を行なうことも考慮すべきだ。あらゆる技術は先人たちが君たちの未来を守るために残したものだ。それを十分に考慮してほしい」

一拍置いて、レオハルトはまとめに入る。

「さて、今回のまとめだ。AFは軍縮政策の影響を受けにくい事。AFは被弾のリスクが艦載機のそれより大きい。だが機動力を戦闘機並にし、防御能力…………エナジー障壁などの機能を拡張することで今日の主力兵器の地位を確立している。汎用性が高く、民官問わずあらゆる状況に対応できる事。そして最後に、当然、大規模ではない作戦ではAFは不向きだ。例えば潜入工作など、隠密性を考慮した作戦はステルス処理などのそれなりの準備がいる。以上だ。ここまでで質問は?」

何人かの質問に答えているとイェーガー少尉が教室に入ってくる。

イェーガーはレオハルトに耳打ちをすると、レオハルトは講義を急いで締めくくる。黒板を書くスピードが異様に速い。蒼い残像が見えていた。

「みんなすまない!緊急の任務が入ったので今回の講義はここまでだ。次の授業までに今回の講義のレポートをまとめ、担当教官に提出すること。これが今回の課題となる。また、試験は当然AF関連の問題も出るので今回の講義の内容も各自十分に復習するように。試験も実戦も準備が大事だ。……ではこれ以降は自習とする。ご清聴ありがとう!失礼する!」

バチッ!

電気の弾ける音をたて、疾風に似た蒼い残像が教室を後にした。レオハルトがいなくなった教室に拍手が鳴り響いた。

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