第5話 ジャックの憂鬱(前編)
セントセーヌの石造りの町並みに差す光がまだ暖かく木々を照らしていた。
『バレットナイン』の面々はようやくフランクの美しい通りを気兼ねなく歩くことができるようになった。
フランク連合からアスガルド共和国に帰るまでまだ日があり、星から星への旅路は危険が伴うことからシンは『バレットナイン』の面々に休息を命じた。
メンバーの疲労を癒す目的もあったが、カズの右足の怪我のこともあった。無理にすぐ帰国せず。観光も兼ねて制限付きの休みを与えることが必要とシンは考えた。
眼鏡をかけたアディは、からかうような目でシンを見た後、見計らったかのようなタイミングでこう言った。
「ほんとは観光もしたかったんじゃないの?ここの街は奇麗だもんね」
「……それは諸君と同じ気持ちだ。『芸術と聖女伝説の街』に来てまで、仕事だけというのも味気ないだろう」
アディのからかい混じりの発言にシンは大人らしい落ち着いた様子で答える。
「つまんないの」
「人をからかう前にお化けを克服してみろ」
「……うう」
痛い所を突かれアディは思わず目を背けた。顔も羞恥のためか少し赤い。
「やめておけ、舌戦でシンに挑んで勝ったヤツなんかほんの一握りだ」
「……『一握り』って誰よ」
じとりとアディはジャックの顔を見る。色黒の大男のジャックは一九〇センチもの体格のためアディは自然と見上げる形になる。
「レオハルトとタカオだな」
「それは誰も勝てないわよ」
「逆に言えば俺らのボスは舌戦でそいつらと渡り合うんだぜ?」
「……敵じゃなくてほんとよかった」
「へへ、親友で良かった」
カズが自慢げな笑顔を二人に向ける。友達の能力に畏怖をもたれていることを純粋に誇りに思っている様子だ。ユキの方はいつもの面々のやりとりにほっと笑顔になったあとシンの肩をぽんぽんと優しくたたく。
「どうした。ユキ?」
「あそこ見て。おしゃれな建物ね」
「ああ、そうだな。教会か?」
フランク連合には『聖女派』というべき国教が存在する。それはフランク連合がなかった頃から、フランク人がある女将軍を心のよりどころにしていたことに由来する。元はアスガルド共和国で信じられている『神樹教』の一分派にすぎなかったが、250年前ちょうどフランク建国の頃に多くの信者が彼女の存在を英雄と祭り上げたことが大きな転機だったという。
そのため、あちこちに『聖女派』の教会が多く存在し芸術の分野においても少なくない影響を与えてきている。そのことを含め、美しい町並みも相まってフランク連合のセントセーヌは毎年観光客が多く来国している。
ユキは美しい町並みや街路の様子を撮影しご満悦の様子だった。
「ふふ、一度さ、撮影してみたかったんだ」
「ほお、何をとった?」
「あの教会と、画家の卵たちが見ていた木とか、あそこのパン屋の中とか」
「へえ、うまそうなパンだ」
「でしょ。ドライフルーツを使ったパンが美味しそうだったなあ」
ユキの表情がうっとりと緩む。シンの方も思わずにっこりと優しい笑顔を浮かべる。しばらく観光を楽しんだ後、ジャックはシンに語りかけた。
「なあ、ボス?」
「うん?ジャックどうした?」
「ちょっとな。今日の夜にこのバーに来てくれ」
「ああ、分かった。何か悩みか?」
「まあな。それまでみんなで楽しんでてくれ」
「どこ行く?」
「ちょっと一服」
そういってジャックはふらっとどこかへと歩いていった。
その日の夜、コート姿のシンはジャックに言われたバーへと足を踏み入れた。
人気は少ないが、落ち着いた雰囲気のバーだ。この手のバーはどこにでもあるとシンは内心思いながら店内に立ち入った。その奥にジャックの姿がある。
「おう、来たか」
「ああ、……この酒は?」
「俺のおごり。……強い酒は嫌いか?」
「一杯くらいならいい。いただこうか」
シンの前に酒のグラスがすっと滑り込む。オンザロックだ。シンはそのグラスをまじまじと観察した後、ひとくち口に含んだ。
酒の中身はいわゆるリキュールだ。フランクでとれた柑橘系の果実を蒸留し砂糖が加えられている。まろやかな甘みがシンの舌を楽しませる。
「強い酒だ……」
シンは口ではそういうが、顔は素面のときとほぼ変わらない。
「あんたもな。なかなか行けるクチみたいだな」
「よせよ。おれだって酔いつぶれることはある」
「意外だ」
「そんなことはない」
シンはゆっくりと酒を楽しみながら、ジャックの方をシンは見た。
「そういえば、ジャック悩みがあるって言ってたが?」
「ああ、……ある女の子が、俺に助けを求めてきたんだ」
「女の子か?昔の知り合いか?」
「いや知り合ったのはごく最近だ。ボスの仲間になる前、その女の子と文通とかメールのやり取りをしていた」
「……意外だな。これはロマンスの予感だ」
「茶化すな。その子は結構切実に助けを求めている」
「……俺たちの助けが必要か?」
「ああ、フランクからアスガルドに渡りたいらしい」
「……詳しく聞く必要があるな。まずその子の名前は?」
「アリス。十五歳の少女だ」
「アリスか素敵な名前だ。彼女はなぜアスガルドに?俺たちも帰るから問題はないが」
「……狙われているらしい」
「……どこに?」
シンは反射的に『どこに』と聞いた。『誰に』ではなく『どこに』であった。シンの直感が何かを感じていた証拠である。
「……リセット・ソサエティの下部組織だそうだ。名前は『オニュクス』だ。奴らに実験体にされたらしい」
「……」
「彼女は自分が誰かの迷惑になる前に外国に逃げたいそうだ。俺はSIAの知り合いに頼んで保護を頼んでみた。だが違う国の中ではSIAも思ったような活動ができないからここから動く必要がある。そこで依頼人から改めて同行を求めてきてな」
「なるほど、……だが実際に出会ってみないと何とも言えないな」
「……わかった。ここに連れてくればいいか?」
「ここだとまずい。部屋に移る必要がある」
「ああ、なら俺は彼女の所に……」
「いや、彼女ところまで連れていってくれ」
「なるほど、……じゃあマスター金おいてくぜ」
「まいど」
シンとジャックは店を出た後暗い夜道を警戒して歩いた。
「……ジャック」
「なんだ」
「そのまま歩け、……つけられている」
「……ああ、みたいだな」
「………………プロだな。腕の良い探偵か?……いや、これは『裏』の連中のやり方だな。音一つないだけじゃない。姿自体を見られないようにかなり気を配っているが甘かった――とみせかけてそこにも……」
シンの指摘は正鵠を射るものであった。尾行する人間を二人に分け、見失ってもいいように屋上からの『偵察手段』も用意されていた。
「……ここでか?」
「いや、開けたところだと遠くから……って言うこともあり得る」
「ならあそこだな」
「ああ……」
アーチ状の建物にも人の気配がするが、狙撃されるよりかは遥かに勝算があった。
そこに入って二人は足を止める。
尾行者がぎょっとしたように足を止めるとシンはその人物に向かって言葉を投げかけた。
「……でてこい」
その言葉とともに八人もの不審者が姿を表す。
どの人物もフード上のものに顔を隠していて表情は見えない。
パーカー、パーカー、縁なしの帽子と長袖、パーカー、フード、パーカー。
手にはナイフと角材、ナイフ、鉄パイプ、ジャックの前の二人に至ってはマチェットと拳銃であった。
「……目的は」
「……女を引き渡せ」
「……ジャックはどう思う」
「くそくらえだ」
「だとよ」
「なら死ね」
拳銃男が持っている銃の引き金を引こうとした、ができない。
シャドウが先に何かを投げた。ポケットから取り出された何かは羽の形をしていたが、回転するにつれ黒い両翼の形に変形する。それが男の拳銃に当たり男の手から拳銃を落としたのだ。
ブーメラン型の翼手裏剣がシンの手に戻る。
「く、やれ!」
八人の悪漢たちが一斉にシンとジャックに襲いかかる。
シンは軽業師の様な軽快な動きで暴漢二人に飛びかかったと思うとその勢いで渾身の飛び蹴りを食らわせた。一人が頭部に直撃し、もう一方も、振り返り様に強烈な攻撃を受けた。
蹴り、そして殴打。目にも留まらぬ連続の打撃を受け暴漢二人が地面と仲良くすることになった。
ジャックはシンの背後を守り大勢の敵と対峙した。
「うぉらぁああああああああああ!!」
ジャックの咆哮とともに繰り出された強烈なラリアットによって悪漢の一人が首に強烈な一撃をお見舞いされる。暴漢の手から落ちた鉄パイプを手に取ってジャックは悪漢たちの攻撃軽くいなしてゆく。
「相手はデカブツ一人とチビだろ!何やっている!!」
男の一人がいらついた様子で怒鳴る。敵も体格の良いものを中心に突進し数で圧倒しようとする。
「ぅううぉぉおおおおああああああ!」
敵の一人に鉄パイプの横薙ぎが直撃する。
「ぐぉあ!?」
敵の内蔵に破壊的な衝撃が伝わる。敵は血とともにその場に吐瀉物をぶちまけた。そこにジャックの丸太のような足が襲いかかる。あごを砕かれるようにして敵は仰向けに蹴っ飛ばされた。
「二人目!」
ジャックは悠然と敵の前に立ち向かってゆく。
「……け、拳銃!拳銃!」
勝ち目のなさを悟った四人の敵は一斉に懐に手を入れようとした。
「ガッ!」
「ぐわぁッ!」
二人の男が足を撃たれ悶絶した。シンの援護射撃だった。いつの間にかシンはジャックの横に立つようにして動いていた。
その隙に二人の男から拳銃を取り上げ残りの敵に向ける。
「動くな。……いい拳銃だな。アタリアのロベルタだろ、これ」
「ほお、そんな上等な拳銃を持ってくるとは逆に不幸だったな。精度は一級品じゃないか……こいつは本物かな?」
「試す必要はない」
そういってリーダー格のキャップ男は自分の頭を撃ち抜いた。脳漿がこめかみから散らばる。
「……ち、いかれてやがる」
生き残った一人は腰を抜かし、そそくさと逃げていった。
ジャックとシンの周辺には倒れた悪漢たちしかいなかった。
痛めつけて聞き出したところで、引き出せる情報に期待が持てないことを悟り二人はいち早く、少女のいる方角へと走っていった。
バレットナインの面々が星間輸送船『セントセレナ』を出航させたのはそれから二日後。予定より早い出発となった。
船の中には、164センチのシンよりもさらに小さい少女の姿があった。
「み、みなさんふつつか者ですがよろしくお願いします」
「ああ、よろしくアリスちゃん」
ジャックが紳士的に対応するとアリスもちょこんと頭を下げた。少女は金髪に青のドレス足首にはストライプ柄のソックスという出で立ちであった。鼻や口は控えめだが美しく整っている。目はぱちくりと大きく、ファンタジー小説のヒロインと言われても遜色ない外見をしていた。
その控えめな性格と相まって見るものの庇護欲をかき立てる。それに加え、ジャックは外見に似合わず人情家で面倒見が良いな一面があり、ジャックはすっかりその子のパパになってしまったかのように優しかった。
ユキとアディはその様子を思わず微笑ましく見ていた。
「……それにしてもなんでこの子が組織に?」
シンはカズに語りかけていた。
「……ジャックが言うに、彼女の能力は組織の活動に大きく役に立つ能力だったらしい。そして彼女の身元を調べてみたら、アスガルド人だったんだ」
「アスガルド?あそこは特殊能力が発現したら、すぐに役所に届けがなされるはずだぞ?」
「……どうも彼女の受けた人体実験は人間が別人の能力を受ける実験だったらしい。ユキが類似の能力を調べてみると過去に爆弾テロに関わっていた男のものと一致するらしい」
「……そうか。もしや彼女は……」
「自爆テロに使われる可能性があった」
「……『能力』の治療は可能か?」
「施設を脱走して日が浅いからもしかしたら可能かもしれない」
「たしかに、なおさら急ぐ必要がある」
そうしてバレットナインの面々は周辺を注意しつつ航行をしたが、海賊の攻撃一つなかった。星々がきらめき。アスガルドの航路は平穏無事のまま進もうとしていた。ジャックによれば、SIAの人員が採掘惑星エリスのあたりに駐在しているため、そこまで送り届けることになった。
なんとなく、シンは万全を期すため、レオハルトともう一人の人物に応援の連絡を入れることにした。六時間後、セントセレナは惑星セレナの姿を捉えるまでに移動していた。
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